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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第八章 王都に潜む影 ― 姿なき敵を追って ―

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王都に流れる噂 ― 酒場で拾った小さな違和感 ―

いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。


王都での調査を続けるクラリス、レオネリア、メルキオラ。

夕食と情報収集を兼ねて訪れた酒場で、三人は周囲の何気ない会話に耳を傾けます。

様々な噂が飛び交う中、クラリスの耳に留まった一つの話。

それは、王都の華やかな表側からは見えてこないものでした。


第八章の続きをお楽しみください。

白銀の月亭でしばらく身体を休めたクラリスたちは、日が沈んだ頃に再び宿を出た。

向かったのは、王都の大通りから一本外れた場所にある酒場だった。

王都には数え切れないほどの酒場がある。

高級料理を出す店もあれば、仕事帰りの職人たちが集まる店、冒険者を相手にした店もある。

三人が選んだのは、その中でも冒険者や商人、旅人など様々な者が利用する比較的大きな酒場だった。


目的は夕食。


そして、もう一つ

情報収集だった。


「結構混んでいるわね」


店へ入ったレオネリアが周囲を見回す。

夜になったばかりだというのに、店内の半分以上の席が埋まっていた。

仕事を終えたらしい男たちが酒を飲みながら笑い合い、奥では冒険者らしい一団が今日の依頼について話している。

商人らしい男たちもいれば、旅装姿の客もいる。

料理の香ばしい匂いと酒の匂い。

そこへ大勢の客たちの声が重なり、店内はかなり賑やかだった。


「こういう場所の方が都合がいいわ」


クラリスが答える。

三人は店員に案内され、壁際にある四人掛けのテーブルへ腰を下ろした。


「とりあえず、食事を頼みましょうか」


「そうですね」


メルキオラが頷く。

三人はそれぞれ料理と飲み物を注文した。

しばらくして、焼いた肉や野菜、パンなどが運ばれてくる。

特別豪華というわけではない。

それでも、酒場の料理らしく量は十分にあり、香りも悪くなかった。


「美味しそうね」


レオネリアが早速料理へ手を伸ばす。

クラリスもパンを一つ取った。


「普通に食事をしながらでいいわ。変に周りを気にしている方が目立つから」


「分かってるわ」


「こういう場所で情報を集めるのは、クラリスの方が慣れていそうですね」


メルキオラが言う。


「昔は冒険者だったからね」


クラリスは苦笑する。

冒険者時代、酒場で情報を集めたことは何度もある。

依頼に関係する噂。

魔物の目撃情報。

街道の状況。

時には、行方不明になった冒険者の話。

正式にギルドへ持ち込まれる情報だけではなく、こうした場所でしか聞けない話も多かった。

もちろん、酒場で語られる噂のすべてが正しいわけではない。

酒が入って話が大きくなっていることもある。

完全な作り話が混ざっていることさえ珍しくない。

だからこそ、聞いた情報をそのまま信じるのではなく、気になるものがあれば改めて確認する。


「こういう場所ではね、最初から誰かを捕まえて聞き回ったりしない方がいいのよ」


クラリスが小さな声で説明する。


「じゃあ、どうするの?」


「普通に食事をしながら周りの話を聞くの」


クラリスは肉を一口食べる。


「その中に気になる話があったら、その時に初めて聞きに行く。それくらいが自然よ」


「なるほど」


レオネリアが感心したように頷いた。


「いきなり色々な人に質問して回ったら、逆に怪しまれるものね」


「そういうこと」


三人は普通に会話を続けた。

ランスやエレノアと今後どのように情報を交換するか。

明日はどの辺りを見て回るか。

そんな話をしながら、周囲から聞こえてくる会話にも耳を傾ける。


もっとも――

三人が静かに情報収集だけを続けられたわけではなかった。


「ねえ、お姉さんたち」


声を掛けられた。

クラリスが顔を上げる。

若い男が二人、テーブルの横に立っていた。

すでにかなり酒を飲んでいるのか、顔が赤い。


「三人だけ?」


「そうだけど?」


クラリスが答える。


「だったら一緒に飲まない?」


「遠慮しておくわ」


即答だった。


「そんなこと言わずにさ」


「私たち、三人で話があるの」


笑顔ではある。

しかし、これ以上話を続ける気がないことが分かる口調だった。

男たちは一瞬顔を見合わせた。

そこでレオネリアが無言で二人を見る。


「…………」


「……分かったよ」


何かを感じ取ったのか、男たちはそれ以上粘ることなく離れていった。

クラリスが小さく笑う。


「何も言ってないのに」


「面倒だったから見ただけよ」


「レオネリアに睨まれたら、大抵の人は逃げると思いますけど」


メルキオラが平然と言う。


「睨んでないわよ」


「そうですか?」


そんなやり取りをしていると、今度は別の男が声を掛けようとして――レオネリアと目が合った瞬間、そのまま何も言わずに通り過ぎていった。


