ばあやとの再会 ― 秘密の先で待つ人 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
ランスから持ちかけられた極秘の依頼。
仲間たちと相談したクラリスは、その答えを伝えるため、再び王都の冒険者ギルドを訪れます。
そして、依頼を引き受ける代わりにクラリスが提示した、いくつかの条件。
それは、ある大切な秘密を守るためのものでした。
第八章の続きをお楽しみください。
翌日。
クラリス、レオネリア、メルキオラの三人は、再び王都の冒険者ギルドを訪れていた。
昨日と変わらず、ギルドの中は多くの冒険者たちで賑わっている。
依頼掲示板の前では冒険者たちが依頼を選び、受付では依頼の受注や報告をする者たちが列を作っていた。
三人はその中を進み、受付へ向かう。
「すみません」
クラリスが声を掛けると、受付嬢が顔を上げた。
「はい。ご用件をお伺いいたします」
「今日、ランスと会うことになっているの。クラリスが来たと伝えてもらえる?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢は一礼すると、奥へと入っていった。
それからしばらくして――
「待たせたな」
奥から姿を現したのは、ギルドマスターのランスだった。
クラリスたちの姿を確認すると、そのまま三人の前までやってくる。
「昨日の話だな?」
「ええ」
「ここじゃなんだ。俺の部屋へ行こう」
ランスを先頭に、クラリスたちは再びギルドの奥へ向かった。
◇◇◇
ギルドマスター室へ入ると、ランスは扉を閉めた。
クラリスたちは昨日と同じようにソファへ腰を下ろす。
ランスも向かい側へ座った。
「それで?」
ランスがクラリスを見る。
「返事を聞かせてもらってもいいか?」
「ええ」
クラリスは一度、レオネリアとメルキオラを見る。
二人が小さく頷く。
それを確認してから、クラリスはランスへ向き直った。
「昨日の依頼だけど――私たちで引き受けるわ」
ランスの表情が僅かに緩んだ。
「そうか。助かる」
「ただし、いくつか条件があるの」
「条件?」
「ええ」
クラリスの表情が真剣なものへ変わる。
ランスもそれに気づき、姿勢を正した。
「聞こう」
「まず一つ目」
クラリスは指を一本立てる。
「エレノアさん本人と直接会って話をしたいの」
「母と?」
「ええ」
ランスは少し意外そうな顔をしたものの、すぐに頷いた。
「それは構わない。母から頼まれたことでもあるからな」
「それと二つ目」
クラリスは続ける。
「私たちが調べた結果がどういうものであっても、絶対に口外しないこと」
ランスの表情から笑みが消えた。
「……分かった」
「ランス。これは本当に大事なことよ」
「ああ」
「私たちから伝えることは、あなたとエレノアさんだけに留めてほしいの。他の誰にも話さないで」
「ギルドの人間にもか?」
「ええ」
クラリスは迷わず答える。
「たとえ、あなたが信頼している相手でも」
ランスはクラリスをじっと見た。
昨日よりも遥かに慎重な条件だった。
ただの人探しであれば、ここまで念を押す必要があるだろうか。
そんな疑問が頭を過ったが、ランスは口にはしなかった。
クラリスたちが何かを考えた上で出した条件なのだろう。
「分かった。約束する」
ランスははっきりと言った。
「俺と母以外には話さない」
「ありがとう」
クラリスが頷く。
「条件はそれだけか?」
「今のところはね」
「分かった」
ランスは少し表情を緩めた。
「それじゃあ依頼成立だな。報酬についてだが――」
「それはいらないわ」
「……は?」
ランスが思わず聞き返す。
「報酬はいらないって言ったの」
「いや、待て待て」
ランスは困惑した顔をする。
「これは俺が正式に頼んだ依頼だぞ?」
「分かってるわよ」
「だったら報酬は受け取ってくれ。ギルドマスターとしてというより、俺個人からの依頼なんだからな」
クラリスは首を横に振った。
「本当にいいの」
「しかしな……」
「私もエレノアさんを知っているから」
ランスが黙る。
クラリスは穏やかな表情で続けた。
「昔、王城で何度も顔を合わせた人だもの。エレノアさんが困っているなら、今回はそれで十分よ」
「そう言われてもな……」
ランスは納得しきれない様子だった。
「それじゃ俺の気が済まない」
「気にしなくていいって」
「俺が気にするんだよ」
クラリスは少し困ったような顔をした。
「もう……相変わらずね」
「お互い様だろ」
ランスはそう返しながらも、クラリスが一瞬見せた表情を見逃してはいなかった。
何か別の理由がある。
そんな気がした。
昨日の依頼を受けるまでの慎重さ。
結果を自分と母だけに留めるという条件。
そして報酬を受け取ろうとしないクラリス。
