炎の中からの救出 ― 再会したかつての部下 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
燃え盛る王家の馬車へ転移したクラリスとメルキオラ。
そこでクラリスを「団長」と呼んだ騎士は、かつて騎士団長だった頃の部下、アランでした。
一方、馬車の外ではエリス達と襲撃者達の戦いが始まります。
それでは、第七章の続きをお楽しみください。
「……団長?」
その呼び方に、クラリスは目の前の騎士を改めて見た。
煤で顔は汚れ、額からは血が流れている。
年齢を重ねたことで記憶の中にある姿とは多少変わっていたが、その顔には確かに見覚えがあった。
「……アラン?」
クラリスが名前を呼ぶ。
騎士の目が大きく見開かれた。
「やはり……クラリス団長」
アラン。
クラリスが王国騎士団長だった頃、その指揮下にいた騎士の一人だ。
かつてより逞しくなり、顔にも年齢が刻まれている。
それでも間違いない。
「久しぶりね、アラン」
「はい。しかし、どうして団長がここに……」
アランは驚きを隠せない様子だった。
騎士団を去ってから長い年月が経っている。
その元上官が、襲撃を受けて燃えている王家の馬車の中へ突然現れたのだ。
驚くなという方が無理だろう。
「話はあとよ」
クラリスは周囲を見回した。
馬車の内部にはすでにかなりの煙が入り込んでいる。
窓の外では炎が激しく揺らめき、木材が焼ける音が響いていた。
このままでは、いつ馬車全体が炎に包まれてもおかしくない。
「私達はアルフェリアを目指していたの。その途中で王家の馬車が襲撃されているのを見つけたわ。しかも馬車が燃えていたから、助けに来たのよ」
「そうだったのですか……」
「詳しいことは安全な場所に移ってからにしましょう。まずはここから脱出するわよ」
「しかし――」
アランは燃えている扉の方へ視線を向けた。
外からは今も剣戟の音が聞こえている。
正面から外へ出れば、待ち構えている襲撃者と戦うことになる。
負傷している騎士もいる以上、守りながら脱出するのは容易ではない。
クラリスはそんなアランの考えを察した。
「大丈夫。外へ出る必要はないわ」
「え?」
「私達に任せて」
クラリスが隣にいるメルキオラを見る。
メルキオラは静かに頷いた。
そこでアランは、背後にいる女性を振り返った。
「殿下」
その呼び掛けに、クラリスも女性へ視線を向ける。
旅装ではあるものの、上質な衣服を身につけた女性。
その傍らには侍女がおり、残っている近衛兵達も彼女を守るように周囲を固めていた。
アランが女性の前で片膝をつく。
「殿下。この方は、かつて王国騎士団長を務めていた方です」
女性が驚いたようにクラリスを見る。
「元騎士団長……?」
「はい。私が騎士団に所属していた頃の上官でもあります」
アランは迷いなく続けた。
「私が騎士として信頼している方です。この方であれば信用できます」
女性は改めてクラリスへ視線を向ける。
アランがこれほど迷いなく信用できると言い切る相手。
しかも、かつて王国騎士団を率いていた人物だという。
「この馬車はもう危険です」
アランが続ける。
「このまま留まれば、炎が回るのも時間の問題です。今はこの方の言葉に従い、ここから脱出するべきかと」
女性は一瞬だけ考えた。
炎はすでに馬車の外側を包み、いつ中へ燃え広がってもおかしくない。
ここに残るという選択肢はなかった。
「……分かりました。アランを信じます」
「ありがとうございます、殿下」
アランが頭を下げる。
クラリスも女性へ向き直った。
「すぐに安全な場所へ移動します。詳しいご説明は、ここを離れてからいたします」
「お願いいたします」
女性が頷いた。
クラリスはメルキオラを見る。
「お願い」
メルキオラが静かに頷く。
次の瞬間――。
馬車の中にいた全員の姿が、その場から消えた。
◇◇◇
「……ここは?」
アランが目を見開いた。
先ほどまで感じていた猛烈な熱気が消えている。
煙もない。
炎もない。
代わりに目の前へ広がっていたのは、広々とした空間だった。
大きなテーブルと椅子。
ゆったりと座れるソファ。
その奥にはキッチンまである。
燃え盛る馬車の中にいたとは、とても思えない。
近衛兵達も驚いて周囲を見回していた。
侍女も何が起きたのか理解できていないようだった。
「全員いますか?」
クラリスが確認する。
アランも周囲を見る。
先ほど馬車の中にいた者は、全員ここにいる。
「はい。全員おります」
「よかった」
クラリスは安堵したように息を吐いた。
