焼き上がったのは…… ― エリスとマリン、初めてのスイーツ作りの結末 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
今度こそ念願のスイーツを食べられる。
そんな期待を胸に、焼き上がるのを楽しみに待つエリスとマリン。
ところが、オーブンから取り出したものは、二人が思い描いていたものとは少し違っていたようで……。
果たして、二人の初めてのスイーツ作りは成功したのでしょうか。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
オーブンの前では、エリスとマリンが今か今かと焼き上がりを待っていた。
二人の表情は期待に満ちている。
今度こそ。
今度こそ、念願のスイーツを食べられる。
アルフェリアへ来てからというもの、二人は何度もスイーツを食べようとしてきた。
しかし、長い列に並べば自分達の直前で売り切れ。
マカロンだと思ったものは化粧品。
ケーキやパフェだと思ったものは石鹸。
甘い香りを追いかけて辿り着いた先はパン屋。
これでもかというほど、スイーツには縁がなかった。
しかし、今回は違う。
自分達で作っているのだ。
誰かに先に買われることもなければ、店を間違えることもない。
すでに生地は完成し、オーブンの中に入っている。
あとは焼き上がるのを待つだけ。
ここまで来れば、もう失敗するはずがない。
少なくとも二人は、そう信じていた。
「ねえ、マリン」
「何?」
「そろそろじゃない?」
マリンもオーブンを見る。
「そうね……結構待ったわよね」
「うん」
二人とも正確な時間を確認していたわけではない。
それでも、そろそろ焼き上がっているはず。
「出してみようか」
「ええ!」
エリスがオーブンの扉を開く。
熱気が一気に外へ流れ出した。
「熱っ!」
思わず顔を引く。
マリンが布を使い、慎重にオーブン皿を取り出した。
そして――
「…………」
「…………」
二人の動きが止まった。
オーブン皿を見つめたまま、完全に固まっている。
「…………え?」
最初に声を出したのはエリスだった。
マリンは何も答えない。
いや、答えられない。
二人の目の前にあるもの。
それは、二人が想像していたものとは大きく違っていた。
オーブンへ入れる前、
確かに二人は、小さく丸めた生地をたくさん並べていた。
一つ。
二つ。
三つ。
できるだけたくさん食べられるようにと、オーブン皿いっぱいに並べた。
だから二人の頭の中では、小さく丸いスイーツがたくさん焼き上がっているはずだった。
ところが…
「……一個?」
エリスが呟く。
「一個……ね」
マリンも呟く。
そこにあったのは――
オーブン皿いっぱいに広がった、大きな一つの塊だった。
「…………」
再び沈黙。
エリスが首を傾げる。
マリンも首を傾げる。
二人とも、自分達が作ったものと目の前のものがどうしても結びつかない。
「なんで?」
エリスの口から、ようやく疑問が漏れた。
「なんで一個になってるの?」
「分からないわよ」
「だって、いっぱい並べたよね?」
「並べたわよ。私も見てたもの」
「丸いのをいっぱい」
「ええ」
「なのに……」
二人は巨大な塊を見る。
「なんで?」
分からない。
本当に分からない。
そんな二人の様子を、少し離れた場所からクラリスが見ていた。
最初は二人が何を作るのか黙って見守っていたのだが、オーブンから出てきたものを見て、何となく事情を察したらしい。
クラリスが近づいてくる。
「エリス」
「お母さん」
「あなた達、生地を並べる時、ちゃんと隙間を空けた?」
「隙間?」
エリスが不思議そうな顔をする。
マリンも同じような表情だった。
その反応だけで、クラリスには答えが分かった。
「……空けてないのね?」
「うん」
エリスは素直に頷く。
「だって、いっぱい作りたかったから」
マリンも続ける。
「オーブン皿にたくさん並べれば、一度にたくさん焼けると思ったの」
