王女の生存、そして新たな連携 ― 秘密を守る者達 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
クラリス達に案内され、ついにアイリーナのもとへ辿り着いたユリウス。
自らの目で王女の無事を確かめた彼は、アイリーナが消息不明のままでいる理由と、今回の襲撃を巡る今後の方針を知ることになります。
そしてクラリスは、王都へ向かう前に新たな連絡手段を整えようとしていました。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
アランに案内され、ユリウスは奥へと進んでいた。
歩きながらも、何度となく周囲へ視線を向けてしまう。
先ほど自分が入ったのは、間違いなく一台の幌馬車だった。
外から見れば、少し大きめではあるものの、ごく普通の馬車にしか見えない。
それなのに、扉を一つくぐった先には、馬車の大きさでは到底説明できない空間が広がっていた。
広い廊下。
いくつもの扉。
天井には明かりまで灯っている。
どう考えても、あの馬車の中に収まる広さではない。
聞きたいことはいくらでもあった。
ここは一体どこなのか。
あの扉は何なのか。
どのような魔法を使えば、こんなことができるのか。
しかし、ユリウスは小さく息を吐いた。
今はそれどころではない。
自分がここへ来た理由は、この不思議な場所について調べるためではなかった。
第二王女アイリーナ・サントス。
まずは、その無事を自分の目で確かめる。
それが何よりも優先すべきことだった。
やがてアランが一つの部屋の前で足を止めた。
「こちらです」
アランに促され、ユリウスは部屋の中へ入った。
そこは広々としたリビングだった。
中央には大きなテーブルがあり、その周囲を囲むようにソファが置かれている。
そして――
その一つに腰掛けている少女を見た瞬間、ユリウスの足が止まった。
「……アイリーナ殿下」
間違いない。
第二王女アイリーナ・サントス。
大きな怪我を負っている様子はなく、顔色も悪くない。
「マルケッティ卿」
アイリーナが静かに微笑む。
「ご心配をお掛けいたしました」
「殿下……!」
ユリウスはすぐにアイリーナの前へ進み、深く頭を下げた。
「本当に……ご無事だったのですね」
「はい。この通りです」
その言葉を聞いて、ユリウスはようやく安堵の息を漏らした。
手紙を読んだ時にも、無事だということは分かっていた。
アランからもそう聞かされている。
それでも心のどこかに不安が残っていた。
襲撃を受けた直後なのだ。
重傷を負っていても、周囲を心配させまいと無事だと伝えている可能性も考えていた。
だからこそ、直接会いたいと申し出たのだ。
そして今、ようやく自分の目で確かめることができた。
「……良かった。本当に、良かった……」
「マルケッティ卿、どうぞお掛けください」
「失礼いたします」
ユリウスは勧められるまま、アイリーナの向かい側のソファへ腰掛けた。
アランはアイリーナのそばに立ち、クラリス達も少し離れたところにいる。
「殿下、お怪我はございませんか?」
「はい。私は大丈夫です」
「そうですか……」
その返事を聞き、ユリウスの表情からようやく緊張が消えていった。
すると、アイリーナが表情を改める。
「マルケッティ卿。今日は私の無事を確認していただくだけではなく、今後についてもご相談したいことがあります」
「今後について、ですか?」
「はい。ただ、その前にもう一人、この話に加わっていただきたい方がいます」
アイリーナがクラリスへ視線を向けた。
クラリスは頷くと、小さな魔道具を取り出して操作する。
しばらくすると――
『クラリス?』
突然、女性の声が聞こえてきた。
ユリウスの目が大きく見開かれる。
『どうしたの? 何かあった?』
「セレフィー。今、ユリウス・マルケッティ卿がこちらに来ているの」
『ユリウスが?』
「ええ。アイリーナ殿下のご無事を直接確認したいということで、こちらへ来ていただいたの」
ユリウスはクラリスが手にしている小さな魔道具を凝視した。
聞き覚えのある声だった。
「……セレフィーナ様?」
『ええ。久しぶりね、ユリウス』
「セレフィーナ様!? 今、どちらにいらっしゃるのですか?」
『セントポルよ』
「セントポル……?」
ユリウスは絶句した。ここはアルフェリアだ。
それなのに、まるで同じ部屋にいるかのように会話している。
「……今日は驚かされてばかりだ」
クラリスが小さく笑った。
「通信機については後ほどご説明します。今は殿下のことを先に」
「あ、ああ。そうだな」
