王都へ向けて ― 出発前夜の小さな企み ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
アルフェリアでの最後の夜。
王都グランヴェイルまでの道のりを確認し、エリス達は途中の街には立ち寄らず、最短のルートを進むことにしました。
旅の準備も整い、あとは翌朝の出発を待つばかり。
そんな中、これまで何度もスイーツを食べ損ねてきたエリスとマリンは、何やら二人でこそこそと準備を始めているようで……。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
アイリーナが異空間へ戻ってきた時、その表情は街へ出る前とは明らかに違っていた。
「おかえりなさいませ、殿下」
待っていた侍女が声をかける。
「ただいま戻りました」
アイリーナは笑顔で答えた。
ほんの短い時間だった。
市場を歩き、露店を眺め、アルフェリアの人々が行き交う中を散策しただけ。
それでも、ずっと異空間の中で過ごしていたアイリーナにとっては、十分な息抜きになったらしい。
どこか晴れ晴れとした、すっきりとした表情をしている。
そんなアイリーナを見て、クラリスも連れ出してよかったと思っていた。
安全で快適とはいえ、外の景色を見ることもできない場所で何日も過ごし続けるのは、やはり精神的に辛いものがある。
これから王都までの間も、基本的には異空間で過ごしてもらうことになる。
だからこそ、アルフェリア最後の夜に少しでも気分転換ができたことは大きかった。
そして、アイリーナが戻ってくると、さっそく翌日以降について話し合うことになった。
リビングに皆が集まる。
テーブルの上には、アルフェリア周辺から王都グランヴェイルまでの地図が広げられていた。
「それじゃあ、明日からの予定を決めましょう」
クラリスの言葉に、全員が地図へ視線を向ける。
ルシアンが地図の一点を指差した。
「現在地がアルフェリア。そして、目的地がここ。王都グランヴェイルだ」
指が地図の上を移動する。
アルフェリアから王都までは、それほど離れていない。
これまでの長い旅路を考えれば、いよいよ王都は目前といってよかった。
「順調に進めば、三日ほどですね」
ルシアンの言葉に、クラリスが頷く。
「そうね。天候や道の状態にもよるけれど、そのくらいでしょうね」
「三日……」
エリスが地図を見る。
長かった旅も、あと三日ほどで目的地へ辿り着く。
そう考えると、王都が急に近く感じられた。
マリンも同じことを思ったのか、少し嬉しそうな表情をしている。
「途中に街が一つあるわね」
ミリアが地図を覗き込んだ。
アルフェリアと王都の間。
最短経路から少し外れたところに、小さな街が一つ記されている。
「ここに寄る?」
クラリスが尋ねる。
ルシアンは少し考えてから首を横に振った。
「特に用事がなければ、寄る必要はないと思う」
「私もそう思います」
カイルも同意する。
「それほど大きな街でもない。食料もアルフェリアで十分補給できるなら、わざわざ遠回りする理由はないだろう」
ガルドも地図を見ながら頷いた。
「街へ寄れば、その分だけ人目にもつくからな」
その一言に、皆の視線がアイリーナへ向かう。
今の旅は、以前とは事情が違う。
第二王女アイリーナを秘密裏に王都まで送り届ける。
それが最優先となっている。
アイリーナ達は基本的に異空間の中にいるため、普通に旅をしているだけなら外部から見つかる可能性は低い。
それでも、人の多い場所へ立ち寄れば立ち寄るほど、予期せぬ事態が起こる可能性も高くなる。
「でしたら、街へは寄らず、最短の道を進んだ方がよろしいのではないでしょうか」
アイリーナ自身がそう提案した。
クラリスが確認する。
「よろしいのですか、殿下?」
「はい。アルフェリアでは十分に街を見ることができました。それに、今は少しでも早く王都へ向かった方がいいと思います」
その言葉にアランも頷いた。
「私も殿下のお考えに賛成です」
「それなら決まりね」
クラリスが地図を見る。
「途中の街には寄らず、最短ルートで王都を目指しましょう」
全員に異論はなかった。
ただし、その場合は途中で野営をすることになる。
「野営は問題ないでしょう」
メルキオラが静かに言った。
「馬車の周囲に結界を展開します。あの中にいる限り、よほどのことがない限り問題ありません」
「メルキオラの結界なら大丈夫だろうな」
ルシアンも同意する。
これまでの旅でも、メルキオラの結界には何度も助けられている。
外から見れば普通の馬車。
その中には巨大な異空間。
さらに野営中は、馬車の周囲を強力な結界が守る。
これだけの備えがあれば、普通の魔物や盗賊程度を心配する必要はほとんどない。
もちろん警戒そのものを怠るつもりはないが、わざわざ街へ立ち寄るより安全だろう。
「それでは、明日の朝にアルフェリアを出発。途中の街には寄らず、二泊の野営を挟んで王都を目指す。それでいいわね?」
クラリスが確認する。
全員が頷いた。
王都まで――あと三日。
ようやく次の目的地が目前まで迫っていた。
予定が決まると、今度は旅の準備である。
まず必要なのは食料だった。
異空間にはある程度の食材が備蓄されている。
しかし、王都まで街へ立ち寄らないことを考えれば、アルフェリアで補充しておいた方がいい。
それに――
「せっかくだから、少しいい食材も買っておきましょうか」
ミリアの言葉に、クラリスも頷いた。
「そうね」
これから二日間は野営になる。
アイリーナ本人は特別扱いを求めていないものの、王女を同行させている以上、毎日簡単な保存食だけというのも気が引ける。
幸い、ここは交易都市アルフェリア。
食材には困らない。
肉や魚、野菜、果物。
さらには他の地方から運ばれてきた珍しい食材まで手に入る。
必要なものを確認すると、何人かで買い出しへ向かい、王都までの三日間に必要な食料を揃えた。
