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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第六章:王都への道 ― 新たなる星座の旅路 ―

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幕間 聖女と魔法使いのスイーツ探し ― モニカの甘くない休日 ―

モニカを襲ったスタンピードから、一夜が明けた。

海から押し寄せた魔物たちは姿を消し、沖合に現れていた不気味なゲートも、すでに存在しない。

昨日まで戦場となっていた港には騎士や冒険者だけでなく、多くの住民たちが集まり、壊れた建物や散乱した荷物の片付けを始めていた。


そんな中――。


「エリス、行こう!」


宿の前で、マリンが元気よく声を上げた。


「うん。でも、本当にお店やってるかな?」


「一軒くらいはやってるって!」


マリンは自信満々だった。

今日、二人には少しだけ自由な時間ができた。

そこでマリンが真っ先に提案したのが――。


「スイーツを食べに行こう!」


だった。


セントポルでも二人はスイーツを食べに行こうと話していた。

ところが、結局いろいろなことが重なり、満足に食べ歩くことはできなかった。

王都へ向かう馬車の御者台でも、


『王都では絶対に食べよう』


と二人で話していたくらいである。


もっとも、ここはまだ王都ではない。

しかも帝国の港町モニカだ。

それでも港町なら、この土地ならではのお菓子があるかもしれない。

そんな期待を胸に、エリスとマリンは街へと繰り出した。


ところが――。


「……閉まってるね」


「うん……」


一軒目。

扉には『本日休業』の札。


「次!」


マリンはまだ元気だった。


二軒目。

窓には板が打ち付けられ、店主らしき男性が壊れた壁を修理している。


「……次!」


少しだけ声が小さくなった。


三軒目。

店そのものに大きな被害はなかったものの、店頭には『材料入荷まで休業』と書かれていた。


「…………」


マリンが無言になる。

エリスは申し訳なさそうに、その横顔を覗き込んだ。


「マリン……」


「まだよ」


「え?」


「まだ諦めるのは早いわ!」


マリンは拳を握った。


「モニカは大きな街なんだから、お菓子屋さんの一軒や二軒、絶対に営業してるはずよ!」


「そうだね」


エリスも笑って頷く。


しかし、歩けば歩くほど、昨日のスタンピードが残した爪痕が目についた。


港に近い場所ほど被害は大きい。


壊れた屋台。

割れた窓。

崩れた壁。


荷車には瓦礫が積まれ、あちらこちらで人々が修復作業をしている。

港では、停泊していた船から荷物を降ろす作業も再開されていたが、いつもの状態にはほど遠い。

昨日の今日なのだ。

普通に考えれば、店が営業している方が珍しい。


「やっぱり今日は無理なのかな……」


エリスが呟く。


「そんなこと……」


マリンも否定しようとしたものの、途中で言葉を止めた。


そのときだった。


「あっ!」


マリンが前方を指差した。


「エリス! あそこ!」


「え?」


通りの向こうに一軒の店があった。

窓には果物を使った焼き菓子らしき絵が描かれている。

そして何より――扉が開いている。


「開いてる!」


「やった!」


二人の表情が一気に明るくなった。

エリスとマリンは顔を見合わせると、少しだけ足早に店へ向かった。


ところが。

店へ近づくにつれ、何かがおかしいことに気づく。

店先に商品が並んでいない。


甘い香りもしない。

代わりに聞こえてくるのは、木材を打ち付ける音だった。


「あれ……?」


店の中では、数人の男女が片付けをしていた。

どうやら扉が開いていたのは営業しているからではない。

壊れた店内を修復するためだった。


「そんなぁ……」


マリンの肩ががっくり落ちる。


「仕方ないよ。昨日あんなことがあったんだから」


「分かってるけど……」


マリンは店を見つめた。


「ちょっとくらい期待したっていいじゃない……」


エリスも苦笑する。


すると、店の奥から木箱を抱えた若い男性が出てきた。


「そこ、通ります!」


「あ、ごめんなさい」


二人が慌てて道を開ける。