ユリウスは気持ちを切り替えた。
『ユリウス。まず、アイルが無事だということは、今まで通り秘密にしておいてほしいの』
セレフィーナの声が真剣なものへ変わる。
「その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
『もちろんよ』
セレフィーナはこれまでの経緯を説明した。
アイリーナの馬車が何者かに襲撃されたこと。
護衛していた騎士達が命を落としたこと。
偶然その場に居合わせたクラリス達が、アイリーナや生き残った侍女、近衛兵達を救出したこと。
そして、救出したことを悟られないよう、乗っていた馬車を爆発させたこと。
『だから襲撃者達は、アイルが馬車の爆発に巻き込まれたと思っているはずよ』
「なるほど……」
『遺体が確認されたわけではないから、今も表向きは消息不明ということになっているわ』
ユリウスは少し考える。
「つまり、殿下がご無事であることを公表すれば、襲撃を仕掛けた者達に計画が失敗したと知らせることになる……」
『ええ。相手が誰なのかも分かっていない今は、アイルが生きていると知らせる必要はないわ』
「確かに、その通りです」
ユリウスは深く頷いた。
「承知いたしました。殿下がご無事であることも、こちらにおられることも決して口外いたしません」
「ありがとうございます、マルケッティ卿」
すると、クラリスが口を開いた。
「マルケッティ卿。それでもう一つ、お願いがあります」
「何でしょう?」
「襲撃者達のことです」
「襲撃者?」
「はい。あの場にいた襲撃者のうち、生き残った者達は全員捕らえています。逃げた者はいません」
ユリウスの表情が変わった。
「生き残った者を全員……」
「はい」
「では、その者達から今回の襲撃について聞き出せる可能性があると?」
「そのためにも、彼らをマルケッティ卿にお預けしたいのです」
クラリスは続ける。
「私達はこのまま殿下をお守りしながら王都へ向かわなければなりません。捕らえた者達を連れていくより、ここでマルケッティ卿にお任せした方がいいと考えています」
「分かりました。その者達はこちらで預かりましょう」
ユリウスの表情が険しくなる。
「誰の指示を受けたのか、何が目的だったのか。可能な限り情報を聞き出します」
「ありがとうございます。ただ、一つだけ気をつけていただきたいことがあります」
「何でしょう?」
「捕らえた者達は、殿下が助かったことを知りません。彼らは殿下が馬車の爆発に巻き込まれて亡くなったと思っています」
ユリウスが僅かに目を細めた。
「ですから、尋問する際も、その前提を崩さないでいただきたいのです」
「殿下が生きていることを、彼らに悟らせないためですね」
「はい。相手が襲撃は成功したと思っているのなら、今はそう思わせておいた方がいいでしょう」
「承知しました。尋問に当たる者にも、殿下の生存は知らせません」
「お願いします」
『その方がいいわね』
セレフィーナも同意した。アイリーナがユリウスを見る。
「それから、私はこのまま王都へ向かうつもりです。ただし、私が無事であることは公表せず、消息不明のままです」
「では、アルフェリアから護衛を――」
アイリーナは静かに首を横に振った。
「お気持ちはありがたいのですが、それも今は避けたいと思っています」
「殿下が生きていることを知る者を増やさないためですか」
「はい。それに、私にはアラン達やクラリスさん達がいます」
ユリウスはクラリスへ視線を向けた。
白銀の剣姫。
それだけでも、並の護衛を付ける以上の安心感がある。
「分かりました。余計な動きをして、かえって殿下の存在を知られる方が危険ですね」
「ありがとうございます」
そこでセレフィーナが続ける。
『それと、陛下にはアイルが無事だということは、すでに極秘でお伝えしてあるわ』
「陛下にも?」
『ええ。普通の連絡経路は使っていないから、その点は心配しなくていいわ』
アイリーナも頷く。
「ですから、お父様は私が無事であることをご存じです」
「承知いたしました。では、アルフェリアから殿下発見の報告を上げることもいたしません」
「お願いいたします」
これで今後の方針はまとまった。
そこでクラリスがメルキオラへ視線を向ける。
「メルキオラ」
「はい、クラリス様」
「この前頼んでいた通信機二台、渡してもらえる?」
「はい」
メルキオラはすぐに二台の通信機を取り出し、クラリスへ手渡した。
「ありがとう」
クラリスはその一台をユリウスへ差し出す。
「マルケッティ卿。こちらは卿にお持ちいただきたいのです」
「私が?」