こうして旅の準備もほぼ終わった。
そして、その日の夜。
「明日からまた旅なんだし、今日はみんなで食べない?」
エリスの提案から、出発前にささやかな宴を開くことになった。
豪華な祝宴というほどではない。
アルフェリア最後の夜を、皆で少しだけ賑やかに過ごそうという程度のものだった。
料理を担当したのはクラリスとミリア。
そしてアイリーナの侍女、アグネスである。
「私もお手伝いいたします」
アグネスが申し出ると、クラリスが笑顔で頷いた。
「それならお願いするわ」
「はい」
三人はそれぞれ得意な料理を作ることになった。
クラリスは買ってきた肉を使った料理を担当する。
豪快に焼き上げた肉に、香草を使ったソースを合わせる。
旅の途中でも作れる料理ではあるものの、今回はアルフェリアで手に入れた上質な肉を使っているため、いつもより少し豪華だった。
ミリアは魚と野菜を使った料理。
こちらも香辛料を控えめにしながら素材の味を活かしたものに仕上げていく。
そしてアグネス。
王女付きの侍女というだけあり、料理にも慣れていた。
手際よく食材を切り分け、クラリス達とはまた違った料理を作っていく。
「アグネスさん、料理上手ですね」
スピカが感心したように言う。
「ありがとうございます。王城では専門の料理人がおりますので、殿下のお食事を私が作ることはほとんどありませんが」
「それでも、随分慣れているように見えるわ」
ミリアが言う。
アグネスは少し照れたように笑った。
「侍女として最低限のことはできませんと」
やがてテーブルの上には次々と料理が並んでいった。
焼き上げた肉。
魚料理。
新鮮な野菜。
温かなスープ。
焼きたてのパン。
アルフェリアで購入した果物。
明日から野営が続くとは思えないほど、賑やかな食卓になっていく。
「すごいですね」
アイリーナも並んでいく料理を見ていた。
「こんなにしていただかなくても大丈夫でしたのに」
「明日からまた旅ですから」
クラリスが答える。
「今夜くらいは、皆でゆっくり食事をしましょう」
「ありがとうございます」
アイリーナも嬉しそうに微笑んだ。
そんな中――。
「…………」
「…………」
キッチンの隅で、何やらこそこそとしている二つの影があった。
一人はエリス。
そして、もう一人はマリン。
二人はクラリス達に背を向けるようにして、小さな紙を覗き込んでいた。
「……これで合ってるよね?」
エリスが小声で尋ねる。
「たぶん」
マリンも小声で答える。
「たぶんって……」
「私だって作ったことないんだから仕方ないでしょ」
二人が見ている紙。
そこには、材料の分量と作り方らしきものが細かく書かれていた。
スイーツのレシピだった。
それをどこから手に入れたのか。
クラリス達は知らない。
ただ――
エリスとマリンには、どうしても諦められないものがあった。
スイーツである。
アルフェリアなら、今度こそ食べられる。
そう思っていた。
ところが、長蛇の列に並べば、自分達の直前で売り切れる。
マカロンだと思って入った店は化粧品店。
ケーキやパフェだと思ったものは石鹸。
最後に甘い香りを頼りに辿り着いた店はパン屋。
散々だった。
結局、交易都市アルフェリアでも、二人は念願のスイーツを食べることができなかった。
しかし――
二人は考えた。
店で食べようとするから、いつも失敗するのではないか。
ならば、
「お店で食べられないなら……」
エリスが呟く。
マリンが力強く頷く。
「自分達で作ればいいのよ」
二人の目は真剣だった。
買えない。
見つからない。
なぜか毎回食べ損ねる。
それなら、もう自分達で作るしかない。
幸い、アルフェリアで材料は手に入った。
そして二人の手には、どこからか仕入れてきたレシピもある。
条件は揃っている。
「今度こそ絶対に食べるよ」
「もちろんよ」
「失敗しないよね?」
「レシピ通りに作れば大丈夫よ」
「だよね」
二人は頷き合った。
その様子を少し離れた場所から――。
クラリスが見ていた。
「……ミリア」
「何?」
料理をしていたミリアが振り返る。
クラリスはキッチンの隅を指差した。
ミリアもそちらを見る。
こそこそとレシピを確認しているエリスとマリン。
二人とも妙に真剣な顔をしている。
「……何してるのかしら、あの二人」
「さあ……」
ミリアも首を傾げる。
しかし、二人が持っている紙。
用意している材料。
そして何より、アルフェリアでスイーツを食べられなかった二人の姿を思い出す。
クラリスとミリアは顔を見合わせた。
「まさか……」
「……作るつもり?」
二人の母親が見守る先で――
エリスとマリンによる、初めてのスイーツ作りが始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、アルフェリアを出発する前に、王都グランヴェイルまでの道のりと今後の予定を確認しました。
途中の街には立ち寄らず、野営をしながら最短のルートを進むことになったエリス達。
王都までは、あと三日ほど。
長かった旅も、いよいよ目的地が見えるところまでやってきました。
そしてアルフェリア最後の夜は、明日からの旅を前に、皆でささやかな宴を開くことに。
クラリス、ミリア、そして侍女のアグネスが料理を作る一方、その片隅ではエリスとマリンが何やら怪しい動きを始めます。
お店で食べようとするたび、なぜかスイーツにありつけない二人。
それならば――自分達で作ればいい。
ついにそんな結論へ辿り着いた二人は、どこからか手に入れたレシピを手に、初めてのスイーツ作りへ挑戦することになりました。
果たして、エリスとマリンのスイーツ作りはいかに――
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、9月23日18時を予定してます




