託された王女 ― 想いを繋ぐ声 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
第二王女アイリーナを守るため、その生存を伏せ、表向きは消息不明とすることを決めたクラリス達。
しかし、国王にまでアイリーナの無事を知らせないわけにはいきません。
そこでクラリスは、信頼できるある人物へ連絡を取ることにします。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
「セレフィーナ様に連絡してみましょう」
クラリスの言葉に、アイリーナが顔を上げた。
「姉さまに……ですか?」
「はい。セレフィーナ様なら信用できます。それに、殿下がご無事であることを陛下へお伝えするにも、力を貸していただけると思います」
一瞬、アイリーナの表情が明るくなった。
幼い頃から姉のように慕っているセレフィーナだ。
こんな状況だからこそ、その声を聞けるのであれば心強いに違いない。
しかし、すぐにアイリーナは不思議そうな表情になった。
「ですが……ここからセントポルまでは、かなり離れているのではありませんか?」
「ええ」
クラリスが頷く。アランも同じ疑問を抱いたようだった。
「団……クラリスさん。伝令を出すのですか?」
言い慣れない呼び方に僅かに詰まりながら、アランが尋ねる。
「いいえ。伝令では時間が掛かりすぎるでしょう?」
「では、どのように?」
「直接お話しするのよ」
「直接……?」
アランが眉を寄せる。
アイリーナも意味が分からないという顔をしていた。
クラリスはそんな二人の前で、小さな魔道具を取り出した。
「これを使うの」
「それは……?」
離れ
「通信機という魔道具です。た場所にいる相手と会話することができます」
「離れた場所にいる相手と……?」
アイリーナは通信機を興味深そうに見つめた。
「セントポルを出発する前に、セレフィーナ様達と連絡を取れるようにしておいたのです」
「では……」
アイリーナの表情が変わる。
「これを使えば、今すぐ姉さまと話せるのですか?」
「はい」
「そんな魔道具が……」
アランも驚きを隠せないようだった。
魔道具自体は珍しいものではない。
しかし、遠く離れたセントポルとその場で会話できるような魔道具となれば話は別だった。
クラリスは通信機を手にしたまま、アイリーナを見る。
「まずは私から事情をお伝えします。その後、殿下も直接お話しになりますか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
アイリーナは少し嬉しそうに頷いた。
「では、お願いいたします」
クラリスが通信機を操作しようとしたところで、ルシアンが声を掛けた。
「クラリス」
「何?」
「最初に向こうの周囲に誰もいないことを確認した方がいい」
「ああ……そうね」
今回の話は、アイリーナの生死そのものに関わる。
セントポル側から情報が漏れる可能性は低いとしても、誰かに聞かれていい話ではない。
クラリスは通信機を操作した。
少しして――。
『はい。こちらセントポルです』
聞き覚えのある声が返ってくる。
「セレフィーナ様。クラリスです」
『クラリス?』
セレフィーナの声が僅かに明るくなった。
『どうしたの? 何かあったのかしら?』
「はい。少し大切なお話があります。今、周りにどなたかいらっしゃいますか?」
通信機の向こうで僅かな間があった。
『……分かったわ。少し待って』
「はい」
しばらく声が途切れる。
やがて、再びセレフィーナの声が聞こえてきた。
『大丈夫よ。今は私一人よ』
「ありがとうございます」
クラリスは一度、アイリーナへ視線を向けた。
アイリーナは通信機をじっと見つめている。
「実は、アルフェリアへ向かう途中で、王家の馬車が襲撃されているところに遭遇しました」
『王家の馬車?』
先ほどまでとは明らかに違う声だった。
『誰が乗っていたの?』
「第二王女、アイリーナ殿下です」
『――アイリーナ!?』
セレフィーナの驚いた声が通信機から響いた。
『アイリーナは!? 無事なの!?』
「ご安心ください。殿下はご無事です。今もこちらにいらっしゃいます」
『……良かった……』
