変わらぬ忠誠 ― 二人を救った女王 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
王都での調査を進める中、白銀の月亭へ戻ったクラリスたち。
そこでクラリスは、以前から気になっていたことをレオネリアとメルキオラに尋ねます。
なぜ二人は、エルシアがエリスとして生まれ変わった今も、変わることなく忠誠を誓い続けているのか。
二人の口から語られるのは、かつてエルシアと出会った頃の話でした。
第八章の続きをお楽しみください。
白銀の月亭へ戻ったクラリス、レオネリア、メルキオラの三人は、そのまま二階の部屋へと向かった。
扉を閉めると、ようやく三人だけになる。
朝から冒険者ギルドへ向かい、ランスに依頼を受けることを伝え、そのままエレノアの家を訪ねた。
そこでアイリーナとエレノアを再会させ、さらに今後の情報収集への協力も取り付けることができた。
今日の目的としては、十分な成果だったと言っていい。
「ふぅ……」
クラリスはソファへ腰を下ろすと、小さく息を吐いた。
「とりあえず、一段落ね」
「ええ。ランスとエレノアさんが協力してくれることになったのは大きいわ」
レオネリアも向かい側へ腰を下ろす。
「特にランスさんですね」
メルキオラも続いて座った。
「冒険者ギルドには様々な人が出入りします。私たちだけで調べるより、情報は集めやすくなるでしょう」
「そうね」
クラリスも同意する。
もちろん、すぐにアイリーナを襲撃した者へ辿り着けるとは思っていない。
それでも、王都に来た当初と比べれば状況は大きく変わった。
王都冒険者ギルドのギルドマスターであるランス。
そして、かつて王城に仕えていたエレノア。
二人が味方になったことで、今までクラリスたちだけでは届かなかった場所からも情報を集められるようになった。
「今日は、もう少し休んでから今後のことを考えましょうか」
「そうね」
レオネリアが答える。
そこで会話が途切れた。
クラリスはソファの背もたれに身体を預ける。
そして何気なく、向かい側にいる二人を見た。
レオネリア。
そして、メルキオラ。
王都へ入ってから、二人はずっとクラリスと行動を共にしている。
二人がいなければ、ここまで順調に動くことはできなかっただろう。
特にメルキオラの転移魔法や隠匿魔法は、今回の行動には欠かせないものだった。
そしてレオネリアも、周囲の警戒や戦闘になった場合の備えとして非常に頼りになる。
今ではクラリス自身、二人を仲間として信頼していた。
だからこそ――
以前から一つ、気になっていたことがあった。
「ねえ、二人とも」
クラリスが声を掛ける。
「何?」
レオネリアがクラリスを見る。
メルキオラも視線を向けた。
「ちょっと聞いてもいい?」
「ええ」
「もちろんです」
クラリスは少しだけ言葉を選んだ。
これから尋ねようとしているのは、二人の過去にも関わることだ。
興味本位で聞くつもりはない。
ただ、これまで一緒に旅をしてきた中で、ずっと疑問に感じていた。
「話したくなければ、話さなくてもいいんだけど……」
そう前置きしてから、クラリスは尋ねる。
「二人は、どうしてそこまでエリスに忠誠を誓っているの?」
レオネリアとメルキオラが僅かに目を見開いた。
「もちろん、二人にとってはエリスじゃなくて、エルシア様なのは分かっているわ」
クラリスは続ける。
「前世で仕えていた女王だから、忠誠を誓っていたこと自体は分かるの。でも……」
一度、言葉を切る。
「今のあの子は、エルシア様の記憶を持っているとはいっても、私とエノクの娘として生まれたエリスでもあるでしょう?」
レオネリアとメルキオラは黙って聞いている。
「それでも二人は、初めて会った時から迷うことなく、あの子をエルシア様として受け入れていた」
クラリス自身、最初は驚いたほどだった。
転生したからといって、姿まで同じなわけではない。
今のエリスは人間として生まれ、人間として十五年間育ってきた少女だ。
それでも二人は、エリスがエルシアの生まれ変わりだと知った時から、変わらぬ忠誠を示している。
「それって、簡単にできることじゃないと思うの」
クラリスは二人を見る。
「だから少しだけ知りたいと思って。どうして二人は、そこまでエルシア様を慕っているのか」
そして、すぐに付け加える。
「もちろん、話せる範囲で構わないわ」
レオネリアとメルキオラは互いの顔を見た。
