ギルドマスターからの極秘依頼 ― 旧友に託す密かな頼み ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
王都の冒険者ギルドで、旧友ランスと思わぬ再会を果たしたクラリス。
現在はギルドマスターとなっていたランスは、クラリスたちを自らの部屋へ招き、「極秘で頼みたいことがある」と切り出しました。
長い間会っていなかったクラリスを、それでも変わらず信頼しているというランス。
かつて何度も共に死線を潜り抜けた旧友が、クラリスにだけ打ち明けようとしていることとは――
第八章の続きをお楽しみください。
王都グランヴェイルの冒険者ギルド
その最奥にあるギルドマスターの部屋には、四人だけがいた。
王都冒険者ギルドのギルドマスター、ランス
そして、クラリス、レオネリア、メルキオラ。
先ほどまで、久しぶりの再会を喜び、互いの近況を話していた。
しかし今、部屋の空気は大きく変わっている。
そのきっかけとなったのは、ランスが口にした一言だった。
「極秘で、頼みたいことがある」
クラリスは向かい側に座るランスを見つめた。
先ほどまで見せていた、旧友との再会を喜ぶ表情はもうない。
目の前にいるのは、王都の冒険者ギルドを預かるギルドマスターだった。
クラリスはすぐには答えなかった。
極秘
わざわざランスがそう前置きした以上、普通の冒険者へ頼めるような依頼ではないのだろう。
しかも彼は、受付でクラリスを見つけるなり、自分の部屋へ案内した。
最初から周囲に聞かせるつもりのない話だったことになる。
「……ランス」
クラリスが静かに口を開いた。
「一つ確認してもいい?」
「ああ」
「その話、私たちが依頼を受けない可能性があっても聞いて問題ない内容なの?」
ランスが僅かに眉を上げる。
クラリスは続けた。
「もちろん、聞いた後で依頼を断ったとしても、ここで聞いたことを誰かに話したりはしないわ。それは約束する」
「……」
「でも、内容を聞いた以上、絶対に引き受けなければならないという話なら、先にそう言っておいてほしいの」
ランスはしばらくクラリスを見つめた。
そして、小さく笑った。
「相変わらず慎重だな」
「当たり前でしょう?」
クラリスは肩をすくめる。
「今の私は一人で行動しているわけじゃないもの」
自分だけなら、その場で判断することもできる。
しかし今は違う。
クラリスには仲間がいる。
ルシアン
ミリア
カイル
ガルド
エリス
マリン
そして、目の前にいるレオネリアとメルキオラ、
さらに今はリディア、ソフィア、スピカも行動を共にしている。
危険を伴う依頼なら、自分一人の判断で仲間を巻き込むわけにはいかない。
「だから、内容を聞いてから判断したいの」
「ああ。それで構わない」
ランスは迷わず答えた。
「これから話すことは、俺が本当に信頼できる相手にしか頼めないことだ」
その表情から笑みが消える。
「もちろん、クラリスのことは信頼している。お前が依頼を断ったとしても、ここで聞いたことを外で話したりはしない。それくらいは分かっているつもりだ」
クラリスは少しだけ目を細めた。
「……いまだに信じてくれるのね」
「何を今さら」
ランスは呆れたように言った。
「当然だろ?」
「随分長い間会っていなかったじゃない」
「それがどうした」
ランスは背もたれへ身体を預ける。
「昔、何度一緒に依頼を受けたと思ってるんだ」
クラリスは何も言わない。
ランスは続ける。
「魔物に囲まれたこともあった。予定より遥かに強い魔物が出てきて、一緒に死にかけたことだってある」
「……あったわね」
「一度や二度じゃないだろ?」
クラリスが苦笑する。
「そうだったわね」
白銀の聖剣団として活動していた頃。
ランスたちと同じ依頼を受けることは何度もあった。
別々のパーティでありながら、危険な依頼では協力することもあった。
命を預け合って戦ったことも、一度や二度ではない。
「生死をかけた依頼を何度も一緒にやったんだ。それなりにお前のことは理解しているつもりだ」
ランスは真っ直ぐクラリスを見る。
「だから信用している」
クラリスは少しだけ微笑んだ。
「そう。ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない」