通信機の向こうから、大きく息を吐く音が聞こえた。
『本当に……良かった……』
それだけで、セレフィーナがどれほどアイリーナを心配しているのかが伝わってくる。
クラリスはアイリーナを見る。
「殿下。セレフィーナ様とお話しされますか?」
「はい」
アイリーナはすぐに頷いた。クラリスから通信機を受け取る。見たこともない魔道具だ。
本当にこの小さな物を通じて、遠く離れたセントポルにいるセレフィーナと会話ができている。
まだ少し信じられないような表情をしながら、アイリーナは恐る恐る口を開いた。
「……姉さま?」
ほんの一瞬。
通信機の向こうが静かになる。
そして――。
『アイル!』
アイリーナの目が大きく見開かれた。
その声、そして、その呼び方。
幼い頃から何度も聞いてきた。
自分を「アイル」と呼ぶその声を、聞き間違えるはずがなかった。
「……姉さま」
先ほどよりもはっきりした声で呼び返す。
『本当にアイルなのね!?』
「はい。私です」
『良かった……本当に無事なのね?』
「はい。私は大丈夫です」
『怪我は? どこか痛むところはない?』
矢継ぎ早に尋ねてくるセレフィーナに、アイリーナは僅かに笑みを浮かべた。
「大丈夫です。怪我もありません」
『そう……良かった……』
もう一度、心から安堵したような声が返ってくる。
それを聞いたアイリーナの肩からも、少し力が抜けた。
燃え上がる馬車。
次々と倒れていった護衛の騎士達。
見知らぬ場所への突然の転移。
そして、自分を狙った者がいるかもしれないという話。
ここまで気を張り続けていたアイリーナにとって、聞き慣れたセレフィーナの声は何より安心できるものだった。
しかし、その表情が少し曇る。
「ただ……護衛してくださった方々が……」
『……そうなのね』
「皆、最後まで私を守ってくださいました」
セレフィーナもすぐに意味を理解したのだろう。
声が静かになる。
「私がこうして生きているのも、皆のおかげです」
『アイル』
「はい」
『あなたが自分を責めては駄目よ』
「……はい」
『亡くなった方達も、きっとあなたが無事だったことを願っているはずよ』
アイリーナは通信機を握る手に少し力を込めた。
「はい……」
『今はクラリス達と一緒なのね?』
「はい。クラリス様達に助けていただきました」
『それなら安心ね』
あまりにも迷いのない即答だった。
アイリーナが僅かに目を見開く。
セレフィーナは、事情を詳しく聞く前から、クラリス達と一緒なら安心だと言い切った。
『アイル。今はクラリス達と一緒にいて。絶対に無茶をしては駄目よ』
「分かっています」
『本当に? アイルは昔から――』
「姉さま」
少し困ったようにアイリーナが止める。
『ふふっ、ごめんなさい』
「もう……」
アイリーナも小さく笑った。
その場にいた者達も、そのやり取りを静かに見守っていた。
襲撃されてから、アイリーナがこれほど自然な笑顔を見せたのは初めてだった。
「姉さま、クラリス様にお返しします」
『ええ。また後でね、アイル』
「はい」
アイリーナは通信機をクラリスへ返した。
「ありがとうございます」
「いえ」
クラリスは通信機を受け取る。
「セレフィーナ様」
『ええ、クラリス。ありがとう。アイルの声を聞けて安心したわ』
「それでは、今回の襲撃について詳しくお話しします」
クラリスは改めて事情を説明した。
自分達が王家の馬車を発見した時には、すでに襲撃を受けていたこと。
外で護衛していた騎士達は全滅していたこと。
燃え上がる馬車の中から、アイリーナ達を救出したこと。
そして、襲撃者については生きている者を全員拘束していること。
『襲撃者は捕らえてあるのね?』
「はい。後で詳しく調べるつもりです」
『分かったわ』
「それと、もう一つあります」
『何?』
「殿下達を救出した後、王家の馬車を完全に破壊しました」
『……馬車を?』
「はい」
クラリスはその理由も説明する。
遠くから監視している者がいる可能性を考えたこと。
救出したことを悟らせないため、襲撃が成功したように見せかけたこと。
さらに、アランから聞いた王都での不穏な動きについても話した。
『反王政派……』
「何かご存じですか?」
『少しだけなら、私も耳にしているわ』
クラリスの表情が険しくなる。
