救出への布石 ― 動き出す協力者たち ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
グラディウス侯爵邸への潜入を果たしたクラリス、レオネリア、メルキオラ。
屋敷の地下で三人が目にしたのは、鉄製のケージに閉じ込められた若者たちの姿でした。
さらに、地下室には転移魔法が使われた痕跡まで残されていました。
失踪事件の背後に魔族が関わっている可能性を知った三人。
捕らわれた人々を安全に助け出すため、クラリスたちは行動を開始します。
第八章の続きをお楽しみください。
グラディウス侯爵邸の地下室
クラリス、レオネリア、メルキオラの三人は、鉄製のケージに閉じ込められた若者たちを見つめていた。
床に座り込んでいる者もいれば、力なく横たわっている者もいる。
誰もが疲れ切った様子で、まともに抵抗する力さえ残っていないようだった。
「……この人たちを、何とかして助け出さないといけないわね」
クラリスが小さく呟いた。
「ええ。ただ、ここにいる人たちが全員とは限らないわ」
レオネリアが答える。
「ほかの場所にも捕らわれている人がいるかもしれませんね」
メルキオラも頷いた。
クラリスは二人を見る。
「それなら、まずは屋敷の中を確認しましょう。レオネリア、お願いできる?」
「任せて」
レオネリアは頷くと、静かに目を閉じた。
周囲に意識を集中させ、屋敷の中にいる人間の気配を探っていく。
地下室にいる捕らわれた人々。
その近くで作業をしている男たち。
さらに、屋敷の上階にいる者たちの気配。
一つ一つを慎重に確認していった。
しばらくして、レオネリアが目を開いた。
「地下には、ここ以外に人が集まっている場所はないわね」
「ということは、捕らわれている人たちはここだけかしら?」
クラリスが尋ねる。
「少なくとも、地下で複数の人が閉じ込められているような場所は、ほかには見当たらないわ」
「地上はどう?」
「地上には、何人かが集まっている部屋が一つあるわ。ただ……」
レオネリアは少し考える。
「気配からすると、護衛か使用人たちの控え室じゃないかしら」
「念のため確認した方がよさそうね」
クラリスが言う。
「そうね」
三人は地下室を離れることにした。
もちろん、アビスシャドーとアビスサイレントの効果は維持したままだ。
男たちに気づかれないよう、開かれた扉を通って廊下へ出る。
そのまま階段を上がり、レオネリアが感知した部屋へ向かった。
「この先よ」
レオネリアが小さく告げる。
やがて、廊下の奥に一つの扉が見えてきた。
中からは男たちの話し声が聞こえている。
しばらくすると、扉が開き、一人の男が出てきた。
三人はその隙に室内を確認した。
そこには武装した男たちが数人おり、椅子に腰掛けたり、装備を整えたりしていた。
壁際には剣や槍が立て掛けられている。
「……やっぱり護衛の控え室ね」
クラリスが呟く。
「ええ。捕らわれている人はいないわ」
レオネリアも頷いた。
「これで、屋敷の中にある主な人の集まる場所は確認できましたね」
メルキオラが言う。
クラリスは少し考えた。
地下室には、明らかに不当に拘束されている人々がいた。
そして、そこで転移魔法が使われた痕跡も確認している。
これ以上、三人だけで屋敷の中を調べ続ける必要はないだろう。
今は、一刻も早く捕らわれた人々を助ける方法を考えるべきだった。
「一度、外へ出ましょう」
クラリスが言う。
「そうね。ここで動くより、準備を整えた方がいいわ」
レオネリアも賛成した。
「では、転移します」
メルキオラは二人を近くへ呼び寄せると、屋敷の外へ転移した。
◇◇◇
侯爵邸から離れた場所へ移動した三人は、周囲に人がいないことを確認してから隠匿魔法を解除した。
「さて、どうしましょうか」
クラリスが口を開く。
「まずはランスさんに相談するのがよいと思います」
メルキオラが答えた。
「私もそう思うわ」
レオネリアも頷く。
「捕らわれている人たちを助けること自体は、私たちだけでもできるでしょうけど、その後のことも考えないといけないものね」
「そうなのよね」
クラリスも頷いた。
仮に地下室から全員を救い出したとしても、その人々をどこへ連れていくのか。
怪我をしている者がいれば治療も必要になる。
さらに、侯爵邸で起きていることを王都の騎士団へ伝える必要もある。
「ランスなら、何か協力してくれるかもしれないわ」
「それに、冒険者ギルドなら救出した人たちを一時的に保護できる場所もあるでしょう」
メルキオラが言った。
「そうね。まずは話してみましょう」
三人は冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。
◇◇◇
王都の冒険者ギルドは、相変わらず多くの冒険者で賑わっていた。
三人は受付へ向かう。
「すみません。ランスに会いたいのだけど」
クラリスが声を掛けると、受付の女性が顔を上げた。
「あ、クラリスさん。ギルドマスターですね」
「ええ。少し大事な話があるの」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付の女性は奥へ向かった。
