王女を守るための決断 ― 第二王女、消息不明 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
第二王女アイリーナを救出したエリス達。
しかし、今回の襲撃はただの盗賊によるものとは思えず、アランの口からは王都で起き始めている不穏な動きが語られます。
再びアイリーナが狙われる可能性を考え、クラリス達は彼女を守るための一つの決断を下すことになります。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
アイリーナ・サントス。
アランから正式に紹介された女性が、サントス王国第二王女だと知り、エリス達の間にはまだ驚きが残っていた。
王族であること自体は、王家の紋章が描かれた馬車や、アラン達が「殿下」と呼んでいたことから察していた。
それでも、まさか国王の娘である第二王女本人とは思っていなかったのだ。
そんな中、クラリスは改めて周囲を見渡した。
アイリーナだけではない。彼女に付き従っていた侍女と、生き残った近衛兵達もいる。
今は全員が異空間のリビングに集まっているが、いつまでもここで過ごしてもらうわけにはいかない。
何より、アイリーナ達はつい先ほどまで燃え上がる馬車の中にいたのだ。
身体に大きな怪我こそないものの、服には煤が付き、疲労もかなり溜まっているように見える。
まずは落ち着いて休める場所を用意する必要がある。
「メルキオラ」
クラリスが声を掛ける。
「はい、クラリス様」
「お願いがあるのだけど、お部屋をいくつか用意してもらえる?」
メルキオラはクラリスの言葉だけで、その意図を察したようだった。
「アイリーナ殿下と、侍女の方々、それから近衛兵の方々のお部屋ですね?」
「ええ。殿下のお部屋は個室でお願いしたいの。侍女の方々と近衛兵の方々は、それぞれ一緒に休める部屋で構わないと思うけど……」
そこでクラリスはアランへ視線を向けた。
「どうかしら?」
「我々は相部屋で問題ありません」
アランはすぐに答えた。
「むしろ、その方が助かります。可能でしたら、殿下のお部屋の近くに我々の部屋も用意していただけないでしょうか」
近衛兵としては当然の希望だった。
いくらこの場所が安全だと説明されていても、護衛対象であるアイリーナから離れた場所で休むわけにはいかないのだろう。
「もちろんです」
メルキオラが頷いた。
「殿下のお部屋を中心に、侍女の方々と近衛兵の方々のお部屋を近くにご用意いたします」
「ありがとうございます」
アランが頭を下げる。それを確認してから、クラリスはアイリーナへ向き直った。
「殿下」
「はい」
「お部屋はこちらでご用意いたします。ただ……」
クラリスは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ここは私達が旅をするために使っている場所です。王城のお部屋のようなものはご用意できません。質素なお部屋になってしまうことを、お許しいただけますでしょうか」
すると、アイリーナは少し驚いたようにクラリスを見た。
「そんなことをお気になさらないでください」
「ですが……」
「私は命を救っていただいたのですよ?」
アイリーナは穏やかに微笑んだ。
「燃える馬車から助けていただき、こうして安全な場所まで用意していただきました。その上、お部屋まで用意してくださるのです。十分すぎるほどです」
「そう言っていただけると助かります」
クラリスも僅かに表情を緩めた。
「それから、ここにはお風呂もあります」
「お風呂まであるのですか?」
今度はアイリーナだけでなく、アラン達まで驚いた。
先ほど、この場所が馬車に繋がる特殊な空間だと説明されたばかりである。
広いリビングがあり、いくつもの部屋まで存在する。
それだけでも信じ難いというのに、さらに風呂まであるという。
「ええ。今日は大変だったでしょうし、服にも煤が付いています。落ち着かれてからで構いませんので、必要でしたらお使いください」
アイリーナは自分の袖を見る。確かに、ところどころ黒く汚れていた。
侍女達も似たような状態だ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「では、準備ができましたらお知らせいたします」
メルキオラが一礼する。
クラリスも頷いた。
これで、ひとまずアイリーナ達が休める場所については問題ない。
しかし――。
クラリスはアランへ視線を戻した。もっと重要なことが残っている。
今後、アイリーナをどうするのか。
