浮かび上がる侯爵の影 ― 失踪事件を巡る新たな疑惑 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
王都の酒場で、貧民街の若者たちが次々と姿を消しているという噂を耳にしたクラリスたち。
翌日、三人は新たな情報を求めて、王都の冒険者ギルドを訪れます。
そこでランスから語られたのは、失踪事件の裏に隠されているかもしれない、ある人物の存在でした。
果たして、その人物は事件と関わっているのでしょうか。
第八章の続きをお楽しみください。
翌朝。
クラリス、レオネリア、メルキオラの三人は、白銀の月亭で朝食を済ませると、王都の冒険者ギルドへ向かった。
昨夜、酒場で耳にした失踪事件の噂。
貧民街で若い男女が次々と姿を消しており、その数は三か月でおよそ五十人に達するという。
本当にそれほどの人数が行方不明になっているのか?
そして、誰かが意図的に人を攫っているのか。
まだ分からないことばかりだった。
「ランスなら、何か知っているかもしれないわね」
クラリスが歩きながら言う。
「王都のギルドマスターだものね」
レオネリアが頷いた。
「それに、昨日から情報を集めてもらっています。何か新しい話があるかもしれません」
メルキオラも続ける。
三人は人通りの多い大通りを進み、冒険者ギルドへ到着した。
建物の中は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。
依頼掲示板の前では数人の冒険者が仕事を探し、受付には依頼の報告をする者たちが並んでいる。
クラリスたちは受付へ向かった。
「すみません。ランスに会いたいのだけど」
受付の女性が顔を上げる。
「あ、クラリスさんですね」
どうやらランスから話が通っているようだった。
「少々お待ちください。ギルドマスターに確認してまいります」
「お願いするわ」
しばらくすると、奥の扉が開いた。
「おう、クラリス」
姿を現したのはランスだった。
「来ると思ってたぞ」
「何か分かったの?」
「まあな。とりあえず、俺の部屋で話そう」
ランスは三人を連れてギルドの奥へ向かった。
この前と同じギルドマスターの執務室。
三人が部屋に入ると、ランスは扉を閉め、自分の机へ向かった。
「適当に座ってくれ」
クラリスたちはソファへ腰を下ろした。
ランスも向かい側に座る。
「それで、何か情報があったの?」
クラリスが尋ねると、ランスは頷いた。
「ああ。少し気になる話を聞いた」
「どんな話?」
「最近、王都の貧民街で若い連中が次々と姿を消しているらしい」
その言葉に、クラリスたちは顔を見合わせた。
「その話なら、私たちも昨日聞いたわ」
「何?」
ランスが驚いた顔をする。
「どこで聞いたんだ?」
「夕食を食べに行った酒場よ。冒険者たちが話していたの」
「なるほどな」
「三か月ほどで五十人くらい。若い男女が中心で、人攫いじゃないかって噂になっているそうね」
「ああ。俺が聞いた話とも一致している」
ランスは腕を組んだ。
「ただ、俺が調べたのはそこから先だ」
クラリスの表情が真剣になる。
「聞かせて」
ランスは一度頷いてから話し始めた。
「まず、行方不明になった連中の家族や知り合いは、ほとんどギルドに捜索依頼を出していない」
「どうして?」
レオネリアが尋ねる。
「金がないんだよ」
ランスは短く答えた。
「冒険者ギルドに正式な捜索依頼を出すには、当然報酬が必要になる。貧民街の連中には、その金を用意できない者が多い」
「なるほど……」
メルキオラが呟く。
「だから、家族がいなくなっても依頼を出せないのですね」
「ああ。中には必死に金を集めようとした者もいるらしいが、結局どうにもならなかったそうだ」
クラリスは眉をひそめた。
「騎士団には届けていないの?」
「届けている者もいる」
「それなら、騎士団が調べているんじゃないの?」
ランスは首を横に振った。
「それが、まともに動いていないらしい」
「どういうこと?」
「最初は俺も、貧民街だから後回しにされているんだと思っていた」
王都の騎士団には、街の治安を守る役目がある。
しかし、王都は広い。貴族街や商業地区、一般市民の住宅街。そして、貧民街。
限られた人数ですべてを見回るのは難しい。
そのため、貧民街で起きた事件への対応が遅れているのだろうとランスは考えていた。
「ところが、少し調べてみたら妙な話が出てきた」