しかし――
次にランスが口にした言葉で、クラリスの表情が変わった。
「それに、これから話すことは……場合によっては王国そのものを揺るがしかねない」
「……王国を?」
「ああ」
クラリスの目が鋭くなる。
隣に座っていたレオネリアとメルキオラも、ランスへ視線を向けた。
王国を揺るがす。
ギルドマスターという立場にあるランスが、軽々しく使う言葉ではない。
「そんな話を、どうして私に?」
「だからこそだ」
ランスは即答した。
「元王国騎士団長だったお前以上に、頼める相手が思いつかなかった」
クラリスが僅かに眉を動かす。
「俺自身が動けるなら、それが一番いい」
ランスは一度言葉を切った。
「でも俺は今、王都冒険者ギルドのギルドマスターだ。立場上、簡単に王都を離れるわけにもいかない」
「……」
「それに、これは一人でどうにかできるような話でもない」
ランスはクラリスだけではなく、レオネリアとメルキオラにも目を向ける。
「そこへ、突然クラリスが現れた」
「それで私に頼もうと思ったの?」
「ああ」
ランスは苦笑した。
「正直、運が向いてきたと思ったよ」
「随分勝手ね」
「自覚はある」
クラリスも小さく笑う。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
ランスが冗談で言っているわけではないことは十分伝わっている。
クラリスは隣を見る。
レオネリア、
そしてメルキオラ。
二人とも、クラリスの視線に気づいた。
レオネリアが静かに頷く。
メルキオラもそれに続いて頷いた。
少なくとも話を聞くことについては、二人とも異論はないらしい。
それを確認すると、クラリスはランスへ向き直った。
「分かったわ」
「ああ」
「受けられるかどうかは、今は約束できない」
「それで構わない」
「それでもいいなら――」
クラリスは真剣な表情で言った。
「聞かせてもらえる?」
ランスはゆっくりと頷いた。
「ああ」
少しの沈黙。
そして――
ランスが口を開いた。
「まず、俺の母親のことから話した方がいいな」
クラリスが一瞬、不思議そうな顔をする。
「お母様?」
「ああ」
なぜ突然、ランスの母親の話が出てくるのか、
先ほどまで王国を揺るがすような話をしていたはずだ。
しかしクラリスは何も言わず、続きを待った。
「俺の母親が、昔、王城で働いていたことは知っていたか?」
「王城で? 知らなかったわ」
「そうか」
ランスは頷く。
「母は昔、王城に仕えていた」
そこで一度言葉を止める。
「ただの使用人としてじゃない」
クラリスたちは黙って続きを待った。
ランスは静かに告げる。
「アイリーナ王女殿下の乳母を務めていたんだ」
レオネリアの視線が僅かに動く。
メルキオラも黙ったままランスを見ていた。
ランスは三人の様子には気づかず、話を続ける。
「殿下がまだ幼い頃の話だ。母は長い間、王城で殿下のお世話をしていた」
ランスの表情が少しだけ柔らかくなる。
「今はもう王城を離れているが、それでも殿下のことはずっと気に掛けている」
そして、その表情が再び曇った。
「少し前から、王都で妙な噂が流れている」
クラリスは黙って聞いている。
「アイリーナ王女殿下が――亡くなったという噂だ」
部屋の空気が重くなる。
「正式な発表はされていない。王城も何も言っていない。それなのに、なぜか街ではそんな話が流れている」
ランスは腕を組む。
「当然、母の耳にも入った」
「それで、お母様が調べたの?」
「ああ」
ランスが頷く。
「母は昔の伝手を使って王城に確認しようとした」
長年王城で働いていたなら、今でも知り合いは残っている。
特に王女の乳母まで務めた人物だ。
普通なら、何かしらの情報を得られてもおかしくない。
「でも、何も分からなかった」
「何も?」
「箝口令が敷かれているらしい」
ランスの声が低くなる。
「王女殿下について尋ねても、誰も何も答えない。昔から母と親しかった者でさえだ」
クラリスの表情が僅かに険しくなる。
「それだけ厳しい箝口令なのね」
「そういうことだろうな」
ランスは一度息を吐く。
「母は俺のところへ来た」
――何とか調べられないか、
