戦いの後に待つ難題 ― 救国の恩人と偽りの入国許可証 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
モニカを襲ったスタンピードを終息させたエリス達。
戦いを終え、ようやく一息つけると思ったところへ、モニカの騎士達がやって来ます。
街を救ったことへの感謝を伝えられる一方、エリス達にはある大きな問題が残されていました。
それでは、第六章の続きをお楽しみください。
邪龍を倒し、魔物を送り出していたゲートも破壊された。
海岸には、先ほどまでの激しい戦いが嘘だったかのように、少しずつ静けさが戻り始めていた。
街や海岸にはまだ魔物が残っているものの、新たな魔物が現れることはもうない。
残った魔物についても、騎士や冒険者達によって次々と討伐されているはずだ。
「これで、本当に終わったんだね」
エリスが海を眺めながら呟く。
『うん。もうゲートの魔力も感じないよ』
セラの言葉に、エリスはようやく安心した。
その時だった。
『エリス』
「ん?」
『誰か来るよ』
エリスが振り返る。
街の方から、複数の人影がこちらへ向かってきていた。
その姿を確認したレオネリアが口を開く。
「騎士ですね」
モニカの騎士達だった。
十人ほどだろうか。
先頭を歩いているのは、他の騎士とは少し装備の異なる男だった。
おそらく、この場にいる騎士達を率いる立場なのだろう。
「どうやら、こちらへ向かっているみたいね」
クラリスが言う。
エリスも頷きかけたところで、あることを思い出した。
「……あ」
「どうしたの?」
隣にいたマリンが不思議そうに尋ねる。
エリスは近づいてくる騎士達を見ながら、小さな声で答えた。
「私達……正式に帝国へ入国してないよね……?」
「……あ」
マリンも気づいたらしい。
二人の表情が同時に固まる。
エリス達は国境を越えて帝国へ入ったわけではない。
メルキオラの転移魔法によって、サントス王国から直接モニカへやって来たのだ。
当然、入国手続きなどしていない。
帝国側から見れば、エリス達は密入国者ということになる。
「ど、どうしよう……」
エリスが小声で呟く。
スタンピードを止めるためとはいえ、正式な許可を得ずに帝国内へ入ったことに変わりはない。
かといって、転移魔法で来たと説明するわけにもいかなかった。
転移魔法は、今では伝説とさえ言われる魔法だ。
メルキオラがそれを自由に使えると知られれば、密入国とは別の意味で大騒ぎになってしまう。
「今さら逃げるわけにもいかないよね……」
「それは絶対怪しまれるよ」
マリンも小声で答える。
騎士達との距離は、どんどん縮まっている。
何か方法はないのか。
エリスが必死に考えていると、突然、頭の中に声が響いた。
『エルシア様』
メルキオラの声だった。
エリスは表情を変えないようにしながら、僅かにメルキオラへ視線を向ける。
『メルキオラ?』
『ご安心ください。取り急ぎ、私が所持しているものを参考に、皆様の分の入国許可証を用意いたしました』
『用意って……』
一瞬の間を置いて。
『偽造いたしました』
あまりにも平然とした答えが返ってきた。
『……偽造したの?』
『はい。書式そのものは、私が所持している本物を参考にしております。見た目だけで偽物と判別される可能性は低いかと』
メルキオラは正式な手続きを経て帝国へ入っている。
そのため、本物の入国許可証を持っていた。
それを参考にして、エリス達の分を魔法で作ったらしい。
それでも一つ、エリスには気になることがあった。
『でも、入国した記録はどうするの?』
『そちらまではどうにもできません』
即答だった。
『やっぱり……』
『国境側に残されている記録まで、この場から改竄することは不可能でございます。照会されれば、入国記録が存在しないことは発覚いたします』
それでは安心できない。
エリスの表情が僅かに引きつる。
『現在は大規模なスタンピードが発生した直後でございます』
メルキオラが続けた。
『騎士団も残った魔物の討伐、負傷者の救助、被害状況の確認などに追われております。この状況で国境へ問い合わせ、一人一人の入国記録まで確認する可能性は低いと考えております』
『……大丈夫かな?』
『絶対とは申し上げられません。ですが、入国許可証を何も持っていないよりは遥かに安全でございます』
確かに、その通りだった。
もう騎士達は目の前まで来ている。
別の方法を考える時間もない。