「やはり、そうなのですね」
『ええ。一部の貴族達が以前より活発に動いているという話は聞いている。でも、何をしようとしているのかまでは分からないわ』
「今回の襲撃との関係も?」
『分からないわ』
セレフィーナははっきり答えた。
『ただ、この状況なら無関係だと決めつけるのも危険でしょうね』
「私達も同じ考えです」
『それで、どうするつもりなの?』
クラリスは一度アイリーナを見る。
「殿下とも話し合いました」
『ええ』
「アイリーナ殿下が生きていることを、しばらく伏せようと思っています」
『……なるほど』
セレフィーナはすぐに意図を理解したようだった。
『襲撃した側に、アイルが助かったことを知られないためね』
「はい」
クラリスは頷く。
「表向きには、王家の馬車が襲撃され、その後、第二王女殿下は消息不明。それで通したいと思っています」
『死亡したことにはしないのね』
「はい。あくまで消息不明です」
『分かったわ。その方がいいでしょうね』
セレフィーナも賛同する。
「ただし――」
クラリスの声が少し真剣になる。
「陛下にまで、殿下が消息不明だと思わせ続けるわけにはいきません」
『もちろんよ』
セレフィーナもすぐに答えた。
『陛下にまでアイルが無事だと知らせないなんてできないわ』
「ですから、お願いがあります」
『何かしら?』
「セレフィーナ様から、陛下に殿下が無事であることをお伝えいただけませんか?」
『ええ。それは構わないわ』
「ただ、通常の連絡経路は避けてください」
セレフィーナが僅かに黙る。
すぐに理由を察したようだった。
『王都のどこから情報が漏れるか分からないから?』
「はい」
『分かったわ』
セレフィーナの声が引き締まる。
『陛下には私から、絶対に信用できる方法で伝える。アイルが無事だと知る者も必要最低限にしておくわ』
「お願いいたします」
『任せて』
これで、ひとまず方針は固まった。
表向き、第二王女アイリーナ・サントスは襲撃後、消息不明。
しかし国王には、セレフィーナから極秘に無事を伝える。
あとは、アイリーナを守りながら王都へ向かうだけだ。
「それでは、よろしくお願いいたします」
クラリスが通信を終えようとした。
その時だった。
『……ちょっと待って、クラリス』
「はい?」
『さっきから気になっていたんだけど』
「何でしょう?」
『それよ』
「……それ?」
クラリスが首を傾げる。
『さっきから、セレフィーナ様、セレフィーナ様って。それに話し方まで』
セレフィーナの声が、どこか拗ねたものへ変わった。
クラリスは一瞬呆気に取られた後、困ったように笑った。
「仕方ないでしょう? 今回は大切な話だったんだから」
『それは分かってるわ。でも、もう大事な話は終わったでしょう?』
「まったく……」
『前みたいに普通に話してくれていいのに』
クラリスは小さく息を吐く。
その表情は、先ほどまで王都の不穏な情勢について話していた時とはまるで違っていた。
「昔からそういうところは変わらないわね」
『クラリスだって変わってないわ』
「分かったわよ、セレフィー」
その瞬間
『……うん。それでいいの』
セレフィーナの声が明らかに嬉しそうなものへ変わった。
アイリーナが驚いたようにクラリスを見る。
――セレフィー
自分が「姉さま」と呼ぶほど親しいセレフィーナを、クラリスは当たり前のように愛称で呼んだ。
しかも、セレフィーナもそれを当然のように受け入れている。
いや、それどころか、その呼び方に戻ったことを嬉しそうにしていた。
アイリーナは、セレフィーナからクラリスの話を何度も聞いたことがある。
幼い頃、王城を訪れるクラリスを見つけては、その後を追いかけていたこと。
強くて格好のいい女性騎士に憧れていたこと。
剣や騎士の話を聞かせてもらうのが楽しみだったこと。
それらは昔話として聞いていた。
しかし今、二人の会話を実際に聞けば分かる。
単に幼いセレフィーナが一方的に憧れていただけではない。
二人の間には、今も変わらない親しさがある。
『それからね、クラリス』
「何?」
セレフィーナの声が少しだけ真面目になった。
『頼ってくれて、ありがとう』
「……セレフィー?」
『セントポルでは、私達がたくさん助けてもらったでしょう?』
