【第400話】希望の代価
「どこで間違ったのかな、私たち……」
心臓を封印したオーブが運ばれてゆくのを、アリエルはただ呆然と見送りながら、右手に持ったペンダントに語り掛けた。
答えはない。
封印されたアスラの魂に、アリエルの言葉は届かない。
いや、もう随分前から、届いてはいなかった。
「間違ったのは、君たちだけじゃない」
声が聞こえた瞬間、アリエルは真っ白な世界にいた。
「君は……メビウス……」
そして、目の前には白いフードの少年。
転生の時に会って以来だからもう80年以上になるはずなのに