どこか引っ掛かる。
しかし、ランスはそれ以上聞かなかった。
クラリスが今話せないのなら、無理に聞き出すべきではない。
「分かった。報酬の話は一旦置いておく」
「一旦?」
「俺は何かしら礼をするからな」
「別にいいのに……」
「そこは譲らん」
クラリスは諦めたように小さく息を吐いた。
ランスは話を戻す。
「それで、母に会いたいんだったな?」
「ええ」
「それなら問題ない。今日は家にいるはずだ」
「本当?」
「ああ。もし都合がいいなら、これから行くか?」
クラリスは迷うことなく答えた。
「そうしてくれると、こちらもありがたいわ」
「随分即答だな」
「早い方がいいでしょう?」
「まあ、それはそうだが」
ランスが立ち上がる。
「じゃあ案内する」
クラリスたちも立ち上がった。
◇◇◇
四人は冒険者ギルドを出た。
先頭を歩くのはランス。
その後ろをクラリス、レオネリア、メルキオラが続く。
王都の中心部から離れるにつれ、大きな商店や豪華な建物は少しずつ減っていった。
代わりに目立つようになったのは、ごく普通の人々が暮らす住宅だ。
「この辺りなの?」
クラリスが尋ねる。
「ああ。もう少しだ」
エレノアが暮らしているのは、王都の中心部から少し外れた住宅街だった。
貧民街というわけではない。
かといって、貴族や裕福な商人たちが住むような豪華な区域でもない。
中間層の人々が多く暮らす、落ち着いた住宅街だった。
ギルドを出てから、およそ二十分。
ランスが一軒の家の前で足を止めた。
「ここだ」
そこにあったのは、周囲の家々とそれほど変わらない一軒家だった。
長年暮らしていることを感じさせるものの、手入れは行き届いている。
ランスが扉を叩く。
少し待ってから、扉を開けた。
「母さん、いるか?」
返事を待ちながら、ランスは家の中へ入っていく。
クラリスたちも後に続いた。
居間へ向かうと、一人の女性が椅子に腰掛けて休んでいた。
年齢を重ねてはいるものの、背筋はしっかりとしている。
その女性――エレノアが顔を上げた。
「おや、ランス。珍しいね」
突然訪ねてきた息子を見て、少し驚いたように笑う。
「今日は仕事じゃなかったのかい?」
「仕事中だよ」
「それなら、こんなところで油を売っていていいのかい?」
「母さんに会いたいって人がいてな」
「私に?」
そこでエレノアは、ランスの後ろに人がいることに気づいた。
「お客さんかい?」
そう言いながらクラリスたちへ視線を向け――
その目が大きく見開かれた。
「……あなたは」
視線はクラリスに釘付けになっている。
「もしかして……クラリスさんでは?」
クラリスが微笑む。
「エレノアさん、お久しぶりです」
「まあ……!」
エレノアは驚いた様子で立ち上がった。
「本当にクラリスさんなのね」
「はい」
「何年ぶりかしら……」
「随分経ちましたね」
クラリスは懐かしそうにエレノアを見る。
「お元気そうで何よりです」
「クラリスさんも。まさか、また会えるなんて思っていなかったわ」
思いがけない再会に、エレノアの表情が明るくなる。
その一方で――
クラリスはさりげなくレオネリアとメルキオラへ視線を向けた。
二人はすでに動いていた。
もちろん、見た目には何もしていない。
レオネリアは周囲の気配を探り、家の外にこちらを監視している者がいないか確認する。
メルキオラは魔力を使い、室内に盗聴や監視に使われる魔法や魔道具が仕掛けられていないかを調べていた。
エレノアとランスに悟られないよう、慎重に。
やがて――
レオネリアが小さく頷いた。
続いてメルキオラも頷く。
問題ない。
その合図を確認したクラリスの表情が変わった。
「エレノアさん」
「何かしら?」
「これから、とても大切な話をします」
クラリスの雰囲気が変わったことで、エレノアも表情を引き締めた。
クラリスはランスにも視線を向ける。
「二人とも、これから私が話すことは絶対に他言しないでください」
ランスが眉を寄せる。
「昨日の話か?」
「ええ」
クラリスは頷いた。
「ギルドでは誰が聞いているか分からなかった。それに、盗聴や監視の可能性も完全には否定できなかったから、話せなかったの」
「……なるほどな」
「でも、ここなら大丈夫」
エレノアはまだ状況が分からない様子だった。
「クラリスさん……いったい何の話を?」
クラリスはエレノアを真っ直ぐ見る。
そして――
ゆっくりと口を開いた。
「アイリーナ様は生きています」
一瞬。
部屋の中から音が消えたかのようだった。
エレノアが目を見開く。
ランスも言葉を失っている。
「……え?」
エレノアの唇が震えた。
「今……何と?」
「アイリーナ様はご無事です」
クラリスはもう一度、はっきりと伝えた。
「私たちが保護しています」
「……!」