「……今の人、絶対こっちに来ようとしていたわよね」


クラリスが言う。


「気のせいじゃない?」


「便利ですね、レオネリア」


「何がよ」


三人は小さく笑った。

女性三人だけで酒場にいれば、多少声を掛けられることは仕方がない。

それくらいで騒ぐつもりもなかった。

相手にしなければいいだけだ。

再び食事へ戻る。

その後も三人は周囲の会話に耳を傾け続けた。


「西門の外でゴブリンが出たらしいぞ」


「またかよ。最近多くないか?」


「明日の護衛依頼、南街道だってさ」


「そっちは安全だろ」


「最近、野菜が高くなったよな」


「北から来る商隊が遅れてるらしい」


様々な話が聞こえてくる。

王都に住む人間にとっては重要な話なのだろう。

しかし今のクラリスたちが求めている情報とは少し違う。

クラリスは料理を口に運びながら、聞こえてくる話を頭の中で選別していた。

その時だった。


「――また一人、いなくなったらしいぞ」


クラリスの手が僅かに止まった。

声は少し離れたテーブルから聞こえてきた。

振り向きはしない。

そのまま食事を続けながら耳だけを向ける。


「またか?」


「ああ。今度は十八くらいの男だってさ」


「これで何人目だよ」


話しているのは四人の冒険者だった。

装備を見る限り、それほど高位ではなさそうだ。


「知らねえよ。かなりいるんじゃないか?」


「貧民街だろ?」


「ああ」


――貧民街


クラリスはその言葉を聞き逃さなかった。

向かい側を見る。

レオネリアも食事を続けている。

しかし、目が合った。

メルキオラも僅かに頷く。

二人とも聞いていたようだ。

三人は何も言わない。

冒険者たちの会話は続いている。


「人攫いじゃないのか?」


「たぶんな」


「だったら騎士団は何してるんだよ」


「証拠がないんだろ。それに、いなくなってるのは貧民街の連中ばかりらしい」


「だからって放っておくのか?」


「俺に言うなよ」


一人の冒険者が酒を飲む。


「でも、三か月くらい前からだろ?」


「ああ」


「結構な人数だぞ」


クラリスは静かに考える。

三か月。

一人や二人ではない。

しかも、今も続いているらしい。

今のところ、アイリーナ襲撃との繋がりを示すものは何もない。

まったく無関係の事件である可能性の方が高いだろう。


それでも――

気になる。

クラリスはレオネリアとメルキオラを見る。


「ちょっと聞いてくるわ」


二人は黙って頷いた。

クラリスは席を立つと、冒険者たちのテーブルへ向かった。

突然女性が近づいてきたことで、四人の冒険者がクラリスを見る。


「少しいい?」


「ん?」


「何だ?」


「今話していた、貧民街の話なんだけど」


クラリスは空いている椅子を示す。


「ちょっと詳しく聞かせてもらってもいい?」


冒険者たちは顔を見合わせた。


「別にいいけど……」


「ありがとう」


クラリスは空いている椅子へ腰を下ろした。


「人がいなくなっているって言ってたわよね?」


「ああ」


「いつ頃から?」


「さっきも言ってたけど、三か月くらい前からだな」


「最初はそんなに話題になってなかったんだよ」


別の冒険者が続ける。


「貧民街じゃ、突然いなくなる奴も珍しくないからな」


「王都を出て別の街へ行く人もいるし、仕事を探してどこかへ行く人もいる」


「だから最初は誰も気にしてなかった」


クラリスは黙って聞く。


「でも、人数が増えてきた」


「どれくらい?」


その質問に、冒険者の一人が腕を組む。


「正確な人数は分からないぞ」


「それでいいわ。噂で聞いている範囲で」


「……五十人くらいじゃないかって話だ」


クラリスの表情が僅かに変わった。


「五十人?」


「ああ。ここ三か月でな」


予想していたより多い。


「そんなに……」


「本当に五十人かは知らないぞ。あくまで噂だからな」


「それでも多いわね」


クラリスは考える。

三か月で五十人。

仮に多少誇張されていたとしても、一人や二人の失踪とは明らかに規模が違う。


「いなくなっている人に何か共通点はあるの?」


「共通点?」


「例えば、男性ばかりとか、女性ばかりとか」


「いや」


冒険者は首を横に振る。


「男も女もいる」


「年齢は?」


「若い奴が多いって聞いたな」


別の冒険者も頷く。


「そうだな。年寄りや小さい子供が消えたって話は、少なくとも俺は聞いてない」


「若い男女……」


クラリスは小さく呟く。


「やっぱり人攫いなの?」


「俺たちはそう思ってる」


「ただ、目的が分からねえんだよ」


「目的?」


「ああ」


冒険者が声を少し落とす。


「金目的の誘拐なら、普通は身代金だろ?」


「ええ」


「でも、貧民街の奴を攫ったって金なんか取れない」


確かにその通りだった。

裕福な商人や貴族の家族を狙うなら、身代金目的という説明もできる。

しかし狙われているのは貧民街に住む若者たち。

身代金を払えるような家族がいるとは考えにくい。


「奴隷として売るためじゃないかって話もあるけどな」


「それも噂?」


「ああ」


