【第402話】俺は……
アスラと自分との違いは何だったのか。
自分にあてがわれた部屋のベッドで、シリューはもう一人の自分の事を考えていた。
だが、考えれば考えるほど、その差は曖昧なものに思えてくる。
もしも、この時代にやって来たのがアスラの方だったとしたら。
アスラは皆に支えられ、感謝の心を抱きながら英雄となれたのか。
それとも、パティーユや環境を憎んで、やはり魔神になる道を選んだのか。
もしも、過去に飛ばされていたのが自分の方だったら。
「俺も、同じ事をしたのかな……」
アスラは生き延びるために、何人もの人を殺した。
その事で多くの人の恨みを買い、アリエルに裏切られたと思い込んだまま、最後は兵士に囲まれ惨たらしく殺されたが、はたしてそれを、因果応報だと言い切れるだろうか。
何も知らなければ、恨みを抱く暇もなく毒殺されていたのかもしれない。
だがアスラは、事前にその企みを知ってしまった。
黙って殺されるなど、受け入れられるはずもない。
「俺だって、逃げるよな……」
そして、同じ結末を迎え魔神となっていたのか。
それを完全に否定する事はできなかった。
「ああ、止め止めっ。タラレバなんて、考えるだけムダ!」
シリューはベッドから起き上がって上着を羽織る。
「ん、ご主人様……?」
「ああごめん、ごめん。ちょっと一人で散歩してくるよ」
寝ぼけ眼のヒスイに声を掛け、静かに部屋を出た。
どうにもここは落ち着かない。
夜風に当たりながら星空を眺めたら、少しは気分も晴れるだろうか。
そう思って中庭に出ると、思いがけない先客がいた。
「アリエルさん?」
声を掛けると、アリエルは驚く様子もなく静かに振り返る。
「こんばんは、シリュー様。わたくしの事は『アリエル』でいいよ」
「えっと、じゃあアリエル。俺の事も『様』付けは止めて」
「うん、わかった。じゃあ、昔みたいに『僚ちゃん』って呼ぼうか……あ、それとも『シリューちゃん』の方がいい?」
どちらも『ちゃん』付けなのは変わらないようだ。
「どっちでも、好きな方で」
アリエルは暫く考えた末に、『シリューちゃん』を選んだ。
「それって、過去の俺……アスラと区別するため?」
「そう。でも、それだけじゃない……わたくしにとって、彼は今でも『明日見僚』なの。だから本当は、アスラなんて呼びたくない」
複雑な感情が、シリューの中に沸き上がる。
1500年前のあの時、アリエルはたしかに美亜だった。
そして、美亜の記憶を持った状態で出会った明日見僚こそが、彼女にとっての『僚ちゃん』なのだろう。
「ありがとう……」
シリューは何故かそう呟いていた。
「ん?」
お礼を言われた事に、アリエルは少々戸惑いをみせる。
「ああ、いや……もしかしたら、アイツと俺が入れ替わって、俺が過去に行って、そしたら此処にいたのは、アイツかもしれないと思って……」
上手く説明はできなかった。
「それを考えて、眠れなかったの?」
「まあ、そんなトコ……」
そんな事を考えても、答えは出ないと分かってはいる。
「君は、同じだと思っているんだね」
尋ねる、というより、断定に近い言い方したアリエル。
「俺もアイツも、元は一人の俺だったんだ。だから……」
「だから、全く同じ人格の、全く同じ人物だと?」
アリエルは、違うと言いたいのだろうか。
「本当に、そうかな? じゃあ君は、彼と同じ立場に立った時、彼と同じ事をしたと思う? 同じ事ができると思う?」
「それは……」
逃げるために、躊躇なく人を殺せただろうか。
兵士だけでなく、抵抗もできない老人まで。
もしそれができたとして、この世界に復讐したいと思うだろうか。
シリューは何度も首を振った。
「俺は……」
多分できない。いや、そんな事はしたくない。
「君は、恨みもしなかったし、復讐もしなかったよ」
シリューが望んだのは、平穏な日々と、和解できる日。
おそらく、それは過去であっても変わらなかっただろう。
「わたくしから分かれた魂を持っていても、運命の乙女がそれぞれ別の人格なように、元は一人の明日見僚から分かれた君たちも、別々の人格の、別々の人じゃないのかな」
「俺は俺、アイツはアイツって事?」
アリエルは大きく、そしてゆっくりと頷いた。
「そうか……」
始めから、誰かにそう言ってもらう事を望んでいたのだろう。
心がすっと軽くなる。
「そう言えば……君はどうして、こんな時間にこんな所にいたんだ?」
今更ながら、気が付いたようにシリューは尋ねた。
「此処にくれば、君と会えるような気がして」
それが本気なのかは分からない。
「それも、君の能力?」
「さあ、どうかな」
月明りを纏ったアリエルは、シリューの心を照らすように、ほんの少し笑った。