メルキオラも確認を終える。
「問題ございません。馬車内にいらした方は全員、こちらへ転移しております」
「転移……?」
アランが呟く。
その言葉が意味するものを理解した途端、さらに驚いた表情になる。
「まさか、今のは転移魔法なのですか?」
「説明はあとでね」
クラリスはそれだけ答えた。
転移魔法が伝説と言われるほど珍しいことはクラリスも分かっている。
今ここで詳しく説明する必要はない。
それよりも、まだやるべきことが残っている。
「アラン」
「はい」
「ここにいれば安全よ。あなた達はここから動かないで」
「団長は?」
「外へ戻るわ」
クラリスは剣を握り直した。
「まだ襲撃者が残ってる。仲間達が戦っているから、私達も加勢してくる」
「しかし――」
アランが何か言おうとする。
クラリスはそれを制するように微笑んだ。
「大丈夫よ」
その表情を見たアランは、一瞬だけ騎士団にいた頃を思い出した。
どれほど危険な戦場でも、部下達の前では決して怯まなかった騎士団長。
『白銀の剣姫』と呼ばれていた頃と変わらない表情だった。
「……分かりました」
アランが頷く。
「お気をつけて」
「ええ」
クラリスはメルキオラを見る。
「行きましょう」
「承知いたしました」
二人の姿が、その場から消えた。
残されたアランは周囲を見回す。
「安全だとは言われましたが……念のため、出口を確認します」
近衛兵として、王族を逃がす手段を把握しておく必要がある。
他の近衛兵達と手分けして室内を調べるものの、外へ通じる扉も窓も見つからない。
「……出口がない?」
アランは困惑しながら、クラリス達が戻るのを待つことにした。
◇◇◇
その頃――。
燃える馬車の外では、すでに激しい戦闘が始まっていた。
「はあっ!」
エリスが剣を振るう。
襲撃者の男が剣で受けようとしたものの、その勢いに耐えられず大きく後ろへ弾き飛ばされた。
「ぐあっ!」
男が地面へ転がる。
エリスは追撃しなかった。
目的は相手を殺すことではない。
戦闘不能にすれば十分だ。
「ウインドバレット!」
少し離れた場所ではマリンの魔法が襲撃者の足元へ炸裂する。
地面が弾け、数人の男達が体勢を崩した。
そこへカイルの矢が飛ぶ。
矢は男達の手にしていた武器を正確に弾き飛ばしていった。
「武器を捨てろ!」
カイルが叫ぶ。
しかし、襲撃者達は止まらない。
「邪魔をするな!」
一人の男がエリスへ斬りかかる。
エリスはその剣を受け流し、男の懐へ入った。
「ごめんなさい!」
剣の柄を腹へ叩き込む。
「がっ……!」
男は腹を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「エリスさん、右です!」
ソフィアの声が飛ぶ。
エリスが振り返る。
別の男が横から迫っていた。
しかし――。
男が剣を振り下ろすより早く、ガルドがその間へ入った。
盾が剣を受け止める。
「甘い!」
ガルドが盾を押し返す。
男がよろめいたところへ、リディアが踏み込んだ。
剣の腹を使い、男の脇腹を強く打つ。
「ぐっ!」
男が倒れる。
「エリスさん、大丈夫?」
「はい!」
エリスが答えた。
戦況は明らかにエリス達が優勢だった。
ただ――。
「……遅かったか」
ルシアンが周囲を見て表情を険しくする。
街道には何人もの騎士が倒れていた。
王家の馬車を守っていた護衛達だろう。
しかし、誰一人として動いていない。
ミリアが一人の騎士の傍へ駆け寄り、状態を確認する。
しばらくして、静かに首を横に振った。
「……駄目ね」
到着した時には、すでに手遅れだった。
護衛していた騎士達は全滅していた。
エリスは唇を噛む。
もう少し早く気づけていれば。
そう思わずにはいられない。
だが、今は後悔している場合ではなかった。
「こいつら……何者だ!」
襲撃者の一人が叫んだ。
当初は突然現れたエリス達を、ただの旅人か冒険者程度に考えていたのだろう。
しかし、実際に剣を交えて、その考えが完全に間違っていたことを理解した。
一人一人が明らかに強い。
しかも、互いの動きを理解している。
一人を狙えば別の者が援護に入り、魔法を使おうとすれば即座に妨害される。
「無理だ!」
別の男が叫ぶ。
「こいつら、ただの冒険者じゃねえ!」
襲撃者達の動きが変わった。
攻撃ではなく、少しずつ後方へ下がり始める。
ルシアンがすぐに気づいた。
「逃げるつもりだ!」
その言葉を聞いた襲撃者の一人が叫ぶ。
「退け!」
それを合図に、男達が一斉に背を向けた。
「待ちなさい!」
リディアが追おうとする。
その時だった。
