王都を前にして ― グランヴェイルへ続く最後の準備 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
アルフェリアで迎える最後の朝。
王都グランヴェイルへ向けて出発する準備を進める中、クラリスは一つの懸念を口にします。
第二王女アイリーナが襲撃された以上、何も知らないまま王都へ入るわけにはいかない。
そこでクラリス達は、王都の様子を先に確かめることを考えます。
そして今回で、第七章はいよいよ閉幕となります。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
アルフェリアで迎える最後の朝。
エリスはいつもと同じ時間に目を覚ました。
ベッドから起き上がると軽く身体を伸ばし、身支度を整える。
今日はいよいよアルフェリアを出発する日。
ここから王都グランヴェイルまでは、順調に進めば三日ほど。
途中の街には立ち寄らず、最短のルートを進むことも昨夜の話し合いで決まっている。
エリスは部屋を出ると、そのままキッチンへ向かった。
「おはよう」
「あら、おはよう、エリス」
中へ入ると、すでにクラリス達が朝食の準備を始めていた。
クラリスとミリア。
そしてリディアとアグネスもいる。
「何か手伝う?」
エリスが尋ねると、クラリスは料理をしながら周囲を見回した。
「そうね……」
しかし、すでに四人で作業をしている。
クラリスが料理を作り、ミリアもその隣で別の料理を準備している。
リディアは食材を切り、アグネスも手際よく作業を進めていた。
「料理の方は大丈夫そうね」
「そっか……」
せっかく早く起きてきたのに、やることがない。
エリスはキッチンの中を見回した。
すると、まだ朝食を並べるテーブルの準備が終わっていないことに気づく。
「じゃあ、こっちやるね」
エリスは布を手に取ると、テーブルを丁寧に拭き始めた。
綺麗になったところでテーブルクロスを広げる。
その上へ食器を一つずつ並べていく。
人数が多いため、これだけでもそれなりの作業になる。
「これと……こっちにも」
食器を並べていると――
「エルシア様?」
背後から声がした。
振り返ると、レオネリアとメルキオラが立っていた。
どうやら二人も起きてきたらしい。
「おはよう、レオネリア、メルキオラ」
「おはようございます、エルシア様」
二人は挨拶を返した。
そして、エリスが食器を並べている姿を見る。
レオネリアが眉を寄せた。
「エルシア様、何をなさっているのですか?」
「何って……朝食の準備だけど?」
「それでしたら、私達がいたします」
「え?」
メルキオラもすぐに頷く。
「そのようなことをエルシア様になさっていただく必要はございません」
「いや、これくらい別に……」
エリスとしては、ただ朝食の準備を手伝っているだけである。
家にいた頃から、この程度のことは普通にやってきた。
しかし、二人にとっては違う。
かつて魔族の女王だったエルシアに、食器を並べさせる。
どうやら二人には、それがどうしても受け入れられないらしい。
「私達が代わります」
レオネリアがエリスの手から食器を受け取る。
「残りはこちらで」
メルキオラも反対側から準備を始めた。
「……私、やることなくなっちゃったんだけど」
「どうぞお休みになっていてください」
「…………」
エリスは少し不満そうに二人を見る。
しかし、レオネリアもメルキオラも譲るつもりはなさそうだった。
「分かったよ」
仕方なく、エリスはキッチンを離れた。
そのままリビングへ向かう。
こちらにはすでに何人か集まっていた。
「おはよう、エリス」
マリンが声をかけてくる。
「おはよう」
ソフィアとスピカもいる。
さらにルシアン、カイル、ガルドも、それぞれ椅子やソファに座っていた。
エリスも空いている場所に腰を下ろす。
一方、アラン達近衛兵はアイリーナの部屋の前で待機している。
やがて朝食の準備がある程度整ったところで、アグネスはキッチンを離れた。
王女付きの侍女として、アイリーナの身支度を手伝うためである。
しばらくすると、アイリーナも姿を見せた。
アラン達近衛兵や侍女達も揃う。
全員が席につく頃には、テーブルの上に朝食が並べ終わっていた。
「それでは、いただきましょうか」
クラリスの言葉を合図に、アルフェリア最後の朝食が始まった。
食事をしながら話題になるのは、やはり今日からの旅についてだった。
「食事が終わったら、荷物を確認して出発ね」
クラリスが話す。
「食料も昨日のうちに揃っている。特に買い足すものはないだろう」
ルシアンが答えた。
「途中の街には寄らないんですよね?」
マリンが確認する。