男性は木箱を店先に置くと、再び店内へ戻ろうとした。


その直後だった。


「危ない!」


誰かの声が響いた。


店の横では、昨日壊れたらしい軒先を数人の男性が修理していた。


一人が抱えていた木材が手から滑り落ちる。


「あっ!」


木材が足元に落ちた。


近くにいた男性が避けようとして体勢を崩し、そのまま瓦礫の上へ倒れ込んだ。


「ぐあっ!」


「大丈夫か!?」


周囲の人々が一斉に駆け寄る。


エリスも反射的に走り出していた。


「大丈夫ですか!?」


「エリス!」


マリンもその後を追う。


倒れた男性は足を押さえていた。


ズボンが破れ、その下から血が流れている。


瓦礫から突き出していた金属片で深く切ってしまったらしい。


「誰か、治癒魔法を使える奴はいないか!?」


「教会まで運べ!」


「待ってください!」


エリスが声を上げた。


集まっていた人々が一斉に振り返る。


見慣れない少女が二人。


誰もエリスが何者なのか知らない。


「私が診ます」


「嬢ちゃんが?」


「はい」


エリスは男性の横へ膝をついた。


傷はかなり深い。


このままでは歩くことはできないだろう。


エリスは傷口へそっと手をかざした。


「少しだけ、じっとしていてください」


「お、おう……」


淡い光がエリスの手から溢れた。


傷口を光が包み込む。


流れていた血が止まる。


裂けていた皮膚がゆっくりと塞がっていく。


やがて――。


傷そのものが跡形もなく消えた。


「……え?」


男性が自分の足を見る。


何度見ても傷はない。


恐る恐る足を動かしてみる。


「痛く……ない」


周囲が静まり返った。


「立てますか?」


「あ、ああ……」


エリスが手を差し出す。


男性はその手を借りて立ち上がった。


足を地面につける。


痛みはない。


「すげぇ……」


誰かが呟いた。


「治癒魔法……なのか?」


「でも、あんな傷が一瞬で……」


ざわめきが広がっていく。


エリスはそれを気にすることなく、男性へ尋ねた。


「ほかに痛いところはありませんか?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


「良かった」


エリスが笑顔を見せた。


そのとき。


人混みの後ろにいた女性が、何かに気づいたように目を見開いた。


「ちょっと待って……」


女性はエリスをじっと見る。


「もしかして……昨日の……」


「昨日?」


「ほら! 港で魔物と戦ってた人たちよ!」


別の男性もエリスを見る。


「そういえば白い大きな魔獣と一緒にいた女の子がいたって……」


「聖女がいるって騎士たちが話してたぞ」


「じゃあ、この子が……?」


エリスの表情が固まった。


隣にいたマリンが、ゆっくりエリスを見る。


「エリス……」


「うん……」


嫌な予感がした。


そして。


「聖女様だ!」


誰かが叫んだ。


その一言で、周囲の空気が一変した。


「昨日モニカを助けてくれたっていう!?」


「聖女様!」


「本当に聖女様なのか!?」


人が集まり始める。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


エリスは慌てた。


しかし遅かった。


「聖女様! こっちにも怪我人がいるんです!」


「昨日瓦礫が崩れて、腕を怪我した人が!」


「港にも動けない人がいる!」


次々と声が上がる。


エリスは困ったようにマリンを見る。


マリンもエリスを見る。


そして二人は同時に、目の前の菓子店へ視線を向けた。


当然、営業していない。


エリスは小さく息を吐いた。


「……マリン」


「分かってるわよ」


マリンもため息をつく。


「怪我してる人を放っておいて、お菓子食べに行けるわけないでしょ」


「ありがとう」


「その代わり!」


マリンが人差し指を立てる。


「今度こそ絶対に食べるからね!」


「うん!」


こうして――。


二人のスイーツ探しは、いつの間にか人助けへと変わってしまった。


エリスは怪我人の治療を始めた。


軽い切り傷。


瓦礫で痛めた腕。


昨日の避難中に負った足の怪我。