そもそも、なぜ第二王女が狙われたのか。
それを考えないままアルフェリアへ向かうわけにはいかなかった。
クラリスはルシアンと視線を交わした。
ルシアンも同じことを考えていたのだろう。
僅かに頷いた。
「アラン。少し聞いてもいい?」
「はい」
「今回、殿下が襲われたことについて、何か心当たりはない?」
その質問に、アランの表情が変わった。
「心当たり……ですか」
「ええ」
クラリスの声も真剣なものになる。
「王家の馬車を狙って、あれだけの護衛を倒しているのよ。偶然通りかかった盗賊が襲ったとは思えないわ」
「……私も同じ考えです」
アランは少し考えてから答えた。
「奴らの動きは統率されていました」
「統率?」
「はい。襲撃が始まった直後から、狙いが明確でした。馬車を止め、護衛を引き離し、その上で殿下の乗る馬車を狙ってきた」
アランの拳が僅かに握られる。
「金品目当ての盗賊であれば、もっと違う動きをするはずです」
「つまり、最初から殿下が目的だった?」
「おそらくは」
クラリスの表情が険しくなる。
「だとしたら……殿下があの道を通ることを知っていた可能性もあるわね」
アランはすぐには答えなかった。
しかし、やがて小さく頷いた。
「私も、それを考えています」
「殿下の移動予定を知っていた者は?」
「もちろん限られています。ただ、王族の移動です。準備に関わる者もおりますので、完全に近衛だけの秘密というわけではありません」
「どこかから情報が漏れた可能性もあるということね」
「否定できません」
その言葉に、その場の空気が重くなる。
もしそうなら、今回の襲撃は街道で突然起こった事件ではない。
事前にアイリーナの移動予定を把握し、襲撃の準備をしていた者がいることになる。
そこでルシアンが口を開いた。
「最近、王都で何か変わったことはなかったのか?」
アランがルシアンを見る。
「変わったこと……ですか?」
「ああ。王女殿下を狙うほどの連中が突然現れたとは考えにくい。何か兆候くらいはあったんじゃないか?」
アランはすぐには答えなかった。
何かを思い返すように視線を落とす。
やがて、少し声を落とした。
「確証がある話ではありません」
「それでも構わないわ」
クラリスが答える。
「少しでも関係がありそうなら聞かせて」
「……最近、王都で少し不穏な動きが出始めています」
「不穏な動き?」
「はい」
アランは周囲を一度確認してから続けた。
「反王政派の一部が、水面下で動きを活発にしているという話があります」
その言葉に、クラリス達の表情が変わった。
「反王政派……」
クラリスが小さく繰り返す。
「王家に反対する貴族達ということ?」
「はい。ただ、誰が中心なのか、具体的に何をしようとしているのかまでは分かっていません」
「近衛でも分からないの?」
「噂や警戒情報として耳に入ってくる程度です」
アランは少し悔しそうに答えた。
「最近、一部の貴族達が以前より頻繁に接触しているという話はありました。しかし、それだけで何かを企んでいると断定することはできません」
「今回の襲撃との関係は?」
「分かりません」
アランははっきりと答えた。
「ただ……否定もできません」
クラリスは腕を組み、考え込む。
王都では反王政派が動いている。そして、その時期に第二王女が襲われた。
もちろん、今の段階では両者が繋がっている証拠などない。
しかし、無関係だと決めつけるには危険すぎる。
「仮に反王政派が今回の襲撃に関わっていたとしたら……」
クラリスが呟く。
ルシアンがその先を引き取った。
「殿下を助けたから終わり、とはならないだろうな」
「ええ」
クラリスが頷く。
襲撃した者達がアイリーナの命を狙っていたのであれば、彼女が生きていると分かった時点で、再び行動を起こす可能性がある。
しかも、今度はさらに慎重な方法を取ってくるかもしれない。
クラリスは少し考えてから、ルシアンを見る。
「ルシアン」
「ああ。俺も同じことを考えている」
短いやり取りだった。
しかし、二人にはそれで十分だったらしい。
アランが不思議そうに二人を見る。
「何でしょうか?」
クラリスはすぐには答えず、一度アイリーナへ視線を向けた。
そして、ゆっくり口を開く。
「殿下が生きていること、知られない方がいいんじゃないかしら」
アランが目を見開いた。
「殿下の生存を……隠すということですか?」
「ええ」
クラリスは頷く。
「あの馬車は完全に破壊したわ」
その言葉に、アランも先ほど聞いた馬車の爆破を思い出したようだった。
「遠くから監視していた人間がいたとしても、あの状態なら、中にいた人が無事だったとは思わない可能性が高いでしょう?」
