新たな旅立ち ― ミネアヴィレッジに別れを告げて ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
第七章、開幕です。
今回は、ミネアヴィレッジでの出来事もひと段落し、エリス達が村人達に見送られながら、再び王都へ向けて旅立ちます。
新たにリディア、ソフィア、スピカの三人も加わり、十二人となった一行の新しい旅が始まります。
それでは、第七章の始まりをお楽しみください。
ミネアヴィレッジで迎える最後の朝。
窓から差し込む柔らかな朝日が、宿の一室を淡く照らしていた。
エリスはベッドから起き上がると、大きく伸びをした。
向かいでは、マリンも眠そうに目を擦りながら起き上がっている。
「今日で、この村ともお別れだね」
マリンが窓の外へ目を向けながら呟いた。
「うん。今度こそ王都に向けて出発だね」
エリスも窓の外を見る。
最初にこの村を訪れた時には、まさか帝国へ向かったあと、再び戻ってくることになるとは思ってもいなかった。
それでも、教会での治療もひと段落した。
クラリス達が行っていた尋問にも区切りがついている。
今日から再び、王都グランヴェイルへ向けた旅が始まる。
二人は身支度を整えると、一緒に部屋を出て一階の食堂へ向かった。
食堂には、すでにクラリスやミリア達の姿があった。
「おはよう、二人とも」
クラリスが声を掛ける。
「おはよう、お母さん」
「おはようございます」
二人も挨拶を返し、空いている席へ腰を下ろした。
やがてルシアン達やリディア達も集まり、全員が揃ったところで最後の朝食が始まった。
昨日までと変わらない宿の朝食。
焼きたてのパンに野菜のスープ、卵料理。
特別豪華というわけではない。
それでも、この村で食べる最後の朝食だと思うと、少しだけ名残惜しく感じる。
「いよいよ今日出発ね」
ミリアがパンをちぎりながら言った。
「ええ」
クラリスが頷く。
「尋問も昨日でひとまず区切りがついたし、教会の方も重症者はもういないものね」
「昨日、村長にも話したしな」
ルシアンも続ける。
エリス達は昨日の夕方、村長のアルガスへ今日出発することを伝えている。
アルガスからはもう一日滞在してはどうかと勧められたものの、王都へ向かう旅をこれ以上延ばすわけにはいかない。
「ポーラさんにも昨日挨拶できたしね」
エリスが言う。
「でも、なんだか少し寂しいね」
マリンが呟いた。
「そうね」
エリスも頷く。
最初にこの村へ来た時には、まさか帝国へ向かった後にもう一度戻ってくることになるとは思っていなかった。
その間にも色々なことがあった。
けれど、こうして再び王都へ向かう旅を始められる。
エリスは残っていたパンを口へ運んだ。
朝食を終えると、それぞれ部屋へ戻って最後の荷物を確認した。
忘れ物がないことを確かめ、再び一階へ集まる。
「みんな、準備はいい?」
クラリスが全員を見回した。
「大丈夫よ」
ミリアが答える。
「私も大丈夫」
マリンも荷物を持ちながら頷いた。
ルシアン、カイル、ガルドもすでに準備を終えている。
レオネリアとメルキオラも問題なさそうだった。
そして、帝国から新たに同行することになったリディア、ソフィア、スピカの三人も、それぞれ旅支度を整えている。
こうして全員が揃った姿を見ると、本当に人数が増えたのだと実感する。
エリス
マリン
クラリス
ミリア
ルシアン
カイル
ガルド
レオネリア
メルキオラ
そして、リディア、ソフィア、スピカ
十二人での旅が、これから始まるのだ。
「それじゃあ、行きましょう」
クラリスの言葉に全員が頷いた。
エリス達は宿を出る。
朝のミネアヴィレッジには、いつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。
家々の煙突からは白い煙が上がり、すでに畑仕事へ向かっている村人の姿も見える。
道の向こうから歩いてきた村人がエリス達に気づき、軽く頭を下げた。
エリスも笑顔で頭を下げる。
もう何度も歩いた道だった。
けれど、今日でしばらく見納めになると思うと、いつもとは違って見える。
「また来ることあるかな?」
マリンが隣を歩きながら聞いた。
「あるんじゃない?」
