港町に迫る魔の波 ― 命を懸けた救出と託された希望 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、港町モニカで突如発生したスタンピードにリディア達が立ち向かいます。仲間を救うため、それぞれが下した決断にもご注目ください。
それでは、第六章の続きをお楽しみください。
翌朝。
朝食を済ませた一行は、アルカンダダンジョンを目指して馬車を走らせていた。
アルカンダへ向かうには、帝国の港町モニカを経由するのが一般的なルートらしい。
順調に進めば、今日中にはモニカへ到着できる予定だった。
道中では何度か魔物の襲撃を受けた。
現れた魔物は、どれも黒く濁った魔石を持つ個体ばかりだった。
しかし、この程度の魔物では五人を止めることはできない。
共に旅を始めてからまだ日も浅いが、五人の連携は着実に形になり始めていた。
魔族であるレオネリアとメルキオラは、周囲に漂う魔力の変化に人一倍敏感だった。
そのため、魔物が視界へ入るよりも早く、その接近を察知することができる。
「前方に魔物です。」
その報告を受けると、リディア達はすぐに戦闘態勢へ移る。
魔物が攻撃可能な距離まで近付いた瞬間。
「アビスバインド。」
メルキオラが魔法を放つ。
漆黒の鎖が一斉に伸び、魔物達をその場へ拘束した。
「行くわよ!」
リディアの号令と共に、レオネリア、リディア、ソフィアの三人が駆け出す。
スピカは後方から魔法で援護を行う。
拘束された魔物はほとんど反撃することもできず、次々と討伐されていった。
やがて日は高く昇り、一行は昼食を取るため休憩することにした。
「ここでお昼にしましょう。」
リディアは早速、防護結界の魔道具を起動する。
透明な防護壁が展開され、ほどなくして周囲の景色へ溶け込むように巨大な岩へと擬態した。
安全を確保すると、五人は昼食の準備を始める。
水は魔道具から自由に取り出せる。
シンクやコンロも備わっているため、以前とは比べものにならないほど短時間で調理を始められるようになっていた。
しかも、防護結界によって外敵を警戒しながら食事をする必要もない。
「本当に便利ね。」
リディアは改めて周囲を見回した。
「これがあるだけで、旅の快適さがまるで違うわ。」
ソフィアも深く頷く。
「もう普通の野営には戻れないかも。」
スピカが苦笑すると、その場にいた全員が思わず笑みを浮かべた。
リディア達は改めて、メルキオラが作った魔道具の素晴らしさを実感するのだった。
⸻
しばらく馬車を走らせていると、遠くに港町モニカが見えてきた。
その向こうには、どこまでも広がる青い海。
「海だ!」
ソフィアが思わず声を上げる。
「すごい……。」
スピカも目を輝かせていた。
二人にとって海を見るのは初めてだった。
そんな中――。
「……待ってください。」
突然、メルキオラの表情が変わる。
「どうしたの?」
リディアが尋ねると、メルキオラは海の方をじっと見つめた。
「……魔物です。」
「かなりの数の魔物の気配を感じます。」
その言葉にリディア達は息を呑んだ。
「私達には何も感じないわ……。
だからこそ怖い……」
レオネリアも静かに頷く。
「一度、様子を確認しましょう。
このまま街へ近付くのは危険です。」
リディアもすぐに頷いた。
「分かったわ。」
五人は街道脇へ馬車を寄せる。
リディアは防護結界の魔道具を起動し、馬車と馬を巨大な岩へ擬態した防護壁の中へ隠した。
「これでよし。」
五人は近くの小高い丘へ駆け上がる。
丘の頂上からモニカの街を見下ろした、その瞬間だった。
「なっ……!」
リディア達は言葉を失う。
海から数え切れないほどの魔物が押し寄せ、港町モニカへ向かって進軍していた。
「スタンピード……。」
ソフィアが震える声で呟く。
街ではすでに兵士や冒険者達が迎え撃とうとしている。
しかし、あまりにも数が多すぎた。
リディアは拳を握り締める。
「街を助けよう。」
その一言に迷いはなかった。
レオネリアとメルキオラは互いに顔を見合わせる。
(エルシア様なら……。)
(考えるまでもありませんね。)
答えは最初から決まっていた。
エリスなら、迷わず人々を助ける。
「もちろんです。」
「私達も賛成です。」
五人は同時に頷く。
そして次の瞬間、丘を駆け下り、港町モニカへ向かって一斉に走り出した。
五人は街へ到着すると、そのまま門をくぐった。
本来なら門兵がいるはずだったが、その姿はどこにもない。
街の奥からは怒号と悲鳴が響き渡り、海の方角を見ると至る所から黒煙が立ち上っていた。
「間に合って……!」
リディアが呟く。
海からは大量の魔物が次々と街へ押し寄せていた。
街の兵士や冒険者達が必死に応戦しているが、数が多すぎる。
「行きましょう!」
リディアの声と同時に、五人は一斉に駆け出した。
リディア、ソフィア、そしてレオネリアは剣を抜き、街を襲う魔物へ斬り掛かる。
レオネリアの剣が一閃すると、魔物は一撃で倒れ、その場には黒く濁った魔石だけが残った。
(やはり……。)
メルキオラの予想どおり、魔族によって改造された魔物だった。
「ファイヤーウォール!」
メルキオラが広範囲魔法を放つ。
燃え盛る炎の壁が魔物の群れを飲み込み、一気に焼き払っていく。
「ウィンドカッター!」
スピカも負けじと風の刃を放ち、魔物を次々と切り裂いた。
二人の魔法で数十体は討ち倒したはずだった。
しかし、それでも海からは次々と魔物が押し寄せてくる。
数が減る気配はまるでない。
「くっ……!」
リディアは次々と魔物を斬り伏せながら前へ進む。
その時だった。
「きゃああぁぁっ!」
近くで幼い子供の悲鳴が響いた。
リディアが振り向く。
そこには、小さな男の子が尻もちをつき、恐怖で動けなくなっていた。
その目の前では、一体の魔物が鋭い爪を振り上げている。
(間に合って!)
