今度こそスイーツを ― アルフェリアの甘い誘惑 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
アルフェリアで初めての夜を迎えたアイリーナ達。
王都まで身分を隠して移動するため、エリス達は冒険者に見える服を用意することになりました。
翌朝、買い物へ向かうエリスとマリン。
頼まれた服を無事に買い終えた二人には、アルフェリアでもう一つ、どうしても果たしたい目的がありました。
今度こそ、念願のスイーツを――
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
その日の夜
アイリーナ達は、クラリス達の馬車で初めての夜を迎えることになった。
正確には馬車そのものではなく、メルキオラが作り出した異空間の中である。
これまでアイリーナ達も、王都からアルフェリアへ向かう途中で何度も野営をしてきた。
王女が同行しているため、普通の旅人よりは環境を整えていたとはいえ、野営であることに変わりはない。
それに比べれば、ここは遥かに快適だった。
柔らかなベッドがあり、室内は明るく、温度も一定に保たれている。
食事をする場所もあれば、身体を洗うこともできる。
馬車で旅をしているというより、まるで宿に泊まっているようだった。
「本当に不思議な場所ですね……」
アイリーナが改めて室内を見渡す。
「外から見たら、普通の馬車なのですよね?」
「はい」
侍女も未だに信じられない様子だった。
「普通の宿より快適かもしれません」
「そうですね」
アイリーナが小さく笑う。
ただし、一つだけ不満がないわけではなかった。
それは、自由に外を見ることができないことだった。
窓を開けて外を眺めることもできない。
今、自分達がいるアルフェリアがどんな街なのか。
どんな建物が並び、どんな人々が暮らしているのか。
アイリーナには、それを見ることすらできなかった。
安全のためだということは十分理解している。
現在、第二王女アイリーナ・サントスは消息不明ということになっている。
そんな王女を普通の宿へ泊めるのは、警備上あまりにも危険だった。
宿の従業員や他の宿泊客に顔を見られる可能性もある。
王女だと気づかれなくても、近衛兵や侍女を大勢連れていれば、それだけで目立ってしまう。
そのため、アイリーナ達には引き続き異空間で過ごしてもらうことになった。
そして夕食を終えた後、今後について皆で話し合うことになった。
「王都までずっとこのままというのも大変ですよね」
クラリスがアイリーナへ話しかける。
「私は大丈夫です。皆さんに守っていただいているのですから」
そう答えたものの、やはり少し外が気になるのだろう。
そのことはクラリスにも伝わっていた。
「そこで、少し考えたことがあります」
「何でしょう?」
「アイリーナ殿下とアラン達に、別の身分を用意しておいた方がいいのではないかと思うんです」
「別の身分ですか?」
「はい」
ルシアンも頷いた。
「王都までの道中で、身分を確認されることがあるかもしれません。その時に何も持っていないのも不自然です」
話し合いの結果、ユリウスに頼み、アイリーナ達が使える冒険者ギルドカードを用意してもらうことになった。
もちろん、王女や近衛兵であることが分かるものではない。
表向きは、ごく普通の冒険者として行動できるようにするためのものだった。
そうなると、今度は服装が問題になる。
アイリーナ達が今持っている服では、どうしても身分が高い者だと分かってしまう。
近衛兵達も同様だった。
「だったら、明日買いに行けばいいんじゃない?」
エリスが言った。マリンもすぐに頷く。
「そうね。アルフェリアならお店もたくさんありそうだし」
そこで役割を分担することになった。
アランと二人の近衛兵。
三人分の服は、カイルとガルドが担当する。
アイリーナと侍女の服は、エリスとマリンが担当することになった。
それぞれ三セットずつ。
冒険者として街を歩いていても不自然に見えない、動きやすく目立たない服を選ぶ。
残りの者達は、万が一に備えてアイリーナ達の護衛として異空間に残ることになった。
「任せてください。ちゃんと選んできます!」
エリスが楽しそうに言う。
「私達なら大丈夫よ」
マリンも自信満々だった。
そんな二人を見ながら――
クラリスとミリアは、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「……ミリア」
「ええ。分かってるわ」
「大丈夫だと思う?」
「頼んだ服はちゃんと買ってくると思うけど……」