「確かに……」
「せっかくそう見えるようにしたのよ。なら、その状況を利用した方がいいわ」
ルシアンも頷く。
「もし今回の襲撃を仕組んだ者が別にいるなら、殿下が助かったと分かった時点で、また狙ってくる可能性がある」
「しかし……」
アランが難しい表情を浮かべる。
「殿下が王都へ戻らなければ、いずれ大きな騒ぎになります」
「もちろんそうなるでしょうね」
「そうなれば、殿下の行方を探すために多くの者が動くことになります」
「ええ」
クラリスはそこまで聞いた上で答えた。
「だから、亡くなったことにはしないわ」
「……どういうことですか?」
「襲撃を受けた後、消息不明」
クラリスははっきりと言った。
「表向きは、それでいいんじゃないかしら」
「消息不明……」
アランがその言葉を繰り返す。
「そう。王家の馬車が襲撃され、多くの護衛が亡くなった。そして馬車は炎上して大破した。でも、殿下の行方は分からない」
クラリスは続ける。
「襲撃した側には、殿下が亡くなった可能性が高いと思わせておく。でも、王国として死亡を確定させる必要はない」
ルシアンも補足する。
「消息不明なら捜索する理由も作れる。殿下が後から無事に戻ったとしても、不自然にはならない」
アランは黙り込んだ。
近衛兵である彼にとって、王女の生存を意図的に隠すという判断は簡単なものではないのだろう。
しばらく考えた後、アランはアイリーナへ向き直った。
「殿下は、いかがでしょうか?」
皆の視線がアイリーナへ集まった。
アイリーナもすぐには答えなかった。
自分が生きていることを隠す。
王女という立場を考えれば、決して小さな判断ではない。
自分が消息不明となれば、王都では大きな騒ぎになるだろう。
それでも――。
「私も、その方がよいと思います」
アイリーナは静かに答えた。
「殿下……」
「今回の襲撃が、本当に私を狙ったものなのであれば……私が生きていることを知られれば、また狙われる可能性があります」
「はい」
「そして、次に襲われた時には……」
アイリーナはクラリス達を見た。
「今度は皆様まで巻き込んでしまうかもしれません」
「殿下、それについては――」
クラリスが何か言おうとしたが、アイリーナは静かに首を横に振った。
「もちろん、クラリス様達がお強いことは分かっています。それでも、私が原因で誰かを危険に晒してよい理由にはなりません」
その言葉に、クラリスは何も返さなかった。
アイリーナはアランへ視線を戻す。
「しばらくの間、私の生存を伏せましょう」
「……よろしいのですか?」
「はい」
アイリーナは迷わず頷いた。
「少なくとも、誰が私を狙ったのか分かるまでは、その方が安全でしょう」
アランはしばらくアイリーナを見つめていた。
やがて、深く頭を下げる。
「承知いたしました」
クラリスも小さく頷いた。
これで、一つの方針が決まった。
第二王女アイリーナ・サントス。
彼女は王家の馬車を襲撃され、その後――消息不明。
少なくとも、表向きはそうする。
襲撃を仕組んだ者がいるのなら、アイリーナが無事に救出されたことを悟らせない。
馬車を爆破したことも、ここで意味を持つことになる。
しかし――。
クラリスは静かに考える。
誰にも知らせないというわけにはいかない。
特に、国王にまで娘が消息不明になったと思わせ続けるわけにはいかなかった。
けれど、王都のどこから情報が漏れるか分からない以上、通常の連絡方法を使うのも危険だ。
誰になら、この事実を伝えられるのか。
そして、王都へ情報を漏らさず届けてもらえるのか。
クラリスには、一人だけ心当たりがあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、救出した第二王女アイリーナ達の今後について、クラリス達が話し合いました。
アランから明かされた、王都で動きを見せ始めている反王政派の存在。
今回の襲撃との関係はまだ分かりませんが、アイリーナが生きていることを知られれば、再び狙われる可能性があります。
そこでクラリス達が選んだのは、アイリーナを死亡したことにするのではなく、表向きは「消息不明」にするという方法でした。
しかし、国王にまでアイリーナの無事を知らせないわけにはいきません。
次回、クラリスが連絡を取ろうと考えた相手とは――。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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