冒険者は頷く。


「証拠はない」


別の男が続ける。


「そもそも、本当に誰かが攫ってるのかも分かってない。五十人全員が同じ理由でいなくなったとも限らないしな」


「なるほどね」


クラリスは頷いた。

そこは重要だった。

失踪者がいる。

三か月で五十人ほどと言われている。

若い男女が多い。

しかし、それ以上は何も分かっていない。

すべてが同じ事件によるものなのかさえ不明。


「騎士団は調べてないの?」


「どうだろうな」


冒険者たちは顔を見合わせる。


「何件かは届けが出てるらしいけど」


「俺たちも詳しいことまでは知らない」


「そう……」


クラリスは少し考えた。


「その話って、貧民街では有名なの?」


「そこそこな」


「家族や知り合いが消えた奴もいるし」


「酒場とかでも時々話題になる」


それなら、もう少し調べれば何か分かるかもしれない。

クラリスは立ち上がる。


「ありがとう。参考になったわ」


「いや、いいけど」


冒険者の一人が不思議そうにクラリスを見る。


「姉さん、何でそんなこと気にしてるんだ?」


クラリスは少し考えてから答えた。


「私も冒険者だからよ」


「冒険者?」


「ええ。気になる話を聞いたら、一応覚えておくようにしてるの」


それだけ言うと、クラリスは元のテーブルへ戻った。

席へ座る。

レオネリアがすぐに尋ねた。


「どうだった?」


「聞こえていたでしょう?」


「大体はね」


クラリスは飲み物を一口飲む。


「三か月で約五十人。若い男女が中心」


「少なくありませんね」


メルキオラの表情も真剣になっていた。


「ええ」


「アイリーナ王女の件と関係があると思う?」


レオネリアが尋ねる。

クラリスは少し考えた後、首を横に振った。


「分からないわ」


今の時点で結びつける材料は何もない。


「むしろ、関係ない可能性の方が高いと思う」


「そうですね」


メルキオラも同意する。


「無理に結びつけて考えると、判断を誤るかもしれません」


「ええ。ただ――」


クラリスは先ほどの冒険者たちを一度見る。


「気にはなるわね」


三か月で五十人。

若い男女。

貧民街から、次々と人が消えている。

偶然にしては多すぎる。


「明日、少し調べてみる?」


レオネリアが尋ねる。

クラリスはすぐには答えなかった。

自分たちが王都へ来た一番の目的は、アイリーナを襲った者を探すことだ。

そこを見失うつもりはない。


しかし――

もし本当に誰かが意図的に人を攫っているのなら、放っておくこともできない。

それに、王都の中で起きている不可解な出来事を調べること自体が、まったく無意味とも限らない。


「そうね」


クラリスは頷く。


「まずはランスにも聞いてみましょう」


王都の冒険者ギルドを預かるランスなら、この噂について何か知っている可能性がある。


「それから考えればいいわ」


「分かった」


レオネリアが頷く。

メルキオラも異論はないようだった。


「では、今日はこれ以上動かない方がいいですね」


「ええ。せっかく夕食を食べに来たんだもの」


クラリスは残っていた料理へ手を伸ばす。


「冷める前に食べましょう」


「賛成」


レオネリアも食事を再開した。

三人は再び何気ない会話を交わしながら夕食を続ける。

周囲では相変わらず大勢の客が酒を飲み、笑い声を上げている。


王都の夜


人々で賑わう酒場。

その光景だけを見れば、この街は平穏そのものだった。


しかし――

その片隅で、三か月の間におよそ五十人もの若者が姿を消している。

理由は分からない。

誰が関わっているのかも分からない。

そもそも、本当にすべてが一つの事件なのかさえ分からない。

ただ一つ確かなのは

クラリスたちが王都へやって来てから初めて、街の表側からは見えない奇妙な噂を耳にしたということだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、クラリスたちが王都の酒場で情報を集めるお話でした。

冒険者や商人、旅人など、多くの人々が集まる酒場。

そこでクラリスたちが耳にしたのは、貧民街で若い男女が次々と姿を消しているという噂でした。

三か月で、およそ五十人。

人攫いではないかとも言われていますが、その目的も、誰が関わっているのかも分かっていません。

アイリーナ襲撃との関係も、今のところはまったく不明です。

それでも、王都で起きている不可解な出来事として、クラリスたちはこの噂を無視せず、もう少し調べてみることにします。


そして次回

クラリスたちのもとには、ランスからも新たな情報がもたらされることになります。

王都で少しずつ集まり始めた情報。

それらが何を意味するのかは、まだ分かりません。


次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。

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次回の更新は、10月12日18時を予定してます

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