しばらくすると、ランスが姿を現した。
「おう、クラリス。どうした?」
「少し話があるの。できれば人に聞かれない場所で」
クラリスの真剣な表情を見て、ランスもすぐに察したようだった。
「……分かった。俺の部屋へ来てくれ」
三人はランスの後について、ギルドの奥にある執務室へ向かった。
部屋に入ると、ランスは扉を閉めた。
「それで、何があった?」
三人がソファへ腰を下ろすと、ランスが尋ねた。
クラリスは一度レオネリアとメルキオラを見てから口を開いた。
「グラディウス侯爵の屋敷を調べてきたの」
「何!?」
ランスが驚いて身を乗り出した。
「もう調べたのか?」
「ええ」
「それで、何か分かったのか?」
クラリスは頷いた。
「屋敷の地下に、若い男女が何人も閉じ込められていたわ」
「……何だと?」
ランスの表情が一変した。
「間違いないのか?」
「ええ。鉄製のケージに入れられていたの。しかも、私たちが見ている前で、馬車から運び込まれた人までいたわ」
「馬車から?」
「布を被せられて、荷物のように運ばれていたのよ」
ランスは言葉を失った。
しばらくして、険しい表情で口を開く。
「……まさか、本当にそんなことをしていたとはな」
「まだ貧民街で失踪した人たちかどうかは確認できていないけど、少なくとも屋敷の地下で人を閉じ込めているのは事実よ」
「十分に重大な話だ」
ランスは腕を組んだ。
「ほかにも捕らわれている人はいたのか?」
「レオネリアに屋敷の中を調べてもらったけど、地下ではそこだけだったわ。地上に人が集まっている部屋もあったけど、護衛の控え室だった」
「なるほど……」
ランスは深く息を吐いた。
「それで、俺に相談というのは?」
クラリスは真剣な表情で答えた。
「捕らわれている人たちを助け出したいの」
「もちろんだ。俺も協力する」
ランスは即座に答えた。
「ただ、相手は侯爵だ。どうやって助け出すつもりなんだ?」
そこでメルキオラが口を開いた。
「転移魔法を使おうと考えています」
「転移魔法……」
ランスはメルキオラを見る。
以前、アイリーナを秘密裏にエレノアの家へ連れてきた時にも、転移魔法が使われていた。
そのため、ランスもメルキオラが転移魔法を使えることは知っている。
「なるほど。それなら屋敷の外へ連れ出すこともできるわけか」
「はい。ただし、転移先として安全な場所が必要になります」
「安全な場所か……」
「そこでお願いがあるの」
クラリスが続けた。
「ギルドの訓練所を、一時的に使わせてもらえないかしら?」
「訓練所?」
「ええ。捕らわれている人たちを、そこへ転移させたいの」
ランスは少し考えた。
冒険者ギルドの訓練所なら、それなりの広さがある。
救出された人々を一時的に集めるには、確かに都合がよかった。
「分かった。訓練所を使ってくれ」
「ありがとう」
クラリスが微笑む。
「ただし、転移魔法のことは秘密にしておいてほしいの」
「もちろん分かっている」
ランスは頷いた。
「俺の方でも、余計な人間が近づかないようにしておこう」
「助かるわ」
メルキオラが続ける。
「それでは、訓練所に転移魔法陣を設置してもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
「ありがとうございます」
そこでレオネリアが口を開いた。
「それと、もう一つ気になることがあるの」
「何だ?」
ランスが尋ねる。
「侯爵邸の地下で、転移魔法が使われた痕跡を見つけたのよ」
「……何?」
ランスの表情が再び険しくなる。
「それは本当か?」
「ええ。メルキオラが確認したわ」
クラリスが答えた。
メルキオラも頷く。
「間違いありません。あの地下室では、転移魔法が使われています」
ランスはしばらく黙り込んだ。
転移魔法が人間の世界では伝説に近い魔法であることは、彼もよく知っている。
「……つまり、魔族が関わっている可能性があるということか」
「そう考えています」
メルキオラが答えた。
「もちろん、まだ断定はできません。ただ、魔族が関わっているとすれば、捕らわれた人々をいつ別の場所へ運ぶか分かりません」
レオネリアも続ける。
「だから、できるだけ早く救出した方がいいと思うわ」
「私も同じ意見よ」
クラリスが頷いた。
「今はまだ地下室に人がいるけど、次に行った時には誰もいなくなっているかもしれないもの」
ランスは険しい表情のまま考え込んだ。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。魔族が絡んでいる可能性があるなら、なおさら急いだ方がいいな」
「ええ」
「訓練所はすぐに使えるようにする。必要な準備を進めよう」
ランスは立ち上がった。
「メルキオラ、魔法陣を設置するんだったな」
「はい」
「それなら案内しよう」
◇◇◇
ランスに案内され、三人はギルドの訓練所へ向かった。
訓練所は広々とした造りで、冒険者たちが剣術や魔法の訓練を行うための場所だった。
「ここなら、ある程度の人数が集まっても大丈夫そうね」
クラリスが周囲を見回す。
「ええ。十分な広さがあります」
