覚醒の兆し
「昔、冒険者だったって知ってる?」
エリスの言葉を聞いた瞬間、
マリンの表情が固まった。
驚きと、戸惑い。
そしてわずかな緊張が混じる。
「……なんで」
小さく呟く。
「なんでそのこと知ってるの?」
エリスは静かに答える。
「昨日、お母さんから聞いたの
私のお母さんのクラリスが昔、冒険者だったって」
その言葉に、マリンの目が大きく開く。
「……え?」
初めて聞く事実だった。
しばらく言葉が出ない。
やがて視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「……うちのお母さんも
昔のこと、少しだけ話してくれたことがある」
冒険者だったこと。
戦っていたこと。
誰かと旅をしていたこと。
だが、それ以上の詳しい話は聞かされていない。
ましてや——
「エリスのお母さんと一緒だったなんて、知らなかった」
二人の間に沈黙が落ちる。
噴水の水音だけが響いていた。
「……それだけじゃないの」
マリンは続けた。
少しだけ迷いながら。
「私ね
魔法が使えるの」
エリスは目を見開く。
「小さい頃から、時々……勝手に力が出る
お母さんの力とは違うって言われた」
ミリアの力は、癒しと守護の力。
だがマリンの力は、
もっと直接的な“魔法”だった。
ただ、小さい頃は自由に使う事はできなかった。
「だから……」
少しだけ笑う。
「エリスのこと、変だとは思わなかった」
その言葉に、エリスの胸が静かに揺れた。
自分だけではない。
同じように、
理由の分からない力を持つ者がいる。
「……そっか」
小さく頷く。
世界は、思っていたより広いのかもしれない。
そして同時に——
深くつながっているのかもしれない。
とエリスは思った。
一方のマリンは少しだけ視線を落とした。
噴水の水が、絶えず流れ続けている。
その音に背中を押されるように、ゆっくりと話し始めた。
「……隠してたわけじゃないの」
小さく首を振る。
「ただ、言うタイミングがなかっただけ」
子どもの頃は、力が出ること自体が怖かった。
思い通りにならない。
突然、勝手に起こる。
周りに知られるのも怖かった。
「エリスみたいに……ちゃんと使えるわけじゃなかった」
少し苦笑する。
「出したくない時に出たり、
出したい時に出なかったり」
それは、力を持つことの不安そのものだった。
「だからずっと、どうしていいか分からなかった」
ミリアは無理に使わせようとはしなかった。
ただ静かに見守り、
必要な時だけ助言をくれた。
「でもね」
マリンは顔を上げる。
その瞳には、少しだけ自信が宿っていた。
「最近になって、ようやく分かってきたの
自分の意思で……使えるようになった」
それは誇りではなく、
安堵に近い感情だった。
「だから……」
少しだけ笑う。
「エリスのこと、怖いなんて思ったことないよ」
その言葉は、静かに心に響いた。
エリスはしばらく何も言えなかった。
自分だけではない。
同じように悩み、同じように成長してきた存在がいる。
「……ありがとう」
やがて、小さくそう呟いた。
噴水の水音が、変わらず流れ続けている。
だが二人の間の空気は、
ほんの少しだけ変わっていた。
エリスはしばらく考えていた。
マリンの言葉。
自分と同じように、力に悩んできたこと。
そして——今は使えるということ。
「……ねえ」
静かに声をかける。
マリンは顔を向けた。
「時間、ある?」
少しだけ真剣な声だった。
マリンは一瞬きょとんとしたが、すぐに頷く。
「うん、大丈夫」
特に予定はなかった。
それに——
何か大事な話の続きのような気がした。
エリスは周囲を見回す。
広場には人が多い。
子どもたち。
行き交う人々。
ここで話すには、少し落ち着かない。
「ここじゃ……ちょっと」
小さく言う。
そして、少しだけ間を置いてから続けた。
「前に行った森、覚えてる?」
マリンはすぐに頷いた。
子どもの頃に一緒に行った場所。
少し危なくて、でもどこか楽しかった記憶。
「あそこなら、人もいないし……」
エリスはマリンを見る。
「魔法、見せてほしい」