ミリアはそこで言葉を止めた。
二人の視線の先では、エリスとマリンがアルフェリアの街について楽しそうに話している。
「……寄り道しないかしら」
「そこなのよね……」
クラリスが小さくため息をついた。
エリスとマリンには、これまで何度も食べようとして、そのたびに何かが起こって食べ損ねてきたものがある。
スイーツである。
しかも、ここは多くの商品が集まる交易都市アルフェリア。
二人が大人しく服だけ買って戻ってくるのか。
クラリスとミリアには、どうしても不安が残った。
もっとも――
まさかその心配が本当に現実になるとは、この時はまだ思っていなかった。
その後、カイル、ガルド、エリス、マリンの四人は異空間から出た。
馬車を馬車屋へ預けると、四人は近くの宿へ向かった。
取った部屋は二部屋。
カイルとガルドが一部屋。
エリスとマリンが一部屋である。
その日は四人だけが宿で夜を過ごし、クラリス達はアイリーナ達とともに異空間で休むことになった。
そして翌朝
四人は宿で朝食を済ませると、服を買うため街へ出た。
「それじゃあ、俺達はアラン達の服を見てくる」
カイルが言う。
「買い終わったら馬車に戻るぞ」
ガルドがエリス達へ念を押す。
「分かってます」
「ちゃんと戻るわよ」
エリスとマリンが答える。
四人はそこで二手に分かれた。
カイルとガルドが向かったのは、冒険者向けの衣服を扱う店だった。
二人とも冒険者として長く活動してきただけあって、服選びに迷うことはほとんどない。
丈夫で動きやすく、旅にも向いている。
それでいて、街中を歩いていても目立たないもの。
アランと二人の近衛兵、それぞれの体格を考えながら服を選んでいく。
「これなら剣を持っていても違和感はないな」
「ああ。普通の護衛か前衛の冒険者に見えるだろう」
一人三セット。合計九着。
二人は必要な服を手早く選び、購入した。
「終わったな」
「ああ。戻るか」
カイルとガルドは寄り道することもなく、そのまま馬車屋へ向かっていった。
一方――
エリスとマリンも女性向けの衣服を扱う店に入っていた。
こちらが選ぶのは、アイリーナと侍女の二人分。
「これなら冒険者っぽく見えない?」
「いいと思う。でもアイリーナ様には、こっちも似合いそう」
二人は服を手に取りながら真剣に選んでいく。
目的はあくまで変装。
高級そうに見えるものや、華美な装飾の付いたものは避ける。
動きやすく、旅人や女性冒険者が着ていても不自然ではないものを選んだ。
「これで三着ね」
「こっちも三着揃ったわ」
アイリーナ用に三着。侍女用にも三着。合計六着。
無事に頼まれていた買い物を終えた。
二人は荷物を受け取ると店を出る。
本来なら、そのまま馬車屋へ戻るはずだった。
しかし――
「マリン」
「何?」
「まだ時間あるよね?」
その言葉を聞いた瞬間、マリンの表情が変わった。
「……あるわね」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
二人には、もう一つ目的があった。
スイーツ探しである。
お金なら問題ない。
これまで受け取ってきた依頼の報酬や各地での報奨金もあり、少しくらい贅沢したところで困ることはなかった。
問題はそこではない。
二人には――妙にスイーツ運がなかった。
食べようとすると何かが起こる。
店を探している途中で事件に巻き込まれる。
ようやく食べられると思ったら、別の用事が入る。
「今日こそは絶対食べるからね」
エリスの目は真剣だった。
「もちろんよ。ここまで来て何も食べずに帰るなんてあり得ないわ」
マリンも負けていない。
二人は馬車屋とは反対方向へ歩き始めた。
ここは交易都市アルフェリア。
各地から商人と商品が集まってくるだけあって、店の数もこれまで訪れた街とは比べものにならない。
「どこかにあるはず……」
「絶対あるわよ。これだけお店があるんだから」
二人は通りを歩きながら、看板を一つずつ確認していく。
そして――
「あっ!」
エリスが立ち止まった。
「マリン、あそこ!」
指差した先には、どう見ても菓子を扱っている店があった。
「見つけた!」
二人は嬉しそうに近づいていく。
しかも、一軒だけではない。
その先にも菓子を扱う店がある。
さらに反対側にも。
少し歩けば、また別の店。
「……多くない?」
エリスが呟いた。
「多いわね……」
アルフェリアは交易都市。
王国各地はもちろん、遠く離れた土地からも様々な品物や食文化が集まってくる。
当然、菓子も例外ではなかった。
問題は――
「これ、何?」
エリスが店先に書かれた菓子の名前を見る。
