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16 名声の失墜

 困惑するルーナをよそに、リュシエンヌは嬉しそうな様子で語り出した。


「私たちヴァルトシュタイン帝国の者が知る噂とは、悪評などではありません。あなたが、稀代の素晴らしい精霊術士であるということです」

「素晴らしい……?」


 リュシエンヌは、ルーナの言葉に深く頷く。


「ええ、そうです。精霊術の大家であるベルニエ公爵家のルーナ様は、伝説に名高いエルフと同等の能力を持つ、屈指の術士であると」

「そ、そこまで……」


 褒め称えられるようなことは、何も。

 自分と精霊のため、自己研鑽には務めてきたけれど、誰かのためになるようなことなんて何もしていない。


 それにだ。ルーナはこれまで一度もヴァルトシュタイン帝国へ行ったことはない。両親である公爵夫妻も同様に。

 接点がないはずの場所で、なぜそこまで良い噂が流れているのだろうか。

 疑問に思って尋ねると、「ベルニエ家で学んだという精霊術士が、みな口を揃えてそう語るのですよ」と返ってきた。


(なるほど。国外から学びに来ていた方達が、我が家のことを話して下さったのね)


 とはいえ、他国で自分のことが噂になっている理由は分からない。

 ルーナをはじめ、ベルニエ家の者は当たり前のことをしたに過ぎないという認識だ。教えを請われたのでそれに応えた……ただそれだけなのだ。


 リュシエンヌはさらに続ける。


「精霊術を扱えること自体が、善い心をお持ちである証左だというのに。精霊は悪しき心の者には従わない、というのは常識のはず。精霊や、精霊術士が身近であるはずのオードランで、なぜあのような噂が広まっているのか……」


 リュシエンヌの言葉に対する驚きと同時に、これまで自身に降りかかってきた出来事による苦しみが、ルーナの中で思い起こされた。


 あのような噂――ルーナが聖女レティシアを不当に虐げたという悪評のことだろう。

 あれは事実無根の噂で、ルーナは本当に何もしていない。だが、国民の大半がいつの間にか真実として受け入れてしまっていた。


 オードラン国は小さいが、大国に匹敵するほどに生活水準が高い豊かな場所だ。

 それはひとえに豊かな自然と、そこに宿る精霊たちのおかげ――それが分かっていた国民たちは、精霊にまつわるあらゆるものを大切にしていた。

 そして、悪しき心を持つ者が精霊と心を通わせることができない、という事実も認識していたはずだった。

 

 だが、レティシアに聖女としての力が発現したことを境に、状況は一変してしまった。

 

 国民達は、待望の聖女を喜びと共に受け入れた。


 それから少し経った頃。この国の成り立ちを考えれば、第二王子リオネルの婚約者は聖女レティシアの方が相応しいのではという声が多く上がるようになった。


 ベルニエ家は当初、この世論を好機と捉えていた。もともと、解消を申し入れても聞き入れられず、王家の都合で無理に継続されていた婚約だ。世論の後押しはまさに渡りに船。今度こそ、国王夫妻も婚約相手の変更を受け入れるだろう。

 そして、ルーナは当初の予定通り、ベルニエ家の次期後継者の立場に戻ることができると。貴族としての責務を果たしつつも、精霊や家族と穏やかに過ごせる日々が戻ってくるのだと。ルーナと公爵夫妻はそう考えていた。

 

 だが、事はそう上手くは運ばなかった。


 国王夫妻は民意を無視し、ルーナとリオネルの婚約を続けさせようとしたのだ。

 聖女が王家と結びつけば、教会に連なる者たちにさらなる権力を持たせることになる。それを回避し、王家に権力を集中させたい――その一心で。


 民意と王家の意思の乖離は、国内に混乱をもたらした。

 国の成り立ちを無視した王家の方針に、国民たちは不信感を抱き始めたのだ。


 そして、そんな中で第二王子リオネルはレティシアに好意を持ち、積極的に肩入れするようになってしまった。


 交流を深める中で告げられた、ルーナに虐げられているのだというレティシアの訴え。

 両親である国王夫妻から伝えられた()()

 世情を鑑み、自身の婚約相手を聖女であるレティシアに変更すべきではないかと申し入れた時に、「ベルニエ公爵は婚約の解消を申し入れてきたが、当のルーナは頑として受け入れずに拒否している」という話。


 もちろん全て嘘だ。「お前の言動は全て知っているぞ!」と、息巻くリオネルからこの話を聞かされたルーナは思わず頭を抱えた。


 元々ルーナを良く思っていなかったことと、周囲の者たちの嘘を信じてしまったこと。そして、レティシアへの好意――様々な要因が重なり、リオネルは以前にも増してルーナを嫌うようになった。


 そして、これらの嘘はじわじわと国中に広がっていき、いつの間にか噂ではなく事実とされるようになった。


 特に、聖女を害しているという噂が流れ始めたことを境に、ルーナとベルニエ家を糾弾する声のみならず、「ベルニエ家はルーナが精霊術士としての能力を持たないことを隠している」「怪しげな術で王家に取り入った」という過激な声も上がり始めた。


 嘘と噂によって何もかもが崩れ去った――そんな言葉が相応しい状況だった。


 この一連の出来事によって、現在に至るまでルーナを始めとするベルニエ家の者は、大いに苦しめられることになった。

 

(苦しかった。でも、ああまで状況が悪化してしまったのは……きっと私にも非があったからだわ)


 衝撃的な婚約破棄、そして新たな縁を得たことで日常から離れる――そんな出来事の数々に対して、自分の感情と思考が少し追いつき始めた。そんな状況で過去を振り返った時、最初に浮かんできたのは自省の念だった。


 レティシアの優しい言葉はとても嬉しい。

 だが、悪かったのはきっと周囲だけではない。リオネルをはじめ、周囲の人間へ積極的に歩み寄ろうとしなかった自分も悪かったのだろう。


 自身が力を示せば、ルーナをを通じて精霊を悪用しようとする輩が出るのではないかという危惧。

 むやみに精霊に頼りすぎず、自分自身も力を付けなければという、ルーナ自身の意識。


 様々な思いが合わさった結果、ルーナは精霊術士でありながら、精霊を滅多に呼び出さない状態になっていた。

 そして、この行動が自身の首を絞める結果になってしまった。今にして思えば、何も起きていない時から周りの人間を疑い過ぎていたのかもしれない。

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