『分かった。メルキオラを信じる』
『ありがとうございます』
念話が途切れた。
間もなく、騎士達がエリス達の前で立ち止まった。
先頭にいた男が一歩前へ出る。
「先ほどの戦いを見ていた」
その言葉を聞き、クラリスが自然と一歩前へ出た。
「何か御用でしょうか?」
一行を代表して応対するのはクラリスだった。
エリスはその少し後ろから、騎士達の様子を窺う。
先頭の騎士はクラリスを見た後、砂浜に倒れている邪龍へ目を向けた。
そして深く頭を下げる。
「まずは礼を言わせてほしい」
クラリスが僅かに目を見開く。
「あなた達が、あの邪龍を倒したのだろう?」
「はい。皆で力を合わせて倒しました」
「あの龍だけではない。海上にあった、魔物を送り出していた奇妙なものも、あなた達が?」
「そちらも仲間達が破壊しました」
騎士は先ほどまでゲートが存在していた海を見つめた。
「やはりそうか……」
もう一度、クラリス達へ向き直る。
「我々も戦いの一部始終を見ていた。あなた達がいなければ、ここまで早くスタンピードを止めることはできなかっただろう」
騎士は再び頭を下げた。
「モニカを守ってくれたこと、騎士団を代表して感謝する」
「お役に立てたのでしたら何よりです」
クラリスは落ち着いて答えた。
周囲にいる騎士達も、エリス達へ感謝するように頭を下げている。
エリスは少しだけ安心した。
今のところ、自分達が不法に帝国へ入ったことを疑われている様子はない。
このまま何も聞かれずに済めば。
そんな期待が頭をよぎった直後だった。
「今回の件は領主様にも報告するつもりだ」
「領主様に?」
クラリスが尋ねる。
「ああ。これほどの功績だ。おそらく何らかの褒賞が出るだろう」
騎士は懐から手帳を取り出した。
「そのため、皆さんの身元を確認しておきたい。身分証と入国許可証を見せてもらえるだろうか?」
――やっぱり来た。
エリスの心臓が大きく跳ねた。
クラリスは慌てる様子もなく、騎士へ頷く。
「分かりました」
クラリスが自分の身分証と入国許可証を取り出す。
それを見て、他の仲間達も同じように準備を始めた。
エリスもギルドカードを取り出す。
いつの間に忍ばせたのか、荷物の中には見覚えのない入国許可証が入っていた。
これがメルキオラの言っていた偽物なのだろう。
見た目だけでは、本物との違いなどエリスにはまったく分からない。
「お願いします」
クラリスを先頭に、それぞれが身分証と入国許可証を提示していく。
騎士は一枚ずつ確認していった。
クラリス。
エリス。
マリン。
ミリア。
ルシアン。
カイル。
ガルド。
リディア。
ソフィア。
スピカ。
レオネリア。
そしてメルキオラ。
騎士はギルドカードと入国許可証を見比べながら、手帳へ名前を書き込んでいく。
エリスはできるだけ平静を装っていた。
一枚確認される。何も言われない。
次の一枚、それも問題なく返される。
偽造だと見抜かれた様子はない。
それでも、いつ「これはおかしい」と言われるか分からない。
エリスには、身分証の確認に掛かっている時間が普段よりずっと長く感じられた。
やがて騎士が小さく呟く。
「……サントス王国の者達か」
エリスの身体が僅かに強張った。
クラリスは表情を変えない。
ルシアンも黙って騎士の様子を見ている。
騎士は手元の身分証を見る。
それから、倒れている邪龍へ視線を移した。
「サントス王国から来た者達にモニカを救われるとはな……」
その言葉には敵意というより、驚きが含まれていた。
騎士は身分証と入国許可証を持ち主へ返していく。
「国がどこであろうと、あなた達がモニカを救ってくれたことに変わりはない。改めて感謝する」
「ありがとうございます」
クラリスが答える。
エリスも自分のギルドカードと入国許可証を受け取った。
――通った。
心の中で大きく息を吐く。
メルキオラの予想通り、騎士は入国記録まで確認しようとはしなかった。
スタンピード直後という状況にも助けられたのだろう。
騎士は最後の名前を書き終えると、手帳を閉じた。
「ところで、あなた達はどこに滞在している?」
クラリスが答える。
「実は、まだ宿を取っていないんです」
「まだ?」
「はい。モニカへ着いたところでスタンピードが起きていましたので、そのまま戦いに加わりました」
「なるほど。それなら当然か」
騎士は納得したように頷いた。
少し考えてから、エリス達へ提案する。
「それなら、こちらで宿を紹介しよう」
「宿をですか?」