何かを確認するように視線を交わす。
やがて、レオネリアが小さく笑った。
「別に隠しているわけじゃないわ」
「そうなの?」
「ええ。ただ、自分から話すようなことでもなかったから」
メルキオラも頷く。
「そうですね」
クラリスは黙って二人の言葉を待った。
レオネリアは少しだけ昔を思い出すように目を細める。
「簡単に言えば、エルシア様は私たちにとって命の恩人なの」
「命の恩人……」
「それだけじゃないわ」
レオネリアは続ける。
「師でもある。そして――育ての親のような人でもあるわ」
クラリスが少し驚いた表情を見せる。
メルキオラがそれに気づき、僅かに笑った。
「魔族の女王が育ての親と言われても、不思議に思いますよね」
「正直、少しだけね」
「実際に親代わりだったという意味ではありません。ただ、私たちにとっては、それに等しい存在なんです」
「そういうことね」
クラリスは納得して頷いた。
レオネリアが再び話し始める。
「私とメルキオラは、昔から一緒だったの」
その声は穏やかだった。
「二人とも孤児だったわ」
クラリスは何も言わず、静かに耳を傾ける。
「魔族だからといって、すべての子供に親がいるわけじゃない。当然、私たちのような孤児もいた」
レオネリアは淡々と語る。
「ただ、人間の世界とは違って、当時の魔族の世界には孤児を守るような場所なんてなかった」
弱い者は切り捨てられる。
それが当たり前のように存在していた世界。
親を失った幼い子供が、一人で生きていくことなどほとんど不可能だった。
「私たちは二人で森の中にいた」
「二人だけで?」
クラリスが尋ねる。
「ええ」
「どうやって生活していたの?」
「色々よ」
レオネリアはそれ以上詳しく話そうとはしなかった。
クラリスも深く聞かなかった。
話せる範囲で構わないと最初に言ったのは自分だ。
二人がどのような生活をしていたのか。
それを細かく聞く必要はない。
ただ、幼い二人にとって決して楽な生活ではなかったことだけは十分に伝わってくる。
メルキオラが静かに続ける。
「食べる物を探して、危険なものから逃げて……そんな毎日でした」
「二人で生きるだけで精一杯だったわ」
レオネリアが言う。
「それでも一人じゃなかったから、何とか生きていた」
「そう……」
クラリスは小さく呟いた。
「そんなある日、魔物に襲われたの」
レオネリアの言葉に、クラリスが顔を上げる。
「その時は、さすがに駄目だと思ったわ」
まだ幼かった二人では敵わない魔物。
逃げることもできなくなった。
そこで――
「助けてくれたのが、エルシア様だった」
レオネリアは僅かに微笑んだ。
「それが、私たちとエルシア様の最初の出会い」
「偶然だったの?」
「ええ。エルシア様がたまたま近くを通りかかっただけ」
「それはまた……凄い偶然ね」
「本当にね」
メルキオラも懐かしそうに笑う。
「エルシア様にとっては、魔物を倒すことなど大したことではなかったのでしょう。でも、私たちにとっては命を救われた瞬間でした」
助けられた後、エルシアは二人が孤児であることを知った。
帰る家もない。
待っている家族もいない。
二人だけで森の中を生きていた。
「それを知ったエルシア様は、私たちを連れて帰ってくださったんです」
「女王自ら?」
クラリスが驚く。
「その頃から、あの人はそういう人だったのね」
レオネリアが笑う。
「そうね」
立場が低いから。
弱いから。
孤児だから。
そんな理由で二人を見捨てることはなかった。
それから二人の生活は大きく変わった。
寝る場所がある。
食べる物がある。
明日の朝まで生きられるかを心配しなくてもいい。
二人にとって、それだけでも十分すぎるほどの変化だった。
「それだけじゃなかったわ」
レオネリアが続ける。
「私はエルシア様の剣を見て、自分もあんなふうになりたいと思った」
「それで剣を?」
「ええ」
「エルシア様に教えてもらったの?」
「そうよ」
レオネリアは嬉しそうに頷く。
「最初は全然駄目だったけどね」
「今のあなたからは想像できないわね」
「私にだって、そういう時代くらいあるわよ」
二人が少し笑う。
続いてクラリスはメルキオラを見る。
「じゃあ、メルキオラは魔法?」
「はい」
メルキオラも頷いた。
「私はエルシア様の魔法に憧れました」
「それで教えてもらったのね」
「ええ。もちろん、エルシア様と同じ魔法をすべて使えるようになったわけではありません。それでも、私にとって魔法の基礎を教えてくださったのはエルシア様です」