「その予定よ。最短ルートで王都を目指すわ」
クラリスが答える。
王都グランヴェイルまで、およそ三日。
途中で二度の野営を行い、そのまま王都へ向かう。
すでに決めた予定だった。
ところが――
クラリスがふと食事の手を止めた。
「……ただ、一つ気になっていることがあるの」
その言葉に、ルシアンがクラリスを見る。
「何だ?」
クラリスは少し考えてから、アイリーナへ視線を向けた。
「昨日は言わなかったのですが……殿下。王都へ向かう前に、一度確認しておいた方がよいことがあると思います」
アイリーナも食事の手を止める。
「何でしょうか?」
「王都の現在の状況です」
「王都の……」
「はい」
クラリスの表情が真剣なものへ変わった。
「殿下がお乗りになっていた王家の馬車が襲撃されたのです。偶然の襲撃とは考えにくいでしょう」
アランの表情も険しくなる。
クラリスが続ける。
「王都へ近づく以上、今の王都がどのような状況なのか、あらかじめ確認しておいた方がよいと思います」
「確かに……」
アイリーナが小さく頷く。
これまではアイリーナを無事に王都へ送り届けることを優先して考えていた。
しかし、そもそも襲撃の背景が分かっていない。
捕らえた襲撃者達の尋問はユリウスに任せているものの、王都側で何が起きているのかは別の問題である。
アランも頷いた。
「クラリスさんの言う通りです。殿下を狙った者達が王都にもいる可能性は考えておくべきでしょう」
「では、どうやって調べますか?」
アイリーナが尋ねる。
クラリスは少し間を置いてから答えた。
「私とレオネリア、それからメルキオラの三人で、一度王都へ行ってみてはいかがでしょうか」
「三人で?」
「はい」
クラリスは理由を説明する。
「昔のことではありますが、私は騎士団にいた頃、王都で暮らしていました。今でも王都の街並みや王城周辺のことは、ある程度分かります」
それからメルキオラを見る。
「メルキオラなら転移魔法が使えます。それに、姿を隠して行動するための魔法も使えます」
「はい。人目を避けて行動することは可能です」
メルキオラが答える。
続いてレオネリアへ視線を向ける。
「そしてレオネリアは索敵に長けています。周囲を警戒しながら王都の様子を探るのであれば、この三人が適任だと思います」
レオネリアも頷いた。
「私も異論はありません」
アイリーナは三人を見る。
クラリスには王都の土地勘がある。
メルキオラには転移魔法と隠匿の魔法がある。
そしてレオネリアは索敵を得意としている。
確かに、王都へ先行して状況を確認する三人としては適任だった。
「分かりました。では――」
「お待ちください」
その言葉を遮ったのはアランだった。
「アラン?」
アイリーナが見る。
アランはクラリスへ向き直った。
「申し訳ありません。しかし、その人選には賛成できません」
「理由を聞いてもいい?」
クラリスが尋ねる。
「クラリスさんがこの馬車を離れるからです」
アランは真剣だった。
「もし、クラリスさん達が王都へ向かっている間に、再びこの馬車が襲撃されたらどうするのですか?」
アランはクラリスの実力を知っている。
かつて自分の上官だった人物。
白銀の剣姫。
だからこそ、アイリーナを守る戦力としてクラリスを高く評価していた。
そのクラリスがいなくなる。
しかも、レオネリアとメルキオラまで同行する。
王女を守る立場として、簡単に認められる話ではなかった。
「殿下の安全が最優先です。クラリスさんがいない状態で、本当に守り切れるのでしょうか?」
クラリスはアランの言葉を聞くと、微笑んだ。
「心配してくれているのね」
「当然です」
「でも、大丈夫よ」
クラリスは迷うことなく答えた。
「私がいなくても、この馬車を襲う程度の相手なら問題ないわ」
「しかし――」
「それに」
クラリスの視線がエリスへ向く。
「私より強い子が残っているもの」
「え?」
アランもクラリスの視線を追う。
その先にはエリスがいる。
エリスは自分を指差した。
「私?」
「そうよ」
クラリスが笑う。
「エリスは私より強いわ」
アランは驚いた表情でエリスを見る。
エリスの戦いをまったく知らないわけではない。
それでも、クラリス本人が自分以上だと言い切るとは思っていなかった。
「それに、アランにはまだ見せていない戦力もあるのよ」
クラリスはそう言うと、エリスを見た。
その視線だけで、エリスには意味が分かった。
「ああ、セラのことね」
「ええ」
エリスは腕へ目を向ける。
そして――
「セラ」
次の瞬間。
白い光が室内に広がった。
「なっ!?」
アランが反射的に立ち上がる。
近衛兵達も一斉に反応した。
侍女達からも驚きの声が上がる。
光が消えた時。