エリスは笑った。
「王都に行ったら二度と来られないわけじゃないし」
「それもそうだね」
そんな話をしながら、馬車を停めている馬屋へ向かっていく。
やがて馬屋の建物が見えてきた。
その時だった。
「……あれ?」
エリスが足を止めた。
馬屋の周辺に、大勢の人が集まっている。
老人から若者、子供までいる。
かなりの人数だった。
「何かあったのか?」
ガルドが人だかりへ目を向ける。
「どうしたんだろう?」
マリンも首を傾げた。
エリスも最初は何事かと思った。
しかし、集まっている人達の顔を見ているうちに気づいた。
「あ……」
見覚えのある顔がいくつもある。
教会で治療をした人達だった。
怪我をして運ばれてきた者。
魔物に襲われて傷を負った者。
家族に支えられなければ歩くことさえ難しかった者。
その人達が今は自分の足で立っている。
中には治療を受けた本人だけではなく、その家族の姿もあった。
「もしかして……」
昨日、司祭のポーラには今日村を出発することを伝えている。
おそらくポーラが村人達に教えたのだろう。
エリス達が近づいていくと、一人の女性がこちらに気づいた。
「あっ、聖女様!」
その声をきっかけに、集まっていた人達が一斉に振り返る。
「聖女様!」
「エリス様だ!」
「来たぞ!」
次々と声が上がった。
「えっ……」
突然注目を浴びたエリスは少し戸惑った。
それでも、笑顔を浮かべて手を振る。
すると村人達も嬉しそうに手を振り返してくれた。
「聖女様!」
一人の老人が、大きな籠を抱えて近づいてきた。
「これを持っていってくだせえ」
「え?」
エリスは差し出された籠を見る。
中には大きなキャベツや人参、玉ねぎなどがぎっしりと詰まっていた。
「これ……野菜ですか?」
「ええ。うちの畑で採れたもんです」
老人は嬉しそうに笑った。
「ぜひ持っていってくだせえ」
「でも、こんなに……」
エリスが困っていると、今度は別の女性が袋を抱えて近づいてきた。
「聖女様、こちらもどうぞ」
「えっ?」
「うちで採れたジャガイモです」
「いや、でも――」
「こっちも持っていってください!」
さらに別の村人がやって来た。
「うちのカボチャも!」
「豆もありますよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
気がつけば、次々と野菜を差し出されている。
キャベツ
人参
玉ねぎ
ジャガイモ
カボチャ
豆
葉物野菜
中には果物まで持ってきた人がいる。
「こんなにいただけません!」
エリスは慌てて両手を振った。
「私、本当にそんな大したことはしていませんから」
その言葉を聞いた老人が、ゆっくり首を横に振った。
「何を言ってるんですか」
「でも……」
「聖女様のおかげで、こうしてまた歩けるようになったんです」
老人はそう言って、自分の脚を軽く叩いた。
エリスには覚えがあった。
魔物に襲われ、脚に深い傷を負っていた男性だ。
最初に教会で会った時には、一人で立つことさえ難しかった。
それが今は、野菜の入った重そうな籠を抱え、自分の足でここまで歩いてきている。
「この脚じゃ、もう畑仕事はできねえんじゃないかと思ってました」
老人が笑う。
「それを聖女様が治してくださった」
「……」
「これは、その畑で採れた野菜です。だから、どうか受け取ってくだせえ」
隣にいた女性も頷いた。
「私達にできるお礼なんて、これくらいしかありませんから」
「聖女様に食べていただきたいんです」
「でも……」
エリスは困ってクラリスを見る。
クラリスは何も言わなかった。
ただ、優しく微笑んでいる。
それを見て、エリスはもう一度老人へ視線を戻した。
断ることが、かえってこの人達の気持ちを無駄にしてしまうような気がした。
「……分かりました」
エリスは籠を受け取る。
「ありがとうございます。大切にいただきます」
老人の顔に満面の笑みが浮かんだ。
「それなら良かった!」
しかし――
それを見た他の村人達が一斉に動いた。
「じゃあ、これも!」
「聖女様、こっちもお願いします!」
「うちのも!」
「えっ?」
エリスの前へ次々と野菜が置かれていく。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなに――」