「はい。襲撃者達から何か分かりましたら、これを使って私達へ連絡してください」
ユリウスは通信機を受け取った。
「これがあれば、皆さんがアルフェリアを離れた後でも連絡できるということか」
「はい」
「それは助かる」
クラリスは続いて、もう一台の通信機を見せた。
「それと、こちらは国王陛下にお渡ししたいと思っています」
「陛下に?」
「はい。これから殿下を王都までお連れする間に何が起こるか分かりません。陛下と直接連絡を取れる手段を確保しておいた方がいいと考えています」
「確かに……」
「ただ、これを普通の使者に預けるわけにはいきません」
すると、通信機の向こうからセレフィーナの声がした。
『それなら、私が使った秘匿便を使えばいいわ』
「秘匿便?」
クラリスが尋ねる。
『ええ。さっき、陛下にはアイルの無事を極秘で伝えたと言ったでしょう? その時に使ったの』
「そういうことだったのね」
『普通の伝令や書簡では、どこから情報が漏れるか分からないもの。だから、アイルの無事を伝える時にも使ったのよ』
ユリウスも頷く。
「それでしたら、確かに適しているでしょう」
『私から、もう一度使えるように手配するわ』
「ありがとうございます、セレフィーナ様」
クラリスは二台目の通信機をユリウスへ差し出した。
「では、マルケッティ卿。こちらもお預けしてよろしいでしょうか?」
「ああ。セレフィーナ様に手配していただいた秘匿便を使って、陛下のお手元へ届けよう」
「お願いします。それと、通信機についても――」
「他言無用、ですね」
「はい」
「運ぶ者にも必要以上のことは知らせないようにしよう」
「ありがとうございます」
ユリウスは二台の通信機を大切そうにしまった。
これで、襲撃者達から得られた情報をクラリス達へ伝える手段と、国王と直接連絡を取るための手段が確保された。
一通りの話を終えると、ユリウスは立ち上がった。
そして、アイリーナへ向き直る。
「殿下。本日は、ご無事なお姿をこの目で確認でき、本当に安心いたしました」
「私もマルケッティ卿にお会いできて良かったです」
「襲撃者達については、私にお任せください。何か分かりましたら、すぐにお知らせいたします」
「よろしくお願いいたします」
「王都までの道中、どうかお気をつけください」
「ありがとうございます」
ユリウスは深く頭を下げた。
「では、私はこれで失礼いたします」
クラリスも立ち上がる。
「それでは、城までお送りします」
アランとリディアも立ち上がった。
ここへ来る時と同じく、帰りも三人がユリウスの護衛を務める。
そこでクラリスはメルキオラへ視線を向けた。
「メルキオラも一緒にお願い」
「はい、クラリス様」
ユリウスがメルキオラを見る。
「彼女も同行するのですか?」
「ええ。捕らえた襲撃者達をお引き渡しするのに、メルキオラにも来てもらう必要があります」
「分かりました」
「詳しいことは、城へ向かいながらご説明します」
「お願いします」
クラリス、アラン、リディア、メルキオラの四人は、ユリウスとともに出口へ向かった。
そして扉をくぐり、元の馬車へと戻る。
ユリウスは思わず振り返った。やはり、どう考えても理解できない。
一台の幌馬車に入ったはずなのに、その扉の向こうには、到底馬車の中とは思えないほど広大な空間が存在していた。
しかし、その疑問については、これからクラリスが説明してくれるという。
今はまず、領主城へ戻ることが先だった。
ユリウスが馬車の外へ出る。
その後に、クラリス、アラン、リディア、そしてメルキオラが続いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ユリウスがアイリーナと対面し、その無事を自らの目で確認しました。
襲撃を仕掛けた者達には、今もアイリーナが馬車の爆発で命を落としたと思わせたまま。
その状況を利用し、アイリーナは消息不明の状態を保ちながら王都を目指すことになります。
さらに、捕らえた襲撃者達の尋問をユリウスへ託すことになり、クラリスが事前に用意していた通信機によって、王都へ向かう一行とアルフェリア、そして国王を繋ぐ連絡手段も整いました。
次回、ユリウスを送り届けるため、領主城へ向かうクラリス達。
そこで待っているのは、捕らえた襲撃者達の引き渡しです。
果たして彼らから、今回の襲撃に繋がる手掛かりを得ることはできるのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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