そこには――
純白の毛並みを持つフェンリルがいた。
黄金色の瞳。
人間とは明らかに違う存在感。
突然現れたセラを前に、アイリーナ達は言葉を失っていた。
「フェンリル……?」
アランが呟く。
近衛兵達も警戒するようにセラを見る。
その視線を受けたセラは、少しムッとしたように彼らを見返した。
『何、その顔』
「…………?」
アランが目を見開く。
『僕はこう見えても聖獣なんだからね』
セラは胸を張るように、少し自慢げに言った。
『ただのフェンリルと一緒にしないでよ』
「しゃ、喋った……」
近衛兵の一人が思わず呟いた。
正確には念話なのだが、初めて経験する者にとっては、声を掛けられたようにしか感じられない。
クラリスがそんな彼らを見ながら説明する。
「この子はセラフィス。私達はセラと呼んでいるわ」
アランはセラから目を離せない。
「聖獣……なのですか?」
「ええ」
クラリスが頷く。
「エリスが女神様から授かった聖獣よ」
「女神様から……」
今度はアイリーナが驚いたようにエリスを見る。
クラリスはさらに続けた。
「それに、今は小さくなっているだけ。本来の大きさはもっと大きいわ」
『そうだよ』
セラが得意げに続ける。
『この姿の方が中では動きやすいから、小さくなってるだけだからね』
アランはしばらくセラを見つめていた。
そして、エリスを見る。
クラリス以上の実力を持つというエリス。
さらに、そのエリスには女神から授けられた聖獣がいる。
ルシアン、カイル、ガルドをはじめ、他にも多くの実力者が馬車に残る。
それに、自分達近衛兵もいる。
アランはようやく理解した。
クラリスが自分達三人だけで王都へ向かうことを提案した理由を。
クラリスが抜けても、アイリーナを守る戦力が不足するわけではない。
むしろ、これだけの戦力が残るのであれば、並の襲撃者が相手なら心配する必要はないだろう。
「……なるほど」
アランは小さく息を吐いた。
「これなら、確かに私の心配は必要なさそうですね」
「でしょう?」
クラリスが微笑む。
一方、アイリーナはセラを見つめていた。
先ほどまでの驚いた表情は消え、今は柔らかな笑みを浮かべている。
「セラフィス……」
『セラでいいよ』
「では、セラさんですね」
『うん』
アイリーナは小さく笑った。
「とても頼もしい方が、まだいらっしゃったのですね」
『もちろん』
セラは再び胸を張る。
『エリスは僕が守るし、エリスが守りたい人なら僕もちゃんと守るよ』
その言葉に、アイリーナは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます、セラさん」
こうして――。
アルフェリアを旅立つはずだった朝。
エリス達は王都へ向かう前に、一つの行動を挟むことになった。
クラリス、レオネリア、メルキオラ。
三人が先に王都グランヴェイルへ向かい、街や王城周辺の状況を確認する。
第二王女アイリーナを安全に王都へ送り届けるために…
王都まで、あとわずか。
しかし、王女を襲った者達の正体も、その目的もまだ明らかになっていない。
だからこそ、何も知らないまま王都へ入るわけにはいかなかった。
まずは自分達の目で確かめる。
王都グランヴェイルで――
今、何が起きているのかを…
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
アルフェリアでの最後の朝。
王都グランヴェイルへ向かう準備を進める中、クラリスは第二王女アイリーナ襲撃の件を考え、王都の現在の状況を先に確認しておくことを提案しました。
クラリスには王都で暮らしていた頃の土地勘があり、メルキオラには転移魔法と隠匿の魔法、レオネリアには索敵能力があります。
そして、クラリス達が離れている間の守りについて不安を口にしたアランの前には、これまで見せていなかった聖獣セラの姿も。
こうしてエリス達は、ただ王都へ向かうのではなく、その先に何が待っているのかを確かめながら進むことになります。
今回をもちまして、第七章は閉幕となります。
この後は、第七章に登場した人物や出来事を振り返る「第七章まとめ」を公開予定です。
そして次回から、いよいよ第八章がスタートします。
王都グランヴェイル。
第二王女アイリーナを襲った者達の思惑。
王都の中で動く者達。
そして、聖女と呼ばれるようになったエリスを待つものとは――
王都で、エリス達に何が待ち受けているのか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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