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14 近衛騎士リュシエンヌ

 女性の声のあと、やや遅れて足音が聞こえてくる。

 こちらに人が来る気配を察したマリウスは、ルーナに「ありがとう」と言いながらそっと体を離した。


 ルーナは軽く頭を下げた後、声が聞こえた方へ顔を向ける。 


 駆け寄ってきた女性はかなり若い。二十代前半くらいだろうか。

 一言で例えるなら、凛々しい雰囲気の人だった。

 燃えるような赤い髪に、翠の眼。そして、黒を基調とする、かっちりとした衣装を着こなしている。


 ルーナは、この女性の服装が気にかかった。

 

(この方の服……帝国騎士団の制服では?)


 ヴァルトシュタイン帝国の騎士団員が着用する制服。しかも、おそらく女性向けに仕立てられているもの。

 それを纏う彼女は、きっと騎士なのだろう。


 本物の女性騎士――ルーナにとっては初めて見る存在だ。

 女性の騎士という存在を、これまでは物語や他国の噂話程度でしか知らなかった。オードラン国の騎士団には、女性はひとりもいなかったからだ。


「ああ、リュシエンヌか」


 マリウスが女性の名を呼んだ。


(リュシエンヌ様というのね)


 赤髪の女性――リュシエンヌは、ルーナに向かって美しい姿勢で一礼した。

 所作の美しさは、一朝一夕で身につくようなものではない。貴族としての教育を受けてきた、ご令嬢であろうことが伺えた。


 おそらく貴族であろう彼女とは、帝国に渡った後で、再び顔を合わせる可能性が高いだろう。

 しっかり覚えておこうと、ルーナは頭の中で彼女の名を反芻した。

 

「お出迎えが遅れてしまい、申し訳ございません」

「立て込んでいたのだろう。予定を繰り上げて準備を急がせたのは僕だ、気にするな。さあ、頭を上げるんだ」

「お気遣いに感謝いたします」

「状況はどうだ」

「有事に備え、できる限りの下準備は進めておりましたが……なにぶん、大きな動きが出たのが急でしたから。すぐに、というのは難しい状態です。もうしばらくお待ち頂くことになるかと」


 マリウスの言動は、皇子という立場に似つかわしいものになっていた。先程までルーナに向けていた甘い雰囲気は、すっかり鳴りを潜めている。


(そういえば……いつの間に連絡をとっていたのかしら)


 ルーナが公館へやってきたのは突然のことだったはずだが、リュシエンヌが特に驚いている様子はない。どういう訳か、すでに話は通っているようだ。


 不思議に思うルーナをよそに、二人は話を続けている。


(下準備という言葉が聞こえたような……これは、内々の計画に関する話? 聞いていたら、私がマリウス様に連れ出された本当の理由が分かるかもしれない)


 とはいえ、興味津々という様子を見せるのは良くない。

 横で何か話が始まったとしても、本来はあまり聞き耳を立てず、素知らぬふりをするのがマナーというものだ。

 聞こえていない風を装って、ルーナは遠くを見つめておく。


 その間も、二人の会話は続いている。


「して、殿下。お隣におられるお方が――」

「ああ、ルーナだ」


(えっ、私!?)


 まさか名前を呼ばれるとは。少し気を抜いていたので、驚いてしまった。


「直接のご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません。私はヴァルトシュタイン帝国の貴族、ロアン伯爵家の子女、リュシエンヌ・アニーと申します。伯爵家が持つ爵位のひとつである、カヴァリエ男爵を名乗らせていただいております」


 令嬢ではなく、騎士としての礼――リュシエンヌは胸に手を当て、頭を下げた。やはり無駄のない所作だ。

 対するルーナは、貴族令嬢らしくカーテシーで応じた。


「お初にお目にかかります。私はオードラン国の貴族家、ベルニエ公爵家の息女。ルーナ・フランソワーズ・ベルニエと申します。元貴族、と言った方が相応しいかもしれませんが……」

 

 (国外追放となった私が、貴族を称してもいいのかしら。こういう状況の時、どう名乗るのが適切なのか分からないわ)