「……分からないわ」
マリンも首を傾げた。
隣の店を見る。
そこにも聞いたことのない名前が並んでいる。
さらに別の店。
やはり分からない。
「名前を見ても、どんなスイーツなのか全然分からない……」
「お店も多すぎるわよ。どこに入ればいいの?」
ようやくスイーツを見つけた。
それなのに、今度は選択肢が多すぎて決められない。
二人は通りの真ん中で本気で悩み始めた。
「どうする?」
「うーん……」
エリスが右を見る。
マリンが左を見る。
どの店も気になる。
しかし、全部を回るわけにもいかない。
二人は悩みに悩んだ末――
エリスが一軒の店を指差した。
「ねえ、あそこにしない?」
「どうして?」
「一番並んでるから」
マリンがその店を見る。
確かに、周辺の菓子店の中で最も長い行列ができていた。
「……なるほど」
「これだけ並んでるってことは、おいしいってことじゃない?」
「それよ!」
二人の意見はあっさり一致した。
何を売っている店なのかは、まだよく分からない。
それでも、これだけ多くの人が並んでいるなら間違いないだろう。
そう信じたエリスとマリンは、迷うことなく行列の最後尾へ向かった。
「今日こそは……」
「絶対に食べるわよ」
二人は決意を新たにしながら、長い行列の最後尾へ並んだ。
それからしばらくして――
「まだかな……」
「もう少しよ」
列は少しずつ前へ進んでいる。
途中、買い物を終えた客が二人の横を通り過ぎていく。
その手には、小さな箱。
そこから漂ってくる甘い香りに、エリスが思わず振り返った。
「マリン……」
「分かってるわ。絶対おいしいやつよ」
「だよね」
ここまで来たら、期待するなという方が無理だった。
二人は逃げていく甘い香りを惜しみながら、ひたすら自分達の順番を待つ。
そして――
ついに二人の前には、一組の客しかいなくなった。
「次だよ!」
エリスの顔が明るくなる。
「やっとね……」
長かった。
本当に長かった。
何度も食べようとして、そのたびに何かが起こって食べられなかったスイーツ。
今度こそ。
今度こそ、自分達の手に届く。
二人の前にいた客が注文する。
店員が最後に残っていた菓子を箱へ入れた。
代金を受け取り、笑顔で商品を渡す。
「ありがとうございました!」
その客が店を離れた。
いよいよ二人の番である。
エリスとマリンが、揃って一歩前へ出た。
「二つください!」
エリスが元気よく注文する。
ところが――
店員は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すみません」
「……え?」
「本日の分は、先ほどのお客様で売り切れです」
「…………」
「…………」
二人の動きが止まった。
エリスがゆっくりと、先ほど店を離れた客を見る。
その手には、最後のスイーツが入った箱。
「……今のが最後?」
「はい。本当に申し訳ありません」
エリスとマリンは、その場で固まった。
あと一人。
たった一人だった。
長い行列に並び、ようやく自分達の番が来た。
それなのに――目の前で売り切れた。
「そんな……」
エリスが呆然と呟く。
マリンも信じられないという顔で店を見つめている。
「また……食べられなかった……」
「どうして……」
二人は顔を見合わせた。
「どうして私達って、こんなにスイーツに縁がないの!?」
マリンの悲痛な声が、アルフェリアの通りに響いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、アイリーナ達が王都まで身分を隠して旅を続けるための準備が始まりました。
冒険者として行動できるよう服を用意することになり、エリスとマリンも無事に頼まれた買い物を終えます。
そして二人が向かったのは、もちろんスイーツ探し。
交易都市アルフェリアなら、今度こそ念願のスイーツにありつける――はずでした。
数ある店の中から長蛇の列ができている人気店を選び、長い時間を待ち続け、ようやく次が二人の番。
ところが、最後の一つは目の前のお客さんの手へ……
またしてもスイーツを食べることができなかったエリスとマリン。
しかし、これだけ多くの店が並ぶアルフェリアで、二人がこれくらいで諦めるはずもありません。
次回も引き続き、エリスとマリンのスイーツ探し。
果たして二人は、今度こそ本物のスイーツに辿り着くことができるのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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