「だから隙間なく並べたよ」
「ほとんどぎっしりと」
その答えを聞いていたミリアが、二人の後ろからオーブン皿を覗き込んだ。
そして一言。
「……それが原因ね」
「え?」
エリスとマリンが同時に振り返る。
「なんで?」
エリスが尋ねる。
「隙間がないと駄目なの?」
「どうして?」
マリンも本気で分からないらしい。
クラリスとミリアは顔を見合わせた。
どうやら二人は、生地を焼くとどうなるのかさえ分かっていなかったようだ。
クラリスが説明する。
「焼いたら生地は膨らむのよ」
「膨らむ?」
「そう。焼いている途中で生地が広がるの」
クラリスはオーブン皿を指差す。
「固まる前に生地が膨らんで広がるから、こんなに隙間なく並べたら、隣同士がくっついちゃうのよ」
「…………」
エリスが巨大な塊を見る。
「…………」
マリンも見る。
ようやく二人にも、何が起きたのか理解できた。
「じゃあ……」
エリスが恐る恐る尋ねる。
「いっぱい並べたから、一個になったの?」
「そういうことね」
クラリスが答える。
「そんな……」
エリスが肩を落とす。
マリンも悔しそうにオーブン皿を見る。
「欲張らなければよかった……」
「うん……」
二人とも、たくさん食べたかっただけなのだ。
一度にいっぱい作れば、それだけいっぱい食べられる。
実に単純な考えだった。
その結果が――
巨大な一個。
「せっかくいっぱい作ろうと思ったのに……」
エリスが呟く。
「私達のスイーツ……」
マリンも残念そうに見つめる。
しかし、二人が落ち込んでいたのは、ほんのわずかな時間だった。
エリスが巨大な塊をじっと見つめる。
「……でも」
「何?」
「別に一個になっただけだよね?」
「え?」
「形が変になっただけで、食べられないわけじゃないよね?」
マリンが目を見開く。
そして再びオーブン皿を見る。
「……確かに」
「でしょ?」
エリスの表情が明るくなる。
「大きく一個になっちゃったなら、後から割ればいいんだよ」
「そうよ!」
マリンの表情にも希望が戻ってくる。
「別に丸くなくても、味が同じなら問題ないわ」
「うん!」
「食べる時に分ければいいのよ」
「そうだよ!」
二人は顔を見合わせて頷いた。
さすがというべきか。
立ち直りが早い。
小さな丸いスイーツをたくさん作る予定が、大きな一枚になった。
それなら、大きな一枚を後から小さく分ければいい。
結局、口に入れば同じである。
二人はそう考えた。
「じゃあ、冷めるまで待とう」
「ええ。今触ったら熱いものね」
「冷めたら割って、みんなで食べようよ」
「そうしましょう」
二人は再び期待に満ちた表情になる。
クラリスとミリアはそんな二人を見ていたが、今度は何も言わなかった。
形はともかく、確かに食べられるのであれば問題はない。
――食べられるのであれば、
しばらくして…
「もういいかな?」
エリスが巨大なスイーツに触れてみる。
先ほどまでの熱さはない。
「大丈夫そう」
「じゃあ、割りましょう」
マリンも近づく。
二人は巨大な一枚を小さく割ろうとする。
エリスが端を掴んだ。
「よいしょ……」
力を入れる。
「…………」
動かない。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「硬い」
「貸して」
今度はマリンが挑戦する。
「んっ……!」
力を入れる。
「…………」
やはり割れない。
「何これ?」
マリンが指で叩いてみる。
コンコン。
「…………」
エリスも叩く。
コンコン。
二人は顔を見合わせた。
「硬いね」
「硬いわね」
予想していたようなサクッとした感触ではない。
明らかに硬い。
カチカチだった。
「なんで?」
今日、何度目か分からない言葉がエリスの口から出た。
マリンも困惑する。
「冷めたら割れるんじゃなかったの?」
「そのはずなんだけど……」
二人が困っていると、ミリアがやってきた。
