秘められた真実、そして
マリンは何度もクラリスの顔を振り返りながら、立ち上がった。
「……ごめんなさい、私」
少しだけ申し訳なさそうに言う。
「母さんに、すぐ帰るって言ってたのに……」
気づけば、かなりの時間が経っていた。
今日一日で起きた出来事の方が、あまりにも大きすぎた。
クラリスがマリンに
「今日はエリスのことありがとう
怖かったかもしれないけど
今まで通りまた遊びに来てね」
と、改めてクラリスに言われると
今日の出来事が脳裏を過った。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、マリンにとってエリスはかけがえのない友達だった
なので、マリンには迷いはなかった。
「また来るね」
そう言い残し、家を後にする。
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
——静けさが戻った。
暫く、誰も言葉を発するものはいなかった。
すると
ルシアンが、ゆっくりと口を開く。
「……さて」
その声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「クラリス」
真っ直ぐに視線を向ける。
「隠していることがあるな」
逃げ場のない言葉だった。
カイルも黙って腕を組み、様子を見ている。
クラリスは、わずかに目を伏せた。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「あなたには誤魔化せないわね」
長い時間を共に過ごした仲間。
その目は、嘘を見逃さない。
「……お願いがあるの」
クラリスはゆっくりと顔を上げた。
その表情には、覚悟が宿っていた。
「これから話すことは——
エリスには、絶対に言わないで」
空気が、張り詰める。
ルシアンはわずかに目を細めた。
「……内容によるな
危険なら、黙ってはいられない」
クラリスは首を振る。
「違う
あの子を守るためなの」
その言葉に、カイルが静かに頷いた。
「……分かった
聞くだけは聞こう」
ルシアンも、短く息を吐いた。
「いいだろう
話せ」
クラリスは一瞬、目を閉じる。
そして——
「あの子は——」
そのときだった。
「……クラリス?」
扉の向こうから、静かな声が響いた。
三人の動きが止まる。
ゆっくりと扉が開く。
そこに立っていたのは——
一人の女性。
落ち着いた雰囲気。
柔らかながらも、芯の強さを感じさせる瞳。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「ルシアンに、カイル」
その名を、迷いなく呼んだ。
そして——
視線が、ゆっくりとクラリスへ向けられる。
「久しぶりね」
神官姿のミリアだった。
ミリアは静かに家の中へ入り、
空いている椅子に腰を下ろした。
その動作には無駄がなく、落ち着いていた。
だがその瞳は、わずかに鋭さを帯びている。
「マリンから、少しだけ聞いたわ」
そう言って、ルシアンとカイルを見る。
「でも、詳しいことはまだ
……説明してくれる?」
二人は顔を見合わせ、そして頷いた。
森で起きたこと。
ゴブリンの襲撃。
エリスの力。
消失と、そして——復元。
すべてを語り終えたとき。
部屋には、深い沈黙が落ちていた。
ミリアは目を閉じる。
まるで、その光景を頭の中で再現するように。
「……そう」
小さく呟いた。
そして、ゆっくりと目を開く。
その視線は、まっすぐクラリスへ向けられた。
追うように、2人もクラリスの方を向いた。
すると、ルシアンが
「クラリス」
その声に、空気が張り詰める。
「さっきの話の続きを、聞かせてもらえるか?
あの子の正体だ」
クラリスは、一瞬だけ迷った。
だが——
口を開く。
「あの子は……」
「——私から話すわ」
静かに、しかしはっきりとした声だった。
ミリアだった。
クラリスの言葉が止まる。
ミリアはゆっくりと首を振った。
「その話は、あなたからじゃない
……私は、その場にいたもの」
その一言で、すべてが変わった。
ルシアンの表情が引き締まる。
カイルもわずかに目を細めた。
クラリスは静かに頷く。
「……お願いするわ」
ミリアはエリスの眠る方へ一瞬視線を向けた。
そして、ゆっくりと前を向く。
「あの日は……」
ミリアは静かに語り始めた。
「いつもと変わらない朝だった」
教会には、いつも通り人が集まり、
祈りの時間が始まろうとしていた。
静かで、穏やかな空気。
何の変哲もない一日になるはずだった。
——その時だった。
「突然、光が溢れたの」
教会の中央。
祭壇の上から、まばゆい光が放たれた。
最初は、小さな輝きだった。
だが次の瞬間には——
視界すべてを埋め尽くすほどの光へと膨れ上がった。
「何も見えなかった
目を開けていられないほどの光」
人々は思わず目を覆い、
その場に膝をついた。
誰もが理解していた。
——これは、ただの現象ではない。
神の領域に触れた何かだと。
「音はなかった
ただ、光だけがあった」
時間の感覚すら曖昧になる中で——
やがて、その光がゆっくりと弱まり始めた。
「……そして」
ミリアの声が、わずかに低くなる。
「光が消えた時」
そこに——
「あの子がいたの」
祭壇の上に。
小さな赤子が、静かに横たわっていた。
泣きもせず。
怯えもせず。
ただ、穏やかな表情で。
まるで——
最初からそこに存在していたかのように。
しかし、暫くすると産声をあげた。