 自分で名乗りながら、ふと疑問に思ってしまった。そんなルーナの考えを察してか、マリウスが声をかけた。


「僕はリオネル王子の行動に便乗して君を連れてきているから、あまり悪し様に言うべきではないけれど……あのような婚約破棄、国王の許しは得ているとは思えない。国外追放もそうだ。だから、身分は喪失していないと考え、これまで通り振る舞うべきだ」


 (便乗して国外追放を促したのは私だから、私もあまり悪くは言えない立場だけれど)


 とはいえ、自身の立ち位置が定まっていないと困るのは確かだ。


「マリウス様が仰るのであれば。私は貴族として、これまで通り振る舞うことと致します」


 マリウスは「それでいい」といった様子で深く頷いた。


「さて、まだ互いの挨拶の途中だったね。話を戻そうか。ルーナは、我が帝国でも名が知れ渡っている優秀な精霊術士だ。そしてリュシエンヌは、帝国内で指折りの技量を持つ魔法剣士なんだ。僕の近衛騎士の一人として、よく仕えてくれている」

「魔法剣士……!」


 ルーナは驚きの声を上げた。

 皇族であるマリウスへ、対面で直に報告することを許されている。そのことから、彼女がマリウスに近しい立場――近衛騎士などを務めているのだろうということは予想していたが。

 まさか魔法剣士だとは思わなかった。


「はい。まだまだ至らぬ点も多い若輩者ですが、マリウス殿下の近衛として、末席に名を連ねさせて頂いております」


 そんなリュシエンヌの言葉に、マリウスは苦笑いを浮かべる。


「謙遜はよせ、リュシエンヌ。君は末席どころか、我が近衛騎士団の筆頭じゃないか」


 これはマリウスの言葉通りだろう。

 魔法剣士を名乗れるということは、魔法と剣術の両方を、実戦運用に耐えうるほどの高水準で修めている。そんな難しい条件を満たした、数少ない実力者である証左だ。

 どれだけ年若い者であっても、指折りの強者として扱われるのは当然といえる。


「皇族の筆頭騎士……。あなた様のような素晴らしいお方と出会えて、光栄に思います。実は私、女性の騎士様も魔法剣士のお方も、お会いするのは生まれて初めてで……ちょっと興奮しています」


 天才魔導士と称されるマリウスに続き、希少な魔法剣士であるリュシエンヌ。

 その分野の傑物といえる人物と立て続けに会うことができた幸運を、ルーナは噛みしめていた。


 つい前のめりな心持ちになり、質問の嵐を投げつけかねない状態だったルーナを、リュシエンヌの一言が踏みとどまらせた。


「ルーナ様。この場の私は令嬢ではなく、一介の騎士でございます。どうぞ、私のことはリュシエンヌとお呼びください」

「はっ、これは大変な失礼を……じゃなかった。ごめんなさい、リュシエンヌ。ご令嬢と普段お話しするときのような態度を取ってしまったわ。これから、接し方を改めていくわね」


(やってしまったわ……)


 自分の好奇心を優先しようとした上に、ご令嬢として接してしまった。騎士としての職務を全うする人への態度として適切ではなかったと、ルーナは反省した。

 一方のリュシエンヌは、焦った様子で大きな声を上げる。


「い、いえ! 決してルーナ様が悪い訳ではないのです! 私なぞに謝られる必要はありません!」


「そんなに卑屈になるな。ルーナだって困ってしまうだろう? 普段通りの立ち居振る舞いを意識するんだ」

「も、申し訳ございません、マリウス様、ルーナ様。つい取り乱してしまい……」


(どうしたのかしら……)


 ルーナはうまく状況が飲み込めず、やや困惑していた。とはいえ、マリウスの一言でうまく解決したようだ。


「二人の顔合わせも済んだし、僕は少しだけ席を外すよ。離れがたいけれど、ちょっと野暮用があってね。リュシエンヌ、くれぐれもルーナのことを頼んだ」

「承知致しました、マリウス様」

「さあ、ルーナ様。こちらへどうぞ、お部屋へご案内致します」


 ルーナは、リュシエンヌの案内で賓客用の部屋へ向かうことになった。

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