「それは――」
『街のことも、私達のことも。あの時はクラリス達に助けてもらってばかりだったもの』
セレフィーナは穏やかに続ける。
『だから、いつか私にも何かできればって思っていたの』
「そんなこと、気にしなくていいのに」
『私は気にするの』
即答だった。
思わずクラリスが苦笑する。
『今回はアイルのことだから、もちろん放っておけない。でも、それだけじゃないわ』
「……うん」
『クラリスが私を頼ってくれたことが嬉しいの』
クラリスの表情が柔らかくなる。
『だから遠慮しないで。今度は私にも恩を返させて』
「……ありがとう、セレフィー」
『ふふっ。どういたしまして』
そのやり取りを、アイリーナは静かに聞いていた。
アランが信頼する、かつての騎士団長。
セレフィーナ姉さまが幼い頃から憧れていた『白銀の剣姫』。
それだけでも、クラリスを信用する理由としては十分だった。
けれど、今の会話を聞いたことで、それ以上の安心感が生まれていた。
セレフィーナはクラリスを心から信頼している。
そしてクラリスも、セレフィーナを信頼している。
二人が愛称で呼び合えるほどの関係だということを知れば、もう不安を抱く理由はなかった。
『それじゃあ、陛下への連絡は私に任せて』
「ええ。お願い、セレフィー」
『任せて。それと――アイル』
「はい、姉さま」
『今はクラリス達と一緒にいてね』
先ほどと違い、アイリーナに迷いはなかった。
「はい」
『クラリス』
「何?」
『アイルをお願い』
クラリスはアイリーナを見る。
アイリーナも、その視線をまっすぐに受け止めた。
「ええ。任せて、セレフィー。必ず安全に王都までお連れするわ」
『お願いね』
「また何か分かったら連絡するわ」
『ええ。待ってる』
そこで通信は終わった。クラリスが通信機を置く。
するとアイリーナが、どこか安心したような表情でクラリスを見ていた。
「殿下?」
「いえ……姉さまからお話は何度も聞いておりましたが、本当に親しくされていたのですね」
クラリスは少し懐かしそうに笑った。
「ええ。昔から、よく私のところへ来ていましたから」
「『セレフィー』と呼ばれているのは初めて聞きました」
「昔からそう呼んでいたのです。先ほどは大切なお話でしたから、つい改まってしまいましたけど」
「そうだったのですね」
アイリーナは小さく笑った。
そして、クラリスへ静かに頭を下げる。
「クラリス様。王都まで、よろしくお願いいたします」
その言葉には、先ほどまでとは少し違う響きがあった。
王女としての礼儀だけではない。
セレフィーナとのやり取りを目の前で聞いたことで、クラリス達になら自分の身を預けられる。
そんな確かな信頼が込められていた。
「はい。お任せください」
クラリスも穏やかに答えた。誰がアイリーナを狙ったのか。
反王政派が今回の襲撃に関係しているのか。
王都のどこまで敵の手が伸びているのか。
まだ分からないことは多い。
それでも、進むべき方針は決まった。
アイリーナの生存は当面の間、秘密にする。
国王にはセレフィーナから極秘に無事を伝えてもらう。
そしてアイリーナ達は、クラリス達と共に王都へ向かう。
王都グランヴェイルへ続く旅に加わった、誰にも知られてはならない同行者。
第二王女アイリーナ・サントス。
その存在は、これから向かう王都に潜む影と、エリス達を大きく結びつけようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、クラリスが通信機を使い、セントポルにいるセレフィーナへアイリーナの無事を伝えました。
久しぶりに聞く姉のような存在の声。そして「アイル」と呼ばれたことで、アイリーナもようやく安心することができました。
さらに、クラリスとセレフィーナが昔からの愛称で呼び合う姿を目の当たりにし、アイリーナも二人の深い信頼関係を知ることになります。
アイリーナの生存は伏せたまま、国王にだけ極秘で無事を知らせることも決まりました。
そして次回――エリス達はいよいよ、交易都市アルフェリアへ到着します。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、9月10日18時を予定してます




