【第413話】繋がるキズナ
「ミリアム? どうしたんだ、こんな所で」
物思いにふけっていたせいで、ミリアムの存在に全く気付かなかった。
「シリューさんを待ってました」
いつもと変わらない朗らかなミリアム笑顔が、今は何処か寂しそうに見える。
「あの……」
何か言いたげなミリアムを、急かさずに黙って待つ。
「日向さんたちと、何のお話し……ああ待って、やっぱりいいですっ」
言いかけた途中で、ミリアムは両手を突き出しぷるぷると振った。
「いいの? 別に隠すような事じゃないけど。ほら、この戦いが終わって……」
「やだやだ、やめて、聞きたくないっ。聞いたら私、泣きますよっ」
今度は両耳を手で塞いで、髪が乱れるものお構いなしに首を振る。
久々に聞くその台詞と仕草に、シリューは思わず吹き出してしまう。
「てか、それさ、泣いた事ないだろ」
ミリアムのその言葉が、ほとんど脅迫に近い事をシリューは知っている。
だからこそ、ミリアムが泣かずに済むよう、最大限に努力してきたつもりだ。
「はい。だから泣くのは……最後に、一回だけでいいんです」
「え……?」
ミリアムは慈愛に満ちた表情でシリューを見つめた。
「……私たち多分、最初の印象はお互い最悪でしたよね……」
「まあ……そう、かな」
シリューはミリアムの意図が読めず首を傾げる。
昔話をしたい、という訳でもなさそうだ。
「でも、それからはずっと一緒で、無理矢理くっ付いてきた私に、シリューさんは優しくて、いっぱい、助けてくれて……」
感情が込み上げたのか、ミリアムは言葉に詰まり胸を押さえる。
それから空を見上げ、大きくゆっくりと息をつく。
まるで、心の負担を全て吐き出すように。
涙が、零れてしまわないように。
「シリューさん、私は……私は、いつでもシリューさんの味方です。例えどんなに離れても、私の心はシリューさんと共にあります」
「ミリアム……」
「えっと、何が言いたいかっていうと、つまり、最後まであと少し、一緒に頑張りましょうね!」
「ああ、そうだな。一緒に頑張ろう」
ゆっくりと頷いたミリアムは、両手を胸の前で組む。
それから――。
「あなたの未来に、幸多からんことを」
麗らかな春の日差しのように微笑む。
「ミリアム……」
それはまるで、別れの言葉のように聞こえた。
「——ありがとう」
シリューは、問い返しはしなかった。
「あ、そうだ。他の皆にも声を掛けてあげてくださいね」
念を押すようにそう言って、ミリアムは駆けてゆく。
「そうか……そうだよな……」
遠ざかるミリアムの背中を、赤い夕陽が照らす。
見送り、見送られる時を暗示するかのように。
◇◇◇◇◇
「……皆と、話してみるか」
戦いが終わったとしても、ゆっくり話す機会があるとは限らない。
シリューは先ず、部屋に居るはずのハーティアを訪ねる。
「珍しいわね。貴方が私の部屋に来るなんて」
少し驚きはしたものの、ハーティアはすんなりと中へ招き入れた。
「あ、いや、不味かったかな……」
宿舎とはいえ、ここは女の子の部屋。改めて我に返ると少し気恥ずかしい。
「別に、不味くはないわ。ミリアムの部屋にだって、入った事はあるのでしょう?」
「や、無い無いっ。誰の部屋にも入った事ない」
シリューは意味もなく全力で否定した。
「そう? では、私が貴方の初めてという事ね。光栄だわ」
「え……え?」
何か言い方に問題があるような気がするが、そこは追及しないでおく。
「それで、どうしたの?」
「えっと、そう。身体の調子はどう?」
「御覧の通り、すこぶる良好よ……って、もしかして、ミリアムに話してこいとか言われたの?」
確かにその通りだったが、それを口にしない程度にはシリューも成長していた。
「そうじゃないよ。大きな戦いの前だからさ、気になったんだ」
その言葉に嘘はない。
病気が完治したとはいえ魔素循環障害自体は残ったまま、再発しないためには、定期的に浄化魔法を受ける必要があった。
「ありがとう、大丈夫よ……」
ただ、ハーティアはシリューのその態度に何かを悟ったようだ。
「ねえシリュー、魔素の浄化はミリアムかパティーユがやってくれるわ。だから、本当にもう大丈夫。安心して、ね。私は貴方に恩を返したいけれど、でもけっして、貴方の重荷にはなりたくない、貴方をたった一つの事に縛り付けたくはない」
猫耳をぴんっと立てて、ハーティアは花のような微笑を浮かべる。
その笑顔に、以前のような儚さはない。
両手を胸に重ね、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「私は、貴方のお陰でこれからも生きていける。貴方にも、貴方の思う人生を生きてほしい。大丈夫、もしも私たちの人生が交わらない所にあるとしても、私たちは、ずっと繋がっているから」
「ハーティア……」
「さ、もう行って。泣き顔を見られたくはないわ」
ハーティアはもう意地を張りはしない。
そしてシリューも。




