見えざる核 ― 対魔結界を打ち破れ ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、海岸へと向かったエリス達が、クラーケンをベースとしたキメラと対峙します。
次々と襲いかかる触手、そしてセラの力でも見つけることのできない核。
新たな仕掛けが施されたキメラを前に、エリス達は力を合わせて突破口を探します。
それでは、第六章の続きをお楽しみください。
一方、エリス達は海岸へと向かっていた。
先ほど確認したキメラは、街から少し離れた海岸付近にいる。
だが、そこまで走って向かっていては時間が掛かる。
少しでも早く辿り着く必要があった。
「セラ、お願いできる?」
『もちろん!』
エリスの言葉にセラが答える。
次の瞬間、エリスの腕にあった腕輪が眩い光を放った。
光がエリスの腕から離れ、目の前へと集まっていく。
そして――。
白銀の毛並みを持つ巨大なフェンリルが姿を現した。
「えっ!?」
突然現れたセラを見て、ソフィアが驚きの声を上げる。
スピカも目を大きく見開いていた。
「な、なに……?」
二人とも、その場で完全に動きを止めてしまった。
それも無理はない。
目の前にいるのは、普通の狼とは比べものにならないほど巨大な白いフェンリル。
しかも、ただの魔物ではない。
その身体から感じられる力も、普通の魔物とは明らかに違っている。
セラはそんな二人の反応を見て、不思議そうに首を傾げた。
『どうしたの?』
「どうしたのって……」
ソフィアがセラとエリスを交互に見る。
「エリス、その子は……?」
「あっ、そうか。二人はセラを見るの初めてでしたね」
エリスは今さら気づいたように答えた。
「この子はセラ。私の仲間です」
『よろしくね!』
セラが元気よく答える。
もちろん、その声が聞こえているのはエリス達だけだ。
「仲間って……フェンリルよね?」
スピカが恐る恐る尋ねる。
「はい。でも大丈夫です。セラは聖獣です。」
「聖獣……」
スピカは呆然とセラを見上げた。
ソフィアも驚いたままだったが、今はゆっくり話をしている場合ではない。
エリスがセラの背中へ乗る。
「二人とも乗ってください!」
「これに!?」
思わずソフィアが聞き返す。
『これってなに!』
セラが不満そうな声を上げる。
「大丈夫ですよ」
マリンは慣れた様子でセラの背中へ乗った。
「落ちないように気をつけてください」
「本当に乗るのね……」
ソフィアはまだ戸惑っていたが、覚悟を決めてセラの背中へ乗る。
スピカも恐る恐るその後ろへ続いた。
全員が乗ったことを確認すると、セラが立ち上がる。
『しっかり掴まっててね!』
次の瞬間。
セラが地面を蹴った。
「「きゃっ!」」
ソフィアとスピカが同時に声を上げる。
景色が一気に後ろへ流れていく。
セラは街の中を避けながら海岸へ向かって走っていた。
その速度は馬とは比べものにならない。
「速い……!」
スピカが驚きながら呟く。
『まだまだ速くできるよ!』
「セラ、今はそのくらいでいいから!」
エリスが慌てて止める。
『はーい』
やがて潮の香りが強くなってきた。
波の音も聞こえてくる。
海岸が近い。
そして――。
『いるよ!』
セラの声が変わった。
エリスも前を見る。
海岸近く。
浅瀬から巨大な何かが姿を現していた。
「……あれが今回のキメラ」
エリスが呟く。
巨大な身体、そこから伸びる無数の触手、その姿はクラーケンを思わせる。
だが、普通のクラーケンとは明らかに違っていた。
触手の一部には不自然な甲殻があり、身体のところどころには赤黒い筋が走っている。
そして、その巨体からは異様な魔力が感じられた。
『来る!』
セラが叫ぶ。
一本の触手が勢いよく伸びてきた。
「みんな、降りてください!」
セラが速度を落とした瞬間、エリス達は背中から飛び降りる。
直後、巨大な触手が振り下ろされた。
ドォン!