メルキオラも頷いた。
ランスは訓練所の使用を一時的に制限し、ほかの冒険者が入らないよう手配した。
「これでしばらくは誰も入ってこない」
「ありがとうございます」
メルキオラは訓練所の一角へ向かった。
そして、床に手をかざす。
「それでは、設置します」
淡い魔力の光が床へ広がっていく。
やがて、複雑な紋様が浮かび上がった。
それは、転移魔法陣だった。
メルキオラは慎重に魔力を流し込み、転移先として使用できるよう調整していく。
しばらくして、光が静かに収まった。
「これで大丈夫です」
メルキオラが立ち上がる。
「もう使えるのか?」
ランスが尋ねた。
「はい。ここを転移先として指定できるようになりました」
「相変わらず、とんでもない魔法だな……」
ランスは感心したように呟いた。
クラリスは微笑んだ。
「これで救出の準備は整ったわね」
「ええ」
レオネリアが頷く。
ランスは三人を見回した。
「俺の方でも動いておく」
「何か考えがあるの?」
クラリスが尋ねる。
「ああ。シリウス騎士団長に直接話をしてみるつもりだ」
「シリウスに?」
クラリスが少し驚いた表情を見せた。
「そうだ。お前もよく知っているだろう?」
「ええ。シリウスなら信頼できるわ」
クラリスは頷いた。
「ただ、今回の件には侯爵が関わっている可能性があるのよ。騎士団の中にも、侯爵の息が掛かった人間がいるかもしれないわ」
「そこは俺も分かっている」
ランスは真剣な表情で答えた。
「だからこそ、シリウス騎士団長に直接話すんだ。ほかの人間を通せば、どこから情報が漏れるか分からないからな」
「そうね。それなら安心だわ」
「救出した人たちの保護も必要になるし、侯爵邸への対応も考えなければならない。騎士団長の協力が得られれば、動きやすくなるはずだ」
「ええ。お願いするわ」
「任せてくれ。シリウス騎士団長には、俺から事情を説明しておく」
ランスは力強く頷いた。
「ただし、お前たちも気をつけろよ。魔族が絡んでいるなら、何が起こるか分からない」
「分かっているわ」
クラリスが答える。
レオネリアも頷いた。
「心配しなくても大丈夫よ。無理はしないわ」
「救出を最優先に行動します」
メルキオラも続けた。
ランスは三人を見つめ、静かに頷いた。
「……頼んだぞ」
「ええ。任せて」
クラリスが答えた。
そして、レオネリアとメルキオラへ視線を向ける。
「それじゃあ、一度みんなのところへ戻りましょうか」
「そうね。私もその方がいいと思うわ」
レオネリアが頷く。
「侯爵邸には護衛もいるし、魔族が関わっている可能性もあるもの。何が起こるか分からないわ」
「それに、救出する人数も少なくありません」
メルキオラが続けた。
「転移魔法で運び出すことはできますが、予想外の事態が起きた場合、私たち三人だけでは対応が難しくなるかもしれません」
「ええ。だからこそ、ルシアンたちにも相談しておきたいの」
クラリスは頷いた。
「救出する人たちの安全を第一に考えるなら、みんなで役割を決めておいた方がいいわ」
「確かにな」
ランスも同意した。
「相手が侯爵というだけでも厄介なのに、魔族まで絡んでいるかもしれないんだ。慎重に準備した方がいい」
「そういうことよ」
クラリスは微笑んだ。
「ランス、シリウスへの連絡はお願いね」
「ああ。俺の方は任せてくれ」
「ありがとう」
三人は転移魔法陣の近くに集まった。
「メルキオラ、お願い」
「はい。それでは、馬車へ戻ります」
メルキオラが転移魔法を発動すると、三人の姿が淡い光に包まれた。
次の瞬間、クラリスたちは訓練所から姿を消した。
捕らわれた人々を救い出すためには、確実な準備と仲間たちとの連携が欠かせない。
三人は救出作戦についてルシアンたちと相談するため、一旦馬車の異空間へ戻ることにした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、クラリスたちが侯爵邸の状況を確認し、捕らわれた人々を救出するための準備を進めるお話でした。
レオネリアの索敵によって、屋敷の中にほかの被害者がいないかを確認した三人。
その後、冒険者ギルドを訪れ、ランスに侯爵邸で目撃した事実を伝えました。
ランスも事態を重く受け止め、救出への協力を約束します。
そして、救出した人々の一時的な保護場所として、ギルドの訓練所を提供することになりました。
メルキオラは訓練所に転移魔法陣を設置し、救出のための準備を整えます。
さらにランスは、クラリスもよく知るシリウス騎士団長へ直接相談することを約束しました。
相手が有力貴族であり、魔族の関与も疑われる以上、慎重な対応が必要になります。
そして次回、
クラリスたちは一旦馬車へ戻り、エリスやルシアンたちと今後の方針について相談します。
捕らわれた人々をどう救い出すのか。
仲間たちと作戦を確認し、いよいよ救出作戦が決行されます。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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