「ちょっと見せて」
巨大な塊を確認する。
表面。
裏側。
そして硬さ。
さらに、オーブンへ入れていた時間を思い返す。
ミリアが小さく呟いた。
「……焼きすぎたのね」
「え?」
二人が同時にミリアを見る。
「焼きすぎ?」
「そう。温度が高すぎたか、焼いていた時間が長すぎたか……たぶん両方ね」
「…………」
エリスがオーブンを見る。
マリンも見る。
そういえば、
二人はオーブンをどれくらい温めればいいのか分からず――。
しっかり焼けるようにと、かなり熱くしていた。
しかも焼き時間も、正確には確認していない。
「……もしかして」
エリスの顔が引きつる。
「熱くしすぎた?」
「そうみたいね」
ミリアが答える。
「…………」
「…………」
二人は再び巨大な塊を見る。
それでも諦めきれない。
エリスがどうにか端の方を割る。
パキッ
ようやく小さな欠片が取れた。
「割れた!」
「食べてみましょう!」
形が悪くてもいい。
硬くてもいい。
味さえ美味しければ。
二人は小さな欠片を手に取った。
「いただきます」
エリスが口へ入れる。
マリンも続いた。
ガリッ
「…………」
「…………」
二人の動きが止まる。
硬い。
とにかく硬い。
それでも何とか噛み砕く。
そして――
「甘っ!」
エリスが叫んだ。
「甘すぎる!」
マリンも顔をしかめる。
口の中いっぱいに、とんでもない甘さが広がっていた。
「なんでこんなに甘いの!?」
エリスが水を飲む。
マリンも慌てて続く。
その様子を見ていたクラリスが尋ねる。
「砂糖、どれくらい入れたの?」
「え?」
「レシピに分量が書いてあったでしょう?」
「…………」
エリスとマリンが固まった。
二人はゆっくりと顔を見合わせる。
「……見た?」
エリスが尋ねる。
「……見てない」
マリンが答える。
「私も……」
「白っぽくなるまでって書いてあったから……」
「砂糖をいっぱい入れれば白くなると思って……」
「…………」
クラリスが額に手を当てた。
ミリアも小さくため息をつく。
「二人とも……」
「だって……」
エリスは巨大な一枚のスイーツを見る。
マリンも同じものを見る。
たくさん食べたかった。
だから、隙間なく並べた。
しっかり焼きたかった。
だから、オーブンを思い切り温めた。
甘いスイーツを作りたかった。
だから、砂糖をたくさん入れた。
その結果、全部がくっついた。
カチカチになった。
そして――甘すぎた。
「…………」
エリスが肩を落とす。
「…………」
マリンも肩を落とす。
今度こそ、
本当に今度こそ、
そう思っていたのに。
結局――
二人は今回も、満足にスイーツを食べることができなかった。
アルフェリアでのスイーツ探しに続き。
初めてのスイーツ作りもまた――。
見事な失敗に終わったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、エリスとマリンが初めて挑戦したスイーツ作り、その結末となりました。
小さく丸めた生地をたくさん並べたはずが、焼き上がってみれば大きな一つの塊に。
それでも「割って食べれば大丈夫」と前向きだった二人でしたが、冷めたスイーツはカチカチ。
さらに、分量を確認せずに砂糖をたくさん入れてしまったため、味まで甘すぎるという結果になってしまいました。
お店で食べられないなら、自分達で作ればいい。
そんな二人の新たな挑戦も、残念ながら今回は成功とはならなかったようです。
そして次回、いよいよ第七章も終幕。
交易都市アルフェリアでの出来事を終えたエリス達は、第二王女アイリーナを秘密裏に守りながら街を旅立ち、王都グランヴェイルへ向かいます。
王都まで、あとわずか。
エリス達はどのような思いを胸に、王都へ続く最後の道を進むのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、9月25日18時を予定してます