その声に反応するものはいなかった。
「誰も、動けなかった」
奇跡だったのか。
異常だったのか。
判断すらできない。
「でも」
ミリアはゆっくりと続ける。
「あの場にいた神官たちは、すぐに理解した」
——これは、外に出してはいけない。
「教会の上層部に知られれば……
あの子は、ただでは済まない」
調査対象。
あるいは——
利用される存在。
「だから、私たちは決めたの
このことは、この町の神官だけの秘密にするって」
箝口令が敷かれた。
誰にも語らない。
記録にも残さない。
ただ一人の命を守るために。
「そして——」
ミリアの視線が、クラリスへ向けられる。
「エノクが、あの子を抱き上げた」
迷いはなかった。
神官としてではなく——
一人の人間として。
「自分が育てると、そう言ったの」
その決断が、すべてを変えた。
ミリアは小さく息を吐く。
「それが……あの子の始まり」
静寂が、部屋を満たした。
それはもはや、ただの出生の話ではない。
——神話の一端だった。
部屋の空気が、凍りつく。
誰も言葉を発せなかった。
ただ一つの真実が、そこにあった。
——エリスは、この世界の“外側”から来た存在である。
と4人は結論付けた
クラリスとミリアの言葉を聞き終えたあと。
ルシアンとカイルは、しばらく沈黙していた。
完全に納得したわけではない。
だが——
その覚悟だけは、理解できた。
「……分かった」
ルシアンが静かに言う。
「お前たちがそこまで言うなら、これ以上は追及しない」
だが、その目は鋭いままだった。
「ただし」
一歩だけ、言葉に力が込められる。
「あの力は危険だ」
部屋の空気が引き締まる。
「制御できない力は、いずれ破綻する
本人だけでなく、周囲も巻き込む」
冷静な分析だった。
カイルも低く頷く。
「あれは戦いで使う力じゃない
下手すりゃ、全部消える」
クラリスは黙って聞いていた。
その言葉の重みは、理解している。
「……分かってるわ」
静かに答えた。
「だからこそ、私たちが守るの」
ミリアも頷く。
「あの子はまだ、自分の力を知らない
知るべき時が来るまでは……私たちが支える」
その言葉を区切りに。
空気が、わずかに変わった。
次に口を開いたのは——クラリスだった。
「……それで?」
視線を二人に向ける。
「今度はあなたたちの番よ」
ミリアも続く。
「どうしてこんな辺境まで来たの?」
その問いは鋭かった。
偶然で済ませられる再会ではない。
ルシアンとカイルは、わずかに視線を交わす。
そして——
ほんの少しだけ、表情が曇った。
「……言いにくい話だ」
ルシアンが低く言う。
「だが、隠す意味もないか」
一呼吸置いて、続けた。
「俺たちは調査で来た
魔族の動きのな」
その一言で。
空気が、完全に変わった。
クラリスの表情が固まる。
ミリアも、わずかに目を細めた。
「……魔族?」
静かな問い。
ルシアンは頷く。
「最近、妙なんだ
動きが活発になっている
しかも、ただの小競り合いじゃない」
カイルが続ける。
「偵察だけじゃない
準備してる
戦争のな」
その言葉は、重く沈んだ。
平穏だったはずの町の外で。
確実に何かが動いている。
そして——
それは、この場所とも無関係ではない。
「……さらに言うとだ」
ルシアンは、少しだけ声を落とした。
部屋の空気が、さらに重くなる。
「今から約十五年前
魔族の中で、大きな反乱が起きた」
クラリスとミリアの表情が固まる。
「その時——」
一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置いた。
「女王が殺されたらしい」
静寂が落ちる。
それはただの政治的事件ではない。
世界の均衡を揺るがす出来事だった。
カイルが腕を組みながら続ける。
「その後は、内輪揉めだ
反乱軍と、女王派の連中でずっと争ってた」
長い時間。
水面下で続いていた争い。
「だが最近になって……」
ルシアンの声が、わずかに低くなる。
「ほぼ決着がついた
反乱軍が制圧したらしい」
ミリアが静かに息を呑む。
「……それって」
クラリスが言葉を続けた。
「内部がまとまったってこと?」
ルシアンは頷く。
「ああ
だから次は外だ」
その一言が、すべてを物語っていた。
「打って出る準備をしている」
カイルが低く付け加える。
「その気配が、あちこちで出てる
この辺りも例外じゃない」
クラリスの手が、わずかに震える。
そして——
「この町の北東」
ルシアンが静かに言った。
「ノクスヴェール山脈」
その名が出た瞬間、
空気がわずかに重くなる。
「あの山脈の向こう側だ
魔族の本拠地があると見ている」
カイルが低く続ける。
「昔から“越えちゃいけない場所”って言われてるだろ
あれ、ただの言い伝えじゃない」
クラリスの表情が曇る。
子どもの頃から聞かされてきた話。
だが、それが現実として迫ってきている。
「……あの山の向こうが」
ミリアが静かに呟く。
「魔界に繋がっているのね」
すぐそこだった。
平穏だった町の、すぐ外側に——
戦火の火種がある。
ミリアは静かに目を閉じる。
「……始まるのね」
それは予感ではない。
確信だった。
クラリスは何も言わなかった。
ただ——
眠るエリスを見つめていた。
その小さな存在が、
このすべてと無関係ではないことを、
誰よりも理解していたから。
最後まで読んで頂きありがとうございます
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