【第416話】世界を賭けた戦い
緑の丘陵地帯に、夏の頃には不似合いな冷たい風が吹き抜ける。
息を潜めた者たちが、屠るべき敵を待つ。
初めに聞こえる、大地を揺さぶる音。
やがてそれは、地平線に姿を現す。
双頭龍、大災厄ヴリトラ。
距離は4000m。
未だ魔導砲機の射程距離には至らない。
逸る闘志を抑え、沈黙を貫く。
敵もまだ、連合軍に気づいていない。
焦りは禁物だ。
非常にゆっくりとした速度で、だが確実に距離は詰まり、そのあまりにも非常識な姿が露わになる。
シリューたちの潜む塹壕は戦場の最も突出した位置にあり、ヴリトラからの距離はもう500mを切っていた。
「やっば、ナニあれ……あり得なくない?」
塹壕の偽装から覗くヴリトラの巨体を目の当たりにして、有希は驚愕の表情を浮かべる。
有希だけではない。
「でか過ぎだろ……」
「あんなのが、動くんだ……」
「もう、山……ですね……」
シリューの報告を受けていたにもかかわらず、想像を遥かに超えた大きさに誰もが息を飲む。
「あそこまで巨大なのは、初めて見た……」
幾度も大災厄との戦いに身を投じてきたアリエル。
その彼女にしても、ここまでの怪物は見た事がなかった。
「シリューさん……よく初見でアレと戦ったりできましたね……」
ミリアムが直人たちに聞こえないように囁く。
「まあね」
「褒めていないわ……」
「まあ、勇気と無謀は紙一重だけど……」
「あの程度の怪我で済んだのは、奇跡としか言いようが……」
ハーティアもクリスティーナもパティーユも、後の言葉が続かない。
湧き上がる不安は、いとも容易く皆の恐怖を煽る。
重く圧し掛かる空気が支配するその場で、シリューだけが涼し気に笑う。
「大丈夫。どんなにでかいやつでも、限界以上の攻撃を受ければ死ぬ。恐竜だって滅びたんだ、あいつだって滅ぼせるさ」
アリエルがその言葉に続く。
「神様は、乗り越えられない試練を与えない。今までだってずっと勝ってきた。だから、今回もきっと勝てるよ」
アリエルの言葉には、実戦に裏打ちされた説得力がある。
「明日見さん。恐竜を滅ぼしたのは隕石ですよ」
「うん、つい勢いで言っちゃった。後半は忘れて」
意味の分かる召喚組も、意味の分からない異世界組も、全員の頬が緩む。
「サンキューな、明日見。アリエル様も」
誰の心にも、もう恐怖は残っていなかった。
後は合図を待つだけ。
緊迫した時間は流れてゆき、遂にヴリトラが火砲の射程内へ入る。
連合軍の存在に気づいた従魔竜の群れも、ほぼ同時に動き出した。
待つだけの時間が終わりを告げる。
「今だ! 偽装を解け! 攻撃開始!!」
ドクの号令と共に号音喇叭叭が吹き鳴らされ、魔導砲機が次々と火を噴き、その轟音を合図に騎士団と魔導士団が一斉に進撃を開始。
「俺たちも行くぞ!」
偽装を振り払い、直人たちが飛び出す。
「先行しすぎないように! 全員で進みます!」
逸りがちな直人を軽く諫め、シリューは皆が遅れない速度で先導する。
空中を自在に飛び回る従魔竜に、単独での対応は不利だ。
「悪い。つい、な」
「落ち着いて行きましょう」
ヴリトラの足元にたどり着くまでは全員で行動し、接近後に近接組と支援組に分かれる。
それが今回、シリューたちの戦術だった。
「来ます!」
エマーシュが叫ぶ。
連合軍へと向かっていた従魔竜の一部が、シリューたちの存在に気付き方向を変えたのだ。
「皆、油断するなよ。バーニング!」
直人が、シリューたちを含めた全員の戦闘能力を上昇させる。
効果はほぼ10倍。
時間も以前より大幅に延長している。
「バスター!」
恵梨香の固有スキル。
こちらも相当に強化され、広範囲の敵を弱体化させた。
「闇を晴らす夜明けの煌めき、目覚めの時の祝福を祈りここに捧げん。玲瓏の福音!」
パティーユが支援魔法を詠唱。
反射反応速度を高め、体力の消耗を大きく抑える聖魔法に続けて、光の幕を纏い魔法及び物理的ダメージを軽減する防御魔法。
「深緑を見守る天空の瞬きよ、勇気ある者に静寂の加護を与え賜え。星光の守護!」
「瑪那の瀞光!」
消耗したパティーユの魔力を、すかさずシリューが補填する。
「行くぞぉぉ!!」
この世界を賭けた戦いの幕が切って落とされた。