砂浜が大きく抉られる。
「いきなりね!」
ソフィアが剣を抜いた。
触手が次々とエリス達へ向かってくる。
「ソフィアさん!」
「分かってる!」
エリスとソフィアが同時に前へ出た。
エリスへ一本の触手が横薙ぎに迫る。
エリスは身を低くしてかわすと、そのまま剣を振り上げた。
触手が斬り飛ばされる。
同時にソフィアも迫ってきた触手を剣で受け流し、そのまま斬りつけた。
もう一本。
さらにもう一本。
二人は互いの死角を補うように動きながら、次々と触手を斬り落としていく。
「多すぎない!?」
ソフィアが叫ぶ。
「まだ来ます!」
エリスが答える。
斬り落としたはずの触手の根元が蠢く。
そして――。
新たな触手が伸び始めた。
「やっぱり再生する!」
マリンが後方から叫んだ。
「核を壊さないと!」
「セラ!」
エリスが呼ぶ。
『もう探してる!』
セラの黄金色の瞳がクラーケンキメラを見つめていた。
身体の内部、魔力の流れ、その中心にあるはずの核を探る。
だが――。
『……あれ?』
セラが首を傾げる。
「どうしたの?」
『分からない』
エリスが振り返った。
「え?」
『核が見つからないの』
その言葉にマリンも表情を変える。
「セラでも?」
『うん。変なの』
セラはさらに集中する。
確かにキメラの身体には魔力が流れている。
再生もしている。
ならば核が存在しないはずがない。
しかし――。
『見えない……』
その間にも触手は襲ってくる。
「エリス!」
ソフィアの声。
「っ!」
エリスが振り返る。
巨大な触手が頭上から振り下ろされる。
エリスは横へ飛んでかわすと、すぐに剣を振るった。
触手が切断され、砂浜へ落ちる。
「セラ! まだ分からない?」
『待って! もう少し!』
セラが必死に探る。
だが、やはり見つからない。
『おかしいよ。身体の中に何かある』
「何か?」
『うん。魔力の流れを邪魔してるみたい』
セラが目を細める。
『核がないんじゃない。見えないようにされてる』
「隠してるってこと?」
『たぶん』
エリスはクラーケンキメラを見る。
これまでのキメラとは違う。
核を増やしているわけでもない。
移動させているわけでもない。
核そのものを見つけられないようにしている。
その時、スピカがキメラを見つめながら口を開いた。
「……結界じゃない?」
「結界?」
マリンが聞き返す。
「ええ。あのキメラの身体から感じる魔力……少し変なの」
スピカは杖を握り直した。
「身体の内側に何かを隠すような魔力の流れがある」
セラも反応する。
『それかも!』
「もしかして、核に結界を張ってる?」
エリスが尋ねる。
『うん。核の周りだけじゃないと思う。身体の中に流れてる魔力に紛れ込ませてるみたい』
対魔結界。
魔力による探知を阻害し、核の存在を隠している。
「だったら結界を壊せばいいんじゃない?」
マリンが言う。
『でも、どこにあるか分からないよ』
セラが答える。
結界そのものもキメラの体内。
外側から狙って破壊することは難しい。
「なら身体ごと吹き飛ばす?」
マリンが杖を構える。
「それしかなさそうね」
スピカも隣に並ぶ。
その時だった、無数の触手が一斉に持ち上がった。
「来ます!」
エリスが叫ぶ。
十本近い触手が、四方から襲いかかってくる。
「させない!」
エリスが前へ出た。
一本を斬る、続けて二本目。