そう頼まれたという。
「俺だって最初は、王家のことに冒険者ギルドが首を突っ込むべきじゃないと思った」
当然の判断だった。
冒険者ギルドは王国の組織ではない。
王家の内部事情へ不用意に介入すれば、問題になりかねない。
「でも、母に頼まれてしまってな」
ランスは少し困ったように笑った。
「それに俺自身も、妙だと思った」
「何が?」
「王女殿下が本当に亡くなったのなら、いつまでも隠し続けられる話じゃない」
クラリスは黙っている。
「そこで俺も、ギルドマスターという立場を使って少し調べてみた」
王都の冒険者ギルドには、多くの情報が集まる。
商人
冒険者
護衛
各地を行き来する者たち。
さらにギルドマスターともなれば、一般の冒険者には入ってこない情報を得ることもできる。
「調べていくうちに、一つ分かったことがある」
ランスが声を落とした。
「王女殿下が乗っていたと思われる馬車が、王都から離れた街道で発見されている」
クラリスは何も言わない。
「酷い状態だったらしい」
ランスは続ける。
「馬車は爆破され、ほとんど原形を留めていなかった」
「……それで王女が亡くなったという噂が?」
「おそらくな」
ランスは頷く。
「現場の状況から、襲撃を受けたこと自体は間違いないらしい」
しかし――
「死体が見つかっていない」
クラリスの目が僅かに細くなる。
「一人も?」
「ああ」
ランスは答えた。
「馬車があれだけ激しく爆破されたんだ。遺体も飛散して、確認できる状態ではなかったんじゃないか。そう考えられているらしい」
それなら、王女が死亡したと判断されても不思議ではない。
しかし、ランスには引っ掛かることがあった。
「もう一つ、妙な情報がある」
「妙な情報?」
「襲撃者だ」
ランスの表情が険しくなる。
「王女殿下を襲ったと思われる者たちも、誰一人として見つかっていない」
「……」
「死体もない。捕まった者もいない。その後、どこかで目撃されたという話もない」
襲われた側だけではない。
襲った側まで、揃って姿を消している。
「馬車だけが破壊された状態で残っていた」
ランスはそこで一度言葉を切ると、真剣な表情でクラリスを見た。
「俺は、どうにも腑に落ちない」
その声には、ギルドマスターとして多くの依頼や事件を見てきた者らしい重みがあった。
「王女殿下は、本当に亡くなったのか?」
ランスは三人を見る。
「俺は――まだ生きている可能性があると思っている」
部屋に静寂が訪れる。
「もちろん確証はない」
ランスは続ける。
「ただの俺の推測だ」
それでも、確認する価値はある。
いや――
確認しなければならない。
ランスは真っ直ぐクラリスを見る。
「だから、クラリス」
その声は真剣だった。
「これが俺から頼みたいことだ」
一度、言葉を切る。
そして――
「アイリーナ王女殿下の消息を、極秘で確認してもらいたい」
王都冒険者ギルドのギルドマスター。
そして、かつて何度も共に死線を潜り抜けた旧友から告げられた依頼。
それは――
クラリスたちが予想していなかった人物の名を巡るものだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ランスがクラリスに持ちかけた極秘の依頼、その内容が明らかになりました。
かつてアイリーナ王女の乳母を務めていた、ランスの母親。
王都ではアイリーナ王女が亡くなったという噂が広がる一方、王城には箝口令が敷かれ、その真相を知ることはできませんでした。
そんな中、独自に調査を進めていたランス。
破壊された王女の馬車から遺体が確認されていないことや、襲撃者たちの行方も分かっていないことから、ランスはアイリーナがまだ生きている可能性を考えていました。
そしてランスは、旧友であり元騎士団長でもあるクラリスに、王女の消息を確認してほしいと依頼します。
突然持ちかけられた、王国にも関わる極秘の依頼。
次回、ランスから託されたこの依頼に、クラリスたちはどのような答えを返すのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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