リディアは瞬足を発動した。
地面を蹴ると同時に、その姿が一気に子供の前まで駆け抜ける。
「大丈夫!」
子供を抱き抱え、その場から飛び退こうとした、その瞬間だった。
魔物が振り下ろした鋭い爪が、リディアの背中を深く切り裂く。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散る。
それでもリディアは足を止めなかった。
子供をしっかりと抱き締めたまま、安全な場所を目指して走る。
「もう少し……だから……。」
しかし、背中から流れる血は止まらない。
視界が霞み始める。
(この子だけは……。)
その想いだけで身体を動かし続けた。
やがて、力尽きるように膝をつく。
「……よかった。」
そう呟いた次の瞬間。
リディアの意識は闇へと落ちていった。
すると、腕に着けていたブレスレットが淡い光を放つ。
「えっ?」
子供が驚く間もなく、ブレスレットの魔法陣が展開された。
リディアが抱き抱えていた子供も効果範囲に含まれ、そのまま二人の身体は光に包まれる。
そして次の瞬間――。
二人の姿は、その場から忽然と消えた。
⸻
その瞬間だった。
「っ!」
メルキオラの表情が変わる。
「どうしたの?」
近くで戦っていたレオネリアが問い掛ける。
「緊急転移が発動しました。」
その一言だけで十分だった。
レオネリアも事態を悟る。
「リディア様ね。」
「恐らく。」
メルキオラは頷く。
転移の魔道具には、緊急転移が発動した際、所有者を作った本人へ知らせる機能も組み込んでいた。
誰が転移したのかまでは分からない。
だが、この場でブレスレットを持っているのはリディア達三人だけ。
二人は迷うことなく、その場から転移した。
次の瞬間、防護結界の中へ姿を現す。
「リディア様!」
そこには、背中を深く切り裂かれ、血だまりの中で倒れているリディアの姿があった。
そのすぐ横では、小さな子供が膝を抱え、震えながら座り込んでいる。
「お姉ちゃん……。」
怯えた声が響く。
メルキオラはすぐにリディアの傍らへ膝をついた。
「ヒール。」
淡い光がリディアの身体を包む。
しかし、傷はわずかに塞がるだけだった。
「そんな……。」
続けてポーションを取り出し、傷口へ振り掛ける。
それでも傷は完全には塞がらない。
出血も止まりきらなかった。
メルキオラは唇を噛む。
(私では……治せません。)
治癒魔法もポーションも応急処置にはなる。
しかし、この傷を完全に治す力は自分にはなかった。
リディアの呼吸は弱々しく、このままでは危険だった。
(助けたい……。)
その想いが胸を強く締め付ける。
そして、メルキオラの脳裏に一人の少女の姿が浮かんだ。
「……エルシア様。」
迷いはなかった。
メルキオラは通信機を取り出すと、震える手で魔力を流し込んだ。
「どうか……間に合ってください。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、モニカを襲うスタンピードと、その中で子供を守るため命懸けで戦ったリディアの姿を描きました。メルキオラが用意した魔道具は、まさに仲間の命を守るための最後の切り札として、その真価を発揮することになりました。
次回は、メルキオラからの連絡を受けたエリス達が動き出します。聖女として、そして仲間を救うため、エリス達の活躍をぜひお楽しみください。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、8月7日18時を予定してます




