【第405話】大災厄
「ん?」
前方に注意しながら一時間ほど飛んだだろうか。
パッシブモードの探査に掛かるよりも早く、シリューは地平線の彼方に目標らしき影を見つけた。
「望遠モード」
視覚が切り替わり、ただの影に見えていたものがぼんやりと輪郭を現す。
「何だ……」
地上を進んでいる本体の上部に、黒い靄が掛かっているようだが、距離があり過ぎてはっきりしない。
更に近づき望遠の倍率を上げる。
今度は視界いっぱいに対象の全貌が映し出された。
長めの首が二本、横幅にたいして体高のある縦長の体躯。
脚は体側からやや横に張り出し、躰を持ち上げるように歩いている。
「双頭龍か……正面からじゃ、分かり辛いな……」
シリューは慎重に距離を詰めながら、対象の側面にまわった。
全体のシルエットは、鳥脚類の恐竜といったところだろうか。
太く長い二本の首をもたげ、丘のように盛り上がった背中から翼のような腕が伸びる。
全身の至る所に刃物のような棘を生やし、背中は青く腹は土色で所々が赤色に発光している。
頭の形は左右同じだが、右は稲妻のような角が二本と短い牙の並ぶ口、左はまっすぐな角が一本、上下の顎には鋭く尖った四本の牙が覗く。
報告の通り、全長は1000m以上、体高も200mを超えているだろう。
「まるで、インド神話の『ヴリトラ』だな」
(古代インドのカシュヤパが神に対抗するため炎の中から生み出した『ヴリトラ』は、巨大な体で天から流れる川を塞き止め、太陽さえ暗黒に包んだとされる。ただし首は一つ)
黒い靄に見えたのは前足のある従魔竜の群れで、ワイバーンよりも小型だがイロウシュットのものよりも大きく数もはるかに多い。
歩く速度は時速2、3Km程度だろうか。
進んでいる方向が北北東という事は、真っすぐにサラフを目指しているわけではなく、付近の街か村に向かっているようだ。
「このペースだと、サラフまで三、四日ってとこか」
連合軍の集結と配置もそれまでには完了するだろう。
だが、あれほどの巨体を相手に、どう戦えばいいのか。
効率的な作戦を立てるためにも、敵の能力と火力は把握しておきたい。
「皆にはああ言ったけど……そうもいかないよな」
シリューは視覚を通常に戻し、ゆっくりと地上に降りる。
大災厄までの距離は、地平線とほぼ同じおよそ4000m。
その巨体故にシリューからは黒い点として見えているが、相手にシリューは見えていないはずだ。
「ヴリトラ、お前はどこで気付くかな?」
ヴリトラと呼ぶことに決めた大災厄に向かって駆け出す。
早過ぎず遅すぎず、この世界の一般人と同程度の速度を保ちつつ、相手に認知される距離を測る。
およそ300m走った所で、従魔竜の数体が群れから離れシリューに向かって飛び始めた。
「4Kmを切ったら攻撃態勢に入るってわけだ。猛禽類並みか、それ以上の視力だな」
魔力の無いシリューをこの距離で捉えたという事は、そう考えていいだろう。
ただ、攻撃の判断を下したのがヴリトラ本体なのか、従魔竜自体なのかは分からない。
どちらにしろ、本体は進行方向を維持したままだ。
攻撃の種類と射程距離を見極めるため、シリューはその場で停止し従魔竜の接近を待つ。
向かってくる従魔竜の数は五体。
「一人の人間も見逃さないってか……どんだけ殺意高いんだよ……」
偵察が上手くいかなかったのも頷ける。
たった一人を相手に五体なら、偵察隊には何体を差し向けたのか。
偵察隊だけではない。
従魔竜の数はざっと見ただけでも五百は下らない。
その数が3km以上も先から一気に襲って来るのだ。
これでは例え監視体制を取っていたとしても、ヴリトラを見つけてからの避難は間に合わないだろう。
詳しくは聞かなかったが、壊滅した三つの都市の惨状が目に浮かぶ。
従魔竜の大軍が先行して人々を襲い、本体が都市を破壊する。
情報がほとんどないのは、生き延びた人がいないから。
「お前たちの目的って何だ……何のために存在してる……」
現在の距離はおよそ2000m。まだ特に目立った動きはない。
1000m。
ここでシリューの射程に入る。
「ストライク・アイ(統合目標指定システム)起動」
視界に映る五体の従魔竜に赤いマーカーが表示されロックオンが完了するが、こちらからの先制攻撃は控える。
800、500、300……。
そして目測で100mを切った直後。
五体の従魔竜が一斉に口を開け、青白い光弾を放った。