「エリス」
隣からマリンの声がする。
見ると、マリンは笑いを堪えていた。
「もう諦めた方がいいと思うよ」
「マリン……」
「みんなエリスに受け取ってほしくて持ってきたんだから」
「それは分かるけど……」
そうしている間にも、野菜は増えていく。
気がつけば馬車の横には、いくつもの籠や袋が積み上がっていた。
「すごい量になったわね」
ミリアが目を丸くする。
「しばらく野菜には困らなそうだな」
カイルも苦笑した。
「せっかくだし、今日の夕食から使おうよ」
マリンが積まれた野菜を見ながら言う。
「そうだね」
エリスも笑った。
「せっかく皆さんがくれたんだから」
皆で野菜を馬車へ積み込んでいく。
リディアやソフィア、スピカも手伝い、最後の籠まで積み終えた。
準備が整ったところで、エリスは改めて村人達の前へ出た。
「皆さん、本当にありがとうございます」
深く頭を下げる。
すると、先ほどの老人が笑った。
「お礼を言うのは、こっちですよ」
「え?」
「聖女様が来てくださらなかったら、俺達がどうなっていたか」
周囲の村人達も頷く。
「本当にありがとうございました」
「助けていただいたこと、忘れません」
「聖女様もお元気で」
「王都まで気をつけてください!」
「またミネアヴィレッジに来てくださいね!」
次々と向けられる言葉に、エリスは胸の奥が温かくなるのを感じた。
自分では、大したことをしたつもりはない。
傷ついている人がいた。
自分にはその傷を治す力があった。
だから治した。
ただ、それだけだった。
それでも――
自分がしたことで、こうして笑ってくれている人達がいる。
エリスも笑顔を浮かべた。
「はい。皆さんも、お元気で」
いよいよ出発の時間になった。
ルシアンとカイルが御者台へ上がる。
クラリス達も次々と馬車へ乗り込んでいった。
エリスも乗り込もうとして、もう一度村人達を振り返った。
皆がこちらを見ている。
手を振っている子供の姿もあった。
エリスも手を振り返してから馬車へ乗り込む。
「準備はいいか?」
御者台からルシアンが尋ねる。
「大丈夫よ」
クラリスが答えた。
ルシアンとカイルが手綱を取る。
ゆっくりと馬車が動き始めた。
「聖女様ー!」
「ありがとうございました!」
「お元気で!」
「また来てください!」
後ろから声が響く。
エリスは振り返り、大きく手を振った。
「皆さんもお元気で!」
「またねー!」
マリンも隣から手を振る。
クラリス達もそれぞれ村人達へ別れを告げる。
リディア、ソフィア、スピカも一緒になって手を振っていた。
馬車はゆっくりとミネアヴィレッジの道を進んでいく。
見送る村人達の姿が、少しずつ小さくなっていった。
それでも、しばらくの間は手を振る姿が見えていた。
やがて村の入口が近づく。
エリスは最後にもう一度、後ろを振り返った。
色々なことがあった村。
多くの人と出会い、多くの人を治療した場所。
そして、帝国から戻ってきた自分達を迎えてくれた場所。
「……ありがとう」
誰に聞かせるでもなく、エリスは小さく呟いた。
馬車は村の入口を抜ける。
そのまま王都へと続く街道へ進んでいった。
こうしてエリス達は、ミネアヴィレッジを後にした。
次なる目的地は――
王都へ続く道にある、大きな交易都市。
アルフェリア
十二人となったエリス達の、新たな旅が始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ミネアヴィレッジの人々からたくさんの感謝と野菜を受け取り、エリス達は多くの人に見送られながら村を旅立ちました。
そして、リディア、ソフィア、スピカの三人も加わり、ここから十二人で王都へ続く道を進んでいきます。
次回は、馬車での旅の様子を描きます。
エリス達にとってはすっかり当たり前となったメルキオラ特製の馬車。その揺れの少なさや快適さに、リディア達は改めて驚くことになります。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
感想や評価、ブックマークなども大変励みになります!
次回の更新は、8月31日18時を予定してます