「ああ。騎士団でも利用することのある宿がある。これだけの人数でも、事情を説明すれば部屋を用意してもらえるはずだ」
騎士はさらに続ける。
「少なくとも明日までは、そこで滞在していてもらえないだろうか。領主様への報告が済み次第、こちらから使いを向かわせる」
クラリスはすぐには返事をしなかった。
僅かに顔を横へ向ける。
視線の先にはルシアンがいた。
ルシアンも少し考えている。
エリスにも、二人が迷っている理由は分かった。
今すぐモニカを離れる。
安全だけを考えれば、その方がいいのかもしれない。
メルキオラが作った入国許可証は、あくまで偽物だ。
入国記録まで確認されれば、自分達が正式な手続きを踏んでいないことが分かってしまう。
一方で、今ここで宿を断るのも不自然だった。
街を救ったことで領主へ報告するとまで言われている。
それなのに、連絡先も残さず急いで街から出て行けば、何か事情があるのではないかと疑われるかもしれない。
ルシアンがクラリスへ小さく頷いた。
どうやら同じ結論に至ったらしい。
クラリスが返事をしようとしたところで、騎士が言葉を続けた。
「もちろん、宿泊代はこちらで負担する」
「そこまでしていただけるのですか?」
「ああ。街を救ってくれた恩人に、宿泊代まで負担させるわけにはいかないからな」
騎士は笑みを浮かべる。
「むしろ、それくらいはさせてほしい」
クラリスはもう一度ルシアンを見る。
ルシアンが頷いた。
「分かりました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「ああ。そうしてくれ」
「ありがとうございます」
クラリスは丁寧に頭を下げた。
そのやり取りを少し後ろから見ていたエリスも、ようやく肩の力を抜いた。
すると隣にいたマリンが、エリスへ顔を近づける。
「エリス」
「何?」
「宿代、浮いたね」
「マリン……」
「だって、これだけの人数だよ? 結構すると思うよ」
「今、気にするところそこなの?」
エリスは呆れながらも、思わず小さく笑ってしまった。
マリンらしい。
張り詰めていた緊張が、ほんの少しだけ和らいだ。
騎士は部下の一人を呼び寄せる。
「彼らを宿まで案内してくれ」
「はっ!」
指示を出した後、騎士はクラリスへ向き直った。
「私はこれから領主様へ今回の件を報告する。詳しい話については、また明日聞かせてもらうことになると思う」
「分かりました」
「今日は本当に助かった」
騎士はエリス達全員を見渡した。
「モニカを救ってくれたこと、心から感謝する」
再び頭を下げる。
クラリスもそれに応じて頭を下げ、エリス達も続いた。
スタンピードは終わった。
騎士達から感謝され、身分証と入国許可証の確認もなんとか切り抜けることができた。
ひとまず危機は去ったように見える。
エリスは返された入国許可証へそっと目を落とした。
見た目は本物と変わらない。
騎士も偽物だとは気づかなかった。
それでも、これはメルキオラが作った偽造品だ。
入国記録そのものは存在しない。
今回はスタンピード直後という状況もあり、そこまで確認されずに済んだ。
領主への報告が上がった後も同じとは限らない。
明日までこの街に滞在することになった以上、まだ完全に安心するわけにはいかなかった。
エリスは入国許可証をしまう。
モニカを襲ったスタンピードは終わった。
それでもエリス達には、帝国へ正式な手続きを踏まずに入ってしまったという、別の問題が残されていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
モニカの騎士達から街を救ったことを感謝されたエリス達。
領主から褒賞が出ることになりそうですが、そのために求められたのは身分証と入国許可証でした。
正式な入国手続きをしていないエリス達でしたが、メルキオラが用意した入国許可証によって、ひとまずその場を切り抜けることに成功します。
そして騎士団から紹介された宿で、明日まで滞在することになった一行。
次回は久しぶりに全員で落ち着いて話をすることに。
今回のスタンピードで分かったこと、これまで帝国で起きていたこと、そしてこれからどう動くのか。
それぞれが持つ情報を整理しながら、今後について話し合います。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、8月20日18時を予定してます