エレノアが両手で口元を覆う。
ランスも驚愕したままクラリスを見ていた。
「クラリス……お前……」
「ごめんなさい。昨日は言えなかったの」
クラリスはランスを見る。
「あなたを疑っていたわけじゃない。でも、あの場所で話すには危険すぎた」
ランスはしばらく何も言わなかった。
やがて、大きく息を吐く。
「……そういうことだったのか」
昨日から感じていた違和感。
クラリスが即答しなかった理由。
報酬を受け取ろうとしなかった理由。
結果を自分と母だけに留めるよう求めた理由。
ようやく全てが繋がった。
エレノアは震える声で尋ねた。
「本当に……本当に、アイル王女はご無事なのですか?」
「はい」
クラリスは微笑む。
「それと、もう一つお伝えすることがあります」
「……?」
「アイリーナ様は、エレノアさんが今も自分を心配していることを知りました」
エレノアの瞳が揺れる。
「そして――エレノアさんに会いたいと仰っています」
「私に……?」
「はい」
エレノアの目に、みるみる涙が浮かんでいく。
クラリスは続けた。
「できれば、ここで会わせてあげたいと思っています」
ランスが反応する。
「ここに王女殿下を連れてくるのか?」
「普通に王都の中を歩いて連れてくるわけじゃないわ」
クラリスはメルキオラを見る。
「そのために、この家の中に転移用の魔法陣を設置させてもらいたいの」
「転移……?」
ランスが目を見開いた。
「まさか……」
「これから見ることも、絶対に他言しないで」
クラリスが念を押す。
「転移魔法についてもよ」
ランスはメルキオラを見る。
驚きを隠せない様子だったが、やがて真剣な表情で頷いた。
「分かった」
エレノアも頷く。
「もちろんです」
「ありがとうございます」
クラリスはメルキオラへ視線を向ける。
「お願い」
「分かりました」
メルキオラが部屋の一角へ移動する。
家具の配置を確認し、十分な空間がある場所を選ぶと、静かに魔力を集中させた。
床へ淡い光が走る。
複雑な紋様が描かれていき、やがて一つの魔法陣が完成した。
ランスとエレノアは、その光景を言葉もなく見つめている。
「これで問題ありません」
メルキオラが立ち上がった。
「では、一度戻ります」
クラリスが頷く。
「お願い。アイリーナ様とアランを連れてきて」
「はい」
再び魔法陣が光を放つ。
その光に包まれ――
メルキオラの姿が消えた。
「……本当に消えた」
ランスが呆然と呟く。
エレノアも驚いていたが、それ以上に別のことが気になっているようだった。
間もなく。
魔法陣が再び淡く輝き始める。
エレノアが息を呑んだ。
光が強くなる。
そして――
三つの人影が現れた。
一人はメルキオラ。
もう一人はアラン。
そして、その二人と共に現れた少女を見た瞬間――
エレノアの瞳から、大粒の涙が溢れた。
「……アイル王女……」
震える声だった。
ずっと消息を案じ続けていた少女が、そこに立っている。
噂とは違う。
幻でもない。
生きている。
目の前にいる。
「アイル王女……!」
エレノアはもう一度、その懐かしい愛称を呼んだ。
アイリーナも、エレノアの姿を見つめていた。
幼い頃から自分を育ててくれた人。
家族のように寄り添ってくれた人。
そして、自分が死んだと思いながらも、ずっと身を案じ続けてくれていた人。
アイリーナの瞳にも涙が浮かぶ。
「ばあや……」
その一言を聞いた瞬間、エレノアの涙がさらに溢れた。
アイリーナはエレノアへ歩み寄る。
そして――
「ばあや……心配をおかけしました」
長く離れていた二人の時間が、ようやく再び動き始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ランスからの極秘依頼を引き受けたクラリスたちが、エレノアの家を訪れるお話でした。
かつて王城で顔を合わせていたクラリスとエレノア。
久しぶりの再会を果たした後、周囲の安全を確認したクラリスは、これまで明かすことのできなかった真実を二人に伝えます。
そして、メルキオラの転移魔法によって、ついに再会を果たしたアイリーナとエレノア。
「アイル王女」
「ばあや」
長くアイリーナの身を案じ続けていたエレノアにとって、その姿を再び見ることができた喜びは何よりも大きなものでした。
しかし、王都でクラリスたちがやるべきことは、まだ残されています。
今回の再会をきっかけに、王都での調査も少しずつ動き始めることになります。
次回、クラリスたちは新たな手掛かりを求めて動き出します。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
感想や評価、ブックマークなども大変励みになります!
次回の更新は、10月7日18時を予定してます