重傷者の多くはすでに教会や治療所へ運ばれていたが、街にはまだ治療を受けられていない人が大勢いた。


一方のマリンも黙って見ているわけではない。


「それ、私がやるわ」


「え?」


「ちょっと離れてて」


マリンが杖を向ける。


「ウインド!」


柔らかな風が瓦礫を包み込む。


人の力では数人がかりで運ぶような木材が、ゆっくりと浮き上がった。


「おおっ!」


「そこに置けばいい?」


「あ、ああ!」


驚く住民たちの指示に従い、マリンは木材を邪魔にならない場所へ移動させる。


その後も二人は街中を歩き回った。


エリスが怪我人を見つければ治療する。


マリンは片付けを手伝う。


気がつけば――。


太陽は海の向こうへ傾き始めていた。


「…………」


「…………」


夕暮れの港。


エリスとマリンは並んで歩いていた。


朝とは違い、二人の足取りは重い。


疲れたからではない。


「ねえ、エリス」


「なに?」


「私たち今日、何しに出掛けたんだっけ?」


エリスは少し考えた。


「……スイーツを食べに?」


「食べた?」


「……食べてないね」


「一個も?」


「うん」


「…………」


マリンが空を仰ぐ。


「なんでよぉ……」


エリスは思わず笑ってしまった。


「笑わないでよ!」


「ご、ごめん」


「セントポルでも食べられなかったのよ!? モニカならって思ったのに!」


「でも、今日は仕方ないよ」


「分かってるけどぉ……」


そのときだった。


「おーい!」


後ろから声が聞こえた。


振り返ると、昼間の菓子店にいた男性が走ってくる。


その手には小さな紙袋があった。


「良かった。まだいた」


「どうしたんですか?」


男性は二人の前で止まる。


「今日は本当にありがとう。店の片付けまで手伝ってもらって」


「いえ」


「これ、持っていってくれ」


差し出されたのは紙袋だった。


「これは?」


「昨日の騒ぎで材料はほとんど駄目になっちまったんだけど、無事だった小麦と蜂蜜が少しあってな」


袋を開く。


中には、小さな焼き菓子が二つ入っていた。


豪華な飾りはない。


果物もクリームも使われていない。


ただ小麦を焼き、蜂蜜を塗っただけの素朴なお菓子だった。


「店を開けられるほどじゃないけど、これくらいなら作れる」


「いいんですか?」


「ああ。モニカを助けてもらった礼には全然足りないけどな」


エリスとマリンは顔を見合わせた。


「ありがとうございます!」


二人は一つずつ受け取った。


まだ少し温かい。


エリスが一口食べる。


「……美味しい」


「ほんと!」


マリンの表情も一気に明るくなった。


蜂蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がる。


一日中歩き回った後だからなのか。


それとも、作ってくれた人の気持ちが嬉しかったからなのか。


とても美味しく感じた。


「良かった」


店主は笑う。


「街が落ち着いたら店も再開する。今度モニカに来ることがあったら、その時はちゃんとしたのを食べに来てくれ」


「はい!」


エリスは笑顔で頷いた。


店主と別れ、再び宿へ向かう。


マリンは最後の一口を大切そうに食べた。


「美味しかったね」


エリスが言う。


「うん」


マリンも満足そうに頷く。


ところが――。


「でも、これは数に入れないから」


「え?」


エリスが目を丸くした。


マリンは真剣な表情でエリスを見る。


「これはお礼でもらったお菓子でしょ?」


「そうだけど……」


「私たちがやりたいのはスイーツの食べ歩きなの!」


「……確かに」


「だからこれは別!」


マリンは拳を握る。


「王都よ!」


「え?」


「王都グランヴェイル! 今度こそ絶対にスイーツを食べるわよ!」


その勢いに、エリスは思わず笑ってしまう。


「うん。今度こそね」


「約束よ!」


「約束」


二人は笑いながら宿へと歩いていく。

セントポルでは叶わず。

モニカでも叶わず。

果たして二人が思う存分スイーツを楽しめる日は、本当にやって来るのだろうか。

それはまだ――誰にも分からなかった。

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