その言葉は、はっきりしていた。
興味だけではない。
確かめたいという気持ち。
そして——
自分も何かを変えたいという思い。
マリンは少しだけ驚いた顔をした。
だが、すぐに表情を和らげる。
「……いいよ」
迷いはなかった。
「エリスになら見せてもいい」
二人は同時に立ち上がる。
噴水の水音が、背後で静かに響いていた。
その瞬間。
日常の中にいた二人は、
少しだけ外の世界へと足を踏み出した。
町を出ると、空気が少しだけ変わった。
人の気配が薄れ、代わりに自然の音が強くなる。
木々のざわめき。
足元の土の感触。
二人は並んで森へと入っていった。
エリスは歩きながら、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
——何かがおかしい。
理由は分からない。
ただ、言葉にできない不安が、微かに残っている。
それでも。
(……見てみたい)
マリンの魔法。
その思いが、足を止めることを許さなかった。
やがて、視界が開ける。
周囲より少しだけ広い、見通しのいい場所。
木々に囲まれているが、中央はぽっかりと空いている。
「ここなら大丈夫かな」
エリスが言うと、マリンは頷いた。
「うん」
少し距離を取る。
マリンは右手を軽く前に出した。
そして、目を閉じる。
「……」
空気が、わずかに張り詰める。
次の瞬間。
右手の先に、小さな炎が灯った。
それはゆらゆらと揺れながら、
次第に形を整えていく。
やがて——
掌ほどの炎の球となった。
「……すごい」
エリスは思わず息を呑む。
マリンは目を開き、前方の岩に視線を向ける。
「いくよ」
そう言うと同時に、腕を振った。
炎の球が一直線に飛ぶ。
空気を焼く音。
次の瞬間——
ドンッ!!
鈍い衝撃音とともに、岩が砕け散った。
破片が周囲に飛び散り、土煙が舞い上がる。
エリスは思わず目を見開いた。
「……すごい……」
声が自然に漏れる。
マリンは少し照れたように笑った。
「ファイヤーボールっていうの
一番基本的な攻撃魔法だよ」
基本。
その言葉とは裏腹に、十分すぎる威力だった。
エリスは砕けた岩を見つめる。
そのとき。
——違和感が、はっきりとした。
森が、静かすぎる。
風の音がない。
鳥の声も、虫の気配も消えている。
「……マリン」
エリスは小さく呼ぶ。
「何か……おかしくない?」
「……っ!」
その瞬間、森の奥から鋭い悲鳴が響いた。
「助けて——!!」
人の声だった。
エリスの心臓が強く跳ねる。
「行ってみよう!」
考えるより先に、体が動いていた。
声のした方向へ、一気に駆け出す。
「エリス!」
マリンもすぐに後を追った。
枝をかき分け、足元の根を避けながら、
二人は必死に走る。
やがて視界が開けた。
そこにあったのは——
異様な光景だった。
「……っ」
ゴブリンの群れ。
数体ではない。
十体以上が、一人の冒険者を取り囲んでいる。
「くそ……!」
魔法使いらしき男が、ローブを翻しながら杖を構えていた。
だが数が多すぎる。
その背後には、もう一人。
地面に倒れ、血を流している。
手には弓。
すでに動く気配はなかった。
「だめ……」
エリスの口から、自然と言葉が漏れた。
助けなければ。
その思いだけが、強く胸を満たす。
「お願い……」
小さく、しかし確かな意思で呟く。
——助けたい。
その瞬間。
空間が、歪んだ。
ゴブリンたちの周囲に、目に見えない揺らぎが広がる。
「……え?」
魔法使いの男が、目を見開く。
次の瞬間。
ゴブリンたちの身体が、
まるで何かに引き込まれるように——
消えた。
音もなく。
抵抗もなく。
ただ、存在そのものが消失する。
森に、静寂が戻る。
「……なに、が……」
男は呆然と立ち尽くしていた。
何が起きたのか理解できない。
だがエリスは知っていた。
——自分がやったのだと。
自分の中の何かが、
確かに“働いた”のだと。
胸の奥が、静かに脈打っている。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は4月3日18時を予定してます




