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15 ルーナの噂

***

 

 通された部屋は、それはそれは素晴らしい場所だった。


 鼻をくすぐる木の香りに、落ち着いた色合いの調度の数々。どれもこれも、オードランの様式とは異なっている。

 調度品に多用されているのは、暗色の重厚な木材。丁寧に磨き抜かれているようで、つやつやとしている。調度品そのものの質の高さと、普段から丁寧に扱われていることが見て取れた。


 (白を基調とした、明るい色合いや派手さが好まれるオードランとは全然違うのね)

 

 見慣れぬ部屋の風景からは、異国情緒のようなものが強く感じられる。

 ルーナの中で、本当に他国に足を踏み入れたのだという実感が湧いてきていた。


 あれこれと気になって周囲を見渡していると、「ルーナ様」と声を掛けられた。声の主は、案内役を務めていたリュシエンヌだ。

 リュシエンヌは、流れるような所作で椅子を引く。


「どうぞ、お座りください」

「ありがとう」

 

 促されるままにルーナは椅子へ座った。

 柔らかなクッションに受け止められる。重厚な木製の枠組みは、体の重みを受けても軋む音ひとつ立てない。

 

「マリウス様がお戻りになるまで、こちらでしばしお寛ぎを」


 ルーナが座ったことを確認すると、リュシエンヌはそう言って一歩引いた場所に控えたのだが。


 リュシエンヌは、少しそわそわとしている。何か言いたげな様子だ。

 しばらく思い悩んでいるようだったが、ややあって、緊張したような面持ちで言葉を切り出した。


「……ルーナ様のお噂は、かねがね」


 ルーナは思わず目を見開く。

 噂とは、つまるところ悪評だろう。


 レティシアによって流布された噂は、国内だけに留まらず、他国にまで知れ渡っていたようだ。


 もともと悪評を知っていたリュシエンヌは、内心ではルーナを快く思っていなかったのだろう。

 あるいは、警戒していたのかもしれない。ルーナへ好意的に接するマリウスがいた手前、表立って態度に出していなかっただけで。

 おそらくはマリウス不在の今、ここで。ルーナに真意を問おうとしているのだ。


 ここでも自分は、謂れなき罪で嫌悪されている――そんな考えに至り、ルーナは気持ちが沈みかけた。


 (いいえ、ここで落ち込むのはお門違いというものだわ)


 リュシエンヌの考えは、至極当然のものだろう。

 主君が、悪評にまみれた他国の女を突然連れてきたのだ。臣下として、警戒しない方がおかしい話ではないか。むしろ、称賛されるべき素晴らしい忠誠心だ。

 

 ここは悲しみに暮れるべき場面ではない。マリウスの忠臣であるリュシエンヌに敬意を払い、誠意ある対応をするべきだ。感情的に、噂の否定から入るべきではない。

 ルーナは、平静を保つことを意識する。


「その噂というのは……悪い噂、かしら。私が、聖女に嫌がらせをしたといった類の」


 ルーナの言葉を聞いたリュシエンヌは、ひどく驚いたような表情を浮かべた。


「まさか! あんなもの、真偽のほども怪しい眉唾でしょう」

「あ、あなたは、私の噂を信じていないの……?」


 ルーナの声は、少し掠れていた。 

 この数年は、噂をすっかり信じ切って、ルーナを悪と断じた上で接してくる者ばかりだった。

 噂の方を真っ向から否定されたことが、あまりにも衝撃的だったのだ。


「――ルーナ様の母国を悪し様に言うのは憚られますが……率直に言って、下らない噂話かと。オードランでは、なぜあのような話が真実であるかのように語られているのか……理解に苦しみます」


 リュシエンヌは慎重に、言葉を選びながら話そうとしている様子だったが、あまり表現をぼかすことはできていなかった。はっきりと、オードランの内情を批判していると取れる言葉だった。

 本来はあまり褒められた発言ではないが、この言葉の強さがルーナの心に響いた。


「では、私に関する噂というのは一体……?」


 ルーナにとっては、疑問でしかなかった。

 自分は、善行も悪行も含めて特に何かをした覚えはない。他国でも噂になるような話題なんて、例の悪評以外には思い当たらなかった。だというのに、なぜリュシエンヌはここまではっきりと、噂の方を否定したのだろうか。

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