「――アビスバインド」
聞き覚えのある声が響いた。
襲撃者達の足元から、漆黒の鎖が一斉に伸びる。
「なっ!?」
「何だ、これは!」
鎖は逃げようとしていた男達の足へ絡みつき、さらに腕や胴体へ巻きついていった。
「ぐっ!」
「動けねえ!」
次々と襲撃者達が地面へ倒れていく。
エリスが声のした方を見る。
「お母さん!」
そこにはクラリスとメルキオラが立っていた。
「救助は?」
ルシアンが尋ねる。
「大丈夫。馬車の中にいた人達は全員助けたわ」
クラリスが答える。
エリスが安堵した表情を浮かべる。
「よかった……」
「こちらも終わらせましょう」
クラリスは拘束された襲撃者達へ目を向けた。
男達は必死にアビスバインドから逃れようとしているが、漆黒の鎖はびくともしない。
「くそっ!」
「離せ!」
クラリスは剣を構えた。
「悪いけど、逃がすわけにはいかないわ」
「殺すな」
ルシアンが声を掛ける。
「あの馬車が王家のものなら、こいつらには聞かなきゃならないことが山ほどある」
「分かってるわ」
クラリスも同じ考えだった。
なぜ王家の馬車を襲ったのか。
誰の命令なのか。
目的は何なのか。
ただの盗賊が偶然襲ったとは考えにくい。
生かして捕らえる必要がある。
「全員、殺さずに無力化するわよ!」
クラリスの言葉に皆が頷く。
アビスバインドによって動きを封じられた襲撃者達に、もはや抵抗する力はほとんど残っていなかった。
エリス達は一人ずつ確実に気絶させていく。
武器を取り上げ、意識を失ったことを確認する。
しばらくすると――。
襲撃者は一人残らず地面に倒れていた。
「これで全員か?」
ガルドが周囲を確認する。
カイルも辺りを見渡した。
「逃げた奴はいない」
「なら拘束しましょう」
クラリスが言う。
用意した縄を使い、襲撃者達の手を後ろで縛っていく。
念のため足も拘束し、武器や所持品もすべて取り上げた。
ルシアンは回収した武器を見ながら眉をひそめる。
「後でこいつらの持ち物も調べた方がいいな」
「そうね」
クラリスが頷く。
「何か分かるかもしれない」
全員の拘束が終わると、メルキオラが前へ出た。
「それでは、こちらの方々は別の場所へ隔離いたします」
メルキオラが魔法を発動する。
拘束された襲撃者達の姿が、一人、また一人と消えていった。
転移先は、アラン達を避難させている場所とは別に区切られた異空間。
万が一途中で目を覚ましたとしても、王家の者達へ危害を加えることはできない。
最後の一人が消える。
街道に静けさが戻った。
聞こえるのは、燃え続ける馬車から木材が爆ぜる音だけだった。
エリスはその馬車を見る。
「……これで終わったのかな」
「襲撃そのものはね」
ルシアンが答えた。
その視線は、倒れている騎士達へ向けられていた。
「でも、本当に面倒なのはこれからかもしれない」
「どういうこと?」
マリンが尋ねる。
ルシアンは燃え盛る王家の馬車を見る。
「王家の馬車を狙って、護衛を全滅させるほどの襲撃だ」
そして、隔離された襲撃者達が先ほどまでいた場所へ視線を移す。
「こいつらが、ただの盗賊とは思えない」
クラリスも険しい表情で頷いた。
「ええ。それに――」
クラリスの脳裏に、異空間へ避難させた女性の姿が浮かぶ。
アランが『殿下』と呼んでいた人物。
王家の馬車。
近衛兵。
これだけ揃えば、彼女が王族であることは間違いない。
「まずは、助けた人達から事情を聞きましょう」
クラリスはそう言って、メルキオラを見る。
「安全を確認してから、戻ってもらいましょう」
「承知いたしました」
燃え盛る馬車を前に。
エリス達はまだ、この襲撃が自分達の王都への旅に大きく関わってくることを知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
炎に包まれた馬車の中で、かつての部下アランと再会したクラリス。
王家の者達を異空間へ避難させたクラリスとメルキオラも戦闘へ加わり、逃走しようとした襲撃者達を無事に捕らえることができました。
しかし、護衛していた騎士達はすでに全滅。
王家の馬車を狙い、これほどの襲撃を仕掛けた者達の目的も、まだ分かっていません。
そして次回は、アラン達とともに救出した王族の正体が明らかになります。
果たして、エリス達が助けた人物とは――
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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