レオネリアには剣を。
メルキオラには魔法を。
命を救っただけではなく、その後、生きていくための力まで与えた。
クラリスはようやく、二人がエルシアへ向ける感情の意味を理解し始めていた。
「だから……忠誠を誓っているのね」
クラリスが尋ねる。
レオネリアは少し考えてから頷いた。
「それもあるわ」
「それも?」
「別に恩返しだけで仕えていたわけじゃないもの」
レオネリアは静かに言った。
「私たちが生きているのは、エルシア様のおかげ。それは間違いない」
メルキオラも頷く。
「あの方と出会っていなければ、私たちはあの森で死んでいたでしょう」
「だから、受けた恩を少しでも返したいと思っています」
「それに――」
レオネリアが続ける。
「私たちは、自分たちの意思であの方についていくと決めたの」
その言葉には迷いがなかった。
「だから、エルシア様がエリスさんとして生まれ変わったからといって、それが変わることはないわ」
メルキオラも穏やかに微笑む。
「姿が変わっても、エルシア様はエルシア様ですから」
二人きりの場であるため、メルキオラもいつもの呼び方に戻っていた。
クラリスは二人を見つめる。
これまでにも、二人がエリスを大切に思っていることは分かっていた。
忠誠心が強いことも知っていた。
しかし、その理由までは知らなかった。
命を救われた。
生きる場所を与えられた。
剣と魔法を教えられた。
そして、自分たちの意思でエルシアについていくことを選んだ。
それなら――
転生したエリスに対しても、二人が変わらず接していることに納得できる。
「そうだったのね……」
クラリスは静かに呟いた。
少しだけ間を置いてから、二人を見る。
「話してくれてありがとう」
「これくらいなら別に構わないわ」
レオネリアが答える。
「そうですよ。隠していたわけではありませんから」
メルキオラも笑った。
クラリスは二人を見ながら、改めて思う。
最初に出会った頃は、二人とも魔族だった。
しかも、前世のエリスに仕えていた側近。
警戒しなかったと言えば嘘になる。
それが今では、共に旅をし、同じ食卓を囲み、互いに背中を預けられる仲間になっている。
そして今日、二人の過去の一端を知った。
二人がどうしてエリスをあれほど慕っているのか。
どうしてあれほど真っ直ぐにエリスを守ろうとするのか。
その理由が、ようやく分かった気がした。
「エリスは……幸せ者ね」
クラリスが何気なく呟く。
レオネリアが首を傾げる。
「どうして?」
「こんなに慕ってくれる二人がいるんだもの」
その言葉に、レオネリアとメルキオラは一瞬顔を見合わせた。
そして――
「それは逆よ」
レオネリアが微笑んだ。
「え?」
「エルシア様に出会えた私たちの方が、幸運だったの」
メルキオラも静かに頷く。
「私もそう思います」
二人にとって、それは昔から変わらない答えだった。
クラリスはそんな二人を見ながら、小さく微笑む。
「そう」
それ以上、何も聞く必要はなかった。
レオネリアとメルキオラがエリスに向ける揺るぎない忠誠。
その根底にあるものを、クラリスは少しだけ理解することができた。
そして同時に――
二人が今のように真っ直ぐ育った理由も。
クラリスには、少し分かったような気がしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、レオネリアとメルキオラがエルシアに忠誠を誓い続ける理由が語られました。
二人にとってエルシアは、ただ仕えるべき魔族の女王だったわけではありません。
命を救ってくれた恩人であり、剣と魔法を教えてくれた師であり、そして育ての親にも等しい存在でした。
だからこそ、エルシアが人間の少女エリスとして生まれ変わった今も、二人の想いは変わりません。
その過去を知ったことで、クラリスも二人の忠誠心だけではなく、二人がどのようにして今のレオネリアとメルキオラになったのか、その一端を知ることになりました。
そして、王都での調査はまだ始まったばかりです。
次回、クラリスたちは王都に目を向け、少しずつその内側へと踏み込んでいきます。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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