だが横から別の触手が迫る。
「エリス!」
ソフィアが間に入った。
剣を振り抜き、触手を斬り落とす。
「ありがとう!」
「まだ来るわよ!」
二人は背中合わせになる。
次々と襲いかかる触手。
エリスが斬る。
ソフィアが斬る。
切断された触手が次々と砂浜へ落ちていく。
だが、その間にも新しい触手が再生していた。
「これじゃキリがない!」
ソフィアが叫ぶ。
「マリン! スピカさん!」
エリスが後方へ叫んだ。
「こっちは私達が抑えるので!」
「分かった!」
マリンが答える。
スピカも頷いた。
二人は互いに視線を合わせる。
「マリン、合わせられる?」
「もちろん!」
マリンの周囲に魔力が集まり始める。
同時にスピカも杖を構えた。
二人の足元に魔法陣が広がる。
それぞれの魔力が高まっていく。
そして、二つの魔法陣が重なり始めた。
「行くよ、スピカさん!」
「ええ!」
二人が同時に杖を向ける。
魔力が一つに重なった。
「「――!」」
二人の魔法が同時に放たれる。
重なり合った巨大な魔力が、クラーケンキメラへ一直線に向かっていった。
その瞬間、キメラが危険を感じたのか、何本もの触手を前へ集める。
巨大な壁のように触手が重なった。
だが――。
合体魔法は止まらない。
触手へ直撃する。
凄まじい爆発が起こった。
轟音とともに砂浜が揺れる。
触手が次々と吹き飛ばされる。
一本。
二本。
三本。
重なっていた触手がまとめて消し飛んでいく。
そして魔法はそのままクラーケンキメラの本体へ直撃した。
「グォォォォォォッ!」
キメラが初めて大きな声を上げた。
巨大な身体が大きく揺れる。
身体の一部が吹き飛び、黒い体液が周囲へ飛び散った。
「すごい……」
ソフィアが思わず呟く。
だが、エリスはキメラから目を逸らさない。
「セラ!」
『分かってる!』
セラもすでに集中していた。
大きなダメージを受けたことで、キメラの体内を覆っていた魔力の流れが大きく乱れている。
それまで核を覆い隠していた対魔結界も、完全な状態を保てなくなっていた。
『見える……!』
セラの黄金色の瞳が見開かれる。
『見えた!』
「どこ!」
『身体の中央!』
だが――。
すぐに結界が戻り始める。
核の反応が再び薄れていく。
『エリス! 急いで!』
セラの声が響いた。
『もう消える!』
エリスはすでに走り出していた。
クラーケンキメラもエリスの接近に気づく。
再生途中の触手が一本、エリスへ向かって伸びる。
「邪魔!」
エリスが剣を振るった。
触手が斬り飛ばされる。
さらにもう一本。
それも斬る。
だが三本目が横から迫っていた。
「エリス!」
ソフィアが走り込んだ。
剣を振り抜く。
エリスへ迫っていた触手が切断された。
「行って!」
「ありがとう!」
エリスは止まらない。
セラが見つけた場所。
身体の中央。
だが核の反応はすでに消えかけている。
『エリス!』
「分かってる!」
一瞬だけだった。
本当に僅かな時間。
セラが見つけた核の位置。
だが――。
それだけで十分だった。
エリスは地面を強く蹴った。
一気にキメラとの距離を詰める。
そして、剣を構えた。
「そこ!」
刃を振り抜く。
キメラの身体が大きく裂けた。
その奥、対魔結界によって再び隠れようとしていた核。
エリスの剣が正確に捉える。
――パキン!