「妙な話?」
クラリスが聞き返す。
ランスは声を落とした。
「どうやら、騎士団が貧民街の失踪事件を積極的に調べないよう、上から圧力が掛かっているらしい」
「圧力?」
レオネリアの目が細くなる。
「誰がそんなことを?」
ランスは三人を見回した。
「アルベルト・グラディウス侯爵だ」
クラリスは聞き慣れない名前に首を傾げた。
「グラディウス侯爵?」
「ああ。王都に屋敷を構える有力貴族の一人だ」
「その侯爵が、騎士団の出動を抑えているということ?」
「そういう話がある」
ランスはすぐに付け加えた。
「ただし、まだ裏は取れていない」
「確かな情報ではないのね」
「ああ。騎士団の内部でそんな話があるらしい、という程度だ」
クラリスは考え込んだ。
貧民街で起きている失踪事件。
その捜索を、侯爵という立場の人間が妨害しているかもしれない。
もし本当なら、ただの人攫いでは済まない話だ。
「どうして侯爵がそんなことをする必要があるのかしら?」
レオネリアが疑問を口にした。
「そこが分からないんだ」
ランスも頷く。
「そもそも、本当に侯爵が関与しているのかも分かっていない」
「他には?」
クラリスが尋ねる。
「もう一つ、気になる話がある」
ランスは机の上に置かれた書類へ視線を向けた。
「最近、グラディウス侯爵の屋敷には、やたらと馬車が出入りしているらしい」
「馬車?」
「ああ」
「貴族の屋敷なら、馬車の出入りくらい珍しくないでしょう?」
クラリスが言う。
「もちろん、それだけならな」
ランスは頷いた。
「ただ、出入りする数が妙に多いって話だ。何を運んでいるのかは分からない」
メルキオラが静かに口を開く。
「荷物を運んでいる可能性もあれば、人を乗せている可能性もありますね」
「ああ。そこも確認できていない」
「その馬車が失踪事件に関係しているかも、分からないわけね」
「そういうことだ」
ランスは小さく息を吐いた。
「今のところ、分かったのはこれくらいだ」
クラリスは黙って考えた。
三か月で五十人ほどの失踪者。
貧民街の住民たちは金がなく、ギルドに依頼を出せない。
騎士団も積極的には動いていない。
その裏には、グラディウス侯爵の圧力があるという噂。
そして、侯爵邸へ頻繁に出入りする馬車。
一つ一つを見れば、どれも決定的な証拠にはならない。
しかし、すべてが偶然なのだろうか。
「確かに、気になるわね」
クラリスが呟いた。
「俺もそう思う」
ランスは頷く。
「ただ、相手は侯爵だ。証拠もないのに騒ぎ立てるわけにはいかない」
「そうね」
「下手に動けば、こっちが問題にされかねない」
レオネリアも腕を組む。
「権力を持つ相手というのは、面倒ね」
「まったくだ」
ランスが苦笑した。
クラリスはしばらく考えてから口を開いた。
「その侯爵について、もう少し調べる必要がありそうね」
「そう思うか?」
「ええ。ただし、今の情報だけで犯人と決めつけるつもりはないわ」
「それがいい」
ランスは真剣な表情で頷いた。
「俺も引き続き調べる。ただ、表立って動くのは難しい」
「分かってる。無理はしないで」
「お前たちも気をつけろよ」
「ええ」
クラリスは立ち上がった。
「一度、仲間と相談してみるわ」
「仲間?」
「ルシアンたちよ」
「ああ、例の十二人のパーティか」
「そう」
クラリスは微笑んだ。
「こういう時は、みんなの意見を聞いた方がいいから」
ランスも立ち上がる。
「分かった。何か新しい情報が入ったら伝える」
「お願いね」
三人はランスに礼を言うと、執務室を後にした。
◇◇◇
白銀の月亭へ戻った三人は、そのまま部屋へ向かった。
扉を閉めると、クラリスがメルキオラを見る。
「ルシアンたちに相談したいのだけど、いいかしら?」
「もちろんです」
メルキオラは頷いた。
「では、向こうへ行きましょう」
メルキオラが異空間へ繋がる扉を開く。
三人はその扉をくぐり、馬車の異空間へ移動した。
そこでは、エリスたちがいつものように過ごしていた。
「お母さん、お帰りなさい」
エリスが声を掛ける。
「ただいま」
クラリスは微笑んで答えた。
「ルシアンはいる?」
「いるよ」
近くにいたマリンが答える。
「何かあったの?」
「少し相談したいことがあるの」
その言葉を聞き、ルシアンが席を立った。
「何か情報が入ったのか?」
「ええ。ランスからね」
クラリスはルシアンをはじめ、仲間たちに集まってもらった。
