【第412話】あの日の約束
その後、二日間に渡ってシリューはヴリトラの偵察を続けた。
無人の街を破壊したヴリトラは方向を変え、予測通りサラフを次のターゲットに定めた。
夜は動きを止めているがけっして眠っているわけではなく、近づけば即座に攻撃を仕掛けてくる。
「闇夜の中じゃ、こっちが圧倒的に不利だな……」
ただ、夜間は500m以上の距離では反応もなく、例え近づいて戦闘になっても、500mを越えて逃げればそれ以上は追ってこない。
「悪いなドク、そのくらいしか情報がなくて」
「いや、十分さ。夜はこちらも休めるって事が分かったんだからな。お疲れさん、シリュー」
サラフ近辺に現れるのは、進行速度からみて二日後。
途中の丘陵地帯に全軍を展開しヴリトラを迎え撃つ。
当然の事ながら、近接戦闘を挑む勇者パーティーと銀の羽が、この作戦の主幹となる。
連合軍の騎士団・魔導士団は、彼らのサポートと敵の攪乱。
固定式魔導榴砲及び魔法弩弓の魔導砲機は丘の上に設置し簡易結界で防衛、移動式の戦車部隊のうち一式はヴリトラへ攻撃を、二式は遊撃を担う。
フレンドリーファイアを防ぐため、騎士団・魔導士団はヴリトラの右側、それ以外の火砲は勇者を援護する一部を除き左側に展開する。
以上が作戦の概要だ。
今回は直人もシリューも軍への指示は出さない。
おそらくそんな余裕もないだろう。
「明日見、ちょっといいか?」
最終会議の後、宿舎に戻ろうとしたシリューを直人が呼び止めた。
「あ、はい。えっと……」
シリューはミリアムたちを振り向く。
「悪いんだけど、ちょっと明日見を借りるよ」
どうやら自分たち召喚者だけで話そう、という事らしい。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
笑顔で見送るミリアムに手を振り、直人についてゆく。
「とりあえず、入ってくれ」
案内された部屋に入ると、そこには既に有希、ほのか、恵梨香が揃っていた。
「どうしたんです?」
「ま、ま、座って。ね」
シリューが尋ねると、有希が笑って椅子を勧める。
円形のテーブルに椅子が五つ。
シリューはその一つ、直人と有希の間に腰掛ける。
「えっと……」
何の話しなのか、気にはなるが言い出せる雰囲気ではない。
皆表情は穏やかだが、心に何か秘めているように見える。
最初に口を開いたのは直人だった。
「なあ、覚えてるか? 初めてこっちに来た時の事」
それはシリューだけでなく、全員への問いかけ。
「なんか、ちょっと懐かしいねぇ」
「あの時も、こうやって五人で話しましたね……」
そう言われて、シリューはあの日の事を思い返す。
「そうですね」
あれから随分と時間が過ぎた。
色々な事が矢継ぎ早に起こったせいで、ゆっくりと思い出すような時間もなかったが。
「やっと、帰れるな……」
直人は深く息をして呟いた。
そしてシリューは悟る。
今まで彼らがけっして表に出さなかっただろう思いに。
「これで、やっと……家族に会える」
有希の瞳には、零れ落ちそうなほど涙が滲んでいる。
「お母さんの料理、早くたべたいなぁ」
「小学生の弟に、プラモデルを作ってやる約束してるんです……」
ほのかと恵梨香は、少し俯いて笑みを浮かべた。
「でも、帰ったら受験地獄だけどな」
「それでいいんよ。今なら、どんな大学も合格できそう」
「それな。魔法とかは使えなくなるって事だけど、ここでの経験はぜってぇ無駄にはなんねぇ」
「直人くんは大学でも野球続けるんだよねぇ。僚くんは?」
「え……」
不意に尋ねられて、シリューは戸惑う。
「俺は……」
「陸上、続けるんだろ? お前ならさ、オリンピックも夢じゃないって」
正直、何も考えていなかった。
「それも、悪くないかな……」
「で、直人はメジャーを目指す?」
「いいですね、男の子は夢があって」
すかさず有希と恵梨香が冗談めかして笑う。
「お前らだって、何かあるだろ」
皆、さっきまでの焦りや緊張がほぐれたようだ。
「明日見」
直人がいきなりシリューに真顔を向ける。
「あの時の約束だ。大災厄をやっつけて、元の世界に、俺たちの世界に帰ろう。俺たち五人で、さ」
「そう、ですね……」
はい。と答えられず、シリュー返事は曖昧なものになってしまった。
「僚くん? まさか、帰らないわけじゃないよね?」
「いや、そんな」
ほのかが怪訝な顔で尋ねたが、シリューはそれにも言葉を濁し、「用事があるから」そ、早々に部屋を出た。
「……元の世界、か……そうだよな」
直人たちの心は、もう既に故郷へと向いているのだろう。
「俺は……」
心が揺らぐ。
残して来た友人たち、届かなかった目標、捨てきれない思い出の数々。
大好きだった珈琲の味も香りも、もう思い出せなくなってしまった。
自分の宿舎へ向かう途中。
「シリューさん」
大きな広葉樹の幹にもたれたミリアムが、シリューを呼び止めた。