乾いた音が響いた。
核が砕ける。
キメラの動きが止まった。
すべての触手が力を失い、砂浜へ落ちる。
「……壊した?」
マリンが呟く。
セラがキメラを見つめる。
そして
『うん! 核、なくなったよ!』
その言葉と同時に、クラーケンキメラの身体が崩れ始めた。
巨大な触手が黒い霧となって消えていく。
続いて本体も崩れていく。
やがて海岸に残ったのは、黒く濁った魔石だけだった。
エリスはそれを確認すると、ゆっくり剣を下ろした。
「終わった……」
「やった!」
マリンが嬉しそうに声を上げる。
スピカも安堵したように息を吐いた。
ソフィアは剣を収めながら、消えていったキメラの跡を見る。
「それにしても……厄介だったわね」
「うん」
エリスも頷いた。
「まさか核を見つけられないようにしてくるなんて」
『私もびっくりしたよ』
セラが少し悔しそうに言う。
『今までならすぐ見つけられたのに』
マリンがセラを見る。
「でも最後は見つけたじゃない」
『ほんの一瞬だけどね』
「その一瞬で十分だったよ」
エリスが笑う。
セラも嬉しそうに尻尾を振った。
スピカは先ほどまでキメラがいた場所を見つめていた。
「でも、あの結界……」
その言葉にエリス達がスピカを見る。
「偶然できたものじゃないと思う」
「そうだね」
エリスの表情が少し険しくなる。
核を探して破壊する。
これまで自分達がキメラを倒してきた方法。
それを知っているからこそ、核を隠した。
そして、何より、セラが核を見つけられることまで考えた対策だった。
『私が核を探せるって知ってるんだよね』
セラが呟く。
「たぶん」
エリスは静かに頷いた。
マリンも表情を曇らせる。
「ってことは、私達の戦いをずっと調べてるってこと?」
「そうだと思う」
エリスは黒く濁った魔石を見る。
これまで戦ってきたキメラも、少しずつ変化してきた。
核を増やす。
核を移動させる。
そして今回は、核そのものを魔力で探せないようにする対魔結界。
キメラを作っている者は、確実に自分達の戦い方を研究している。
そして対策を考えている。
それでも――。
エリスは剣を鞘へ収めた。
「でも、倒せた」
マリンが笑う。
「うん!」
「私達の魔法もちゃんと効いたしね」
スピカも小さく笑った。
「二人ともすごかったです」
エリスが言う。
「あれだけ大きなダメージを与えてくれなかったら、セラも核を見つけられなかったと思う」
『うん! 結界が乱れたから見つけられたんだよ!』
マリンとスピカが顔を見合わせる。
「じゃあ、私達の合体魔法のおかげだね」
「そういうことになるわね」
二人の表情に笑みが浮かぶ。
その横でソフィアが小さく息を吐いた。
「私は触手を斬っていただけだった気がするけど」
「そんなことないですよ」
エリスがすぐに否定する。
「ソフィアさんが触手を抑えてくれなかったら、私も核まで辿り着けませんでした」
「そう?」
「うん」
エリスが笑う。
「みんながいたから倒せたんです」
ソフィアも僅かに笑った。
海岸には再び波の音が戻っていた。
先ほどまでの激しい戦いが嘘だったかのように、波が静かに砂浜へ打ち寄せている。
だが、エリスは海の向こうを見つめながら考えていた。
今回も倒すことはできた。
けれど、敵は確実にこちらの戦い方を知り始めている。
そして対策を重ねている。
次に現れるキメラは、今回よりもさらに厄介な仕掛けを持っているかもしれない。
それでも、エリスは仲間達を見る。
マリン。
ソフィア。
スピカ。
そしてセラ。
一人では見つけることのできなかった核も、皆の力を合わせることで見つけることができた。
どれだけ相手が対策を重ねてきても。
その度に、自分達も新しい方法を見つければいい。
エリスはそう思いながら、静かに海岸へと視線を戻した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回、エリス達の前に立ちはだかったのは、対魔結界によって核の位置を隠したクラーケンキメラでした。
セラでも核を見つけられない中、マリンとスピカの合体魔法によってキメラに大きなダメージを与え、僅かに生まれた隙から核の位置を特定。
最後はエリスの一撃によって、キメラを撃破することができました。
しかし、モニカを襲ったスタンピードはまだ終わっていません。
次回、いよいよスタンピードも決着へ。
エリス達はモニカを襲う魔物達を退け、この戦いを終わらせることができるのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、8月14日18時を予定してます