そして、昨夜酒場で聞いた失踪事件の噂と、今日ランスから聞いた情報を順番に説明した。
三か月でおよそ五十人の若者が失踪していること。
騎士団の捜索を抑えている人物がいるかもしれないこと。
その人物として、アルベルト・グラディウス侯爵の名前が挙がっていること。
さらに、侯爵邸には頻繁に馬車が出入りしていること。
話を聞き終えたルシアンは、しばらく考え込んだ。
「なるほどな……」
「どう思う?」
クラリスが尋ねる。
「怪しいのは確かだ」
ルシアンは答える。
「ただ、今のところ侯爵と失踪事件を直接結びつける証拠はない」
「そうなのよね」
「騎士団への圧力も、まだ噂の段階なんだろう?」
「ええ」
「だったら、まずは事実を確かめる必要があるな」
カイルも頷いた。
「侯爵邸に馬車が出入りしているだけなら、何もおかしくないからな」
「問題は、その馬車が何を運んでいるかね」
ミリアが言う。
「それと、侯爵が本当に騎士団へ圧力を掛けているのかどうか」
ルシアンはクラリスたちを見る。
「三人はどう考えている?」
クラリスはレオネリアとメルキオラへ視線を向けた。
「私たちは、侯爵邸を直接調べる必要があると思っているの」
「直接か……」
ルシアンが腕を組む。
「相手は侯爵だ。普通に訪ねて調べさせてもらうわけにはいかないな」
「ええ」
そこでメルキオラが口を開いた。
「屋敷へ気づかれずに入ることなら、私の隠匿魔法が使えます」
ルシアンがメルキオラを見る。
「潜入するつもりか?」
「はい。外からでは分からないことも、屋敷の中なら確認できるかもしれません」
レオネリアも頷いた。
「私たち三人なら、万が一何かあっても対応できるわ」
「ただし、戦闘は避けるべきだな」
ルシアンが言う。
「侯爵が無関係だった場合、こちらが一方的に屋敷へ侵入したことになる」
「そうね」
クラリスも同意した。
「目的はあくまで情報収集。何かを見つけても、その場で騒ぎを起こすつもりはないわ」
「それなら、なおさら慎重に動く必要がある」
ルシアンは少し考えてから続けた。
「人数も増やさない方がいいだろう。三人なら連携も取りやすいし、メルキオラの魔法も活かせる」
「私もそう思うわ」
クラリスが頷く。
「それに、私たちはもう王都に入っているからね」
「そうだな」
ルシアンは改めて三人を見る。
「危険はある。それでも調べる価値はありそうだ」
「じゃあ……」
「ああ。ただし、無理はしないこと。何かあればすぐに撤退してくれ」
「分かったわ」
クラリスが答える。
レオネリアとメルキオラも頷いた。
「任せて」
「安全には十分気をつけます」
こうして、三人がグラディウス侯爵邸へ潜入する方針が決まった。
ただし、侯爵が失踪事件に関わっていると決まったわけではない。
屋敷へ出入りする馬車も、騎士団への圧力も、まだ確かな証拠はなかった。
だからこそ、実際に確かめる必要がある。
クラリスは改めてレオネリアとメルキオラを見る。
「それじゃあ、まずは侯爵邸を調べましょう」
「ええ」
「分かりました」
三人は静かに頷き合った。
王都の貧民街で起きている不可解な失踪事件。
その調査は、思いがけず一人の侯爵へと繋がり始めていた。
しかし、その先に何が待っているのか。
今はまだ、誰にも分からなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ランスから新たな情報を得たことで、王都の失踪事件に関する疑惑が深まるお話でした。
三か月でおよそ五十人もの若者が姿を消している貧民街。
その住民たちは捜索を依頼するお金もなく、騎士団も積極的には動いていませんでした。
そして、ランスの調査によって浮かび上がったのが、アルベルト・グラディウス侯爵の名前です。
騎士団への圧力という噂に加え、頻繁に馬車が出入りしているという侯爵邸。
しかし、いずれも決定的な証拠ではなく、侯爵が事件に関与しているかどうかは分かっていません。
クラリスたちはルシアンたちと相談し、真相を確かめるために侯爵邸への潜入を決意します。
次回、いよいよクラリス、レオネリア、メルキオラの三人がグラディウス侯爵邸へ潜入します。
果たして、三人はそこで何を目にするのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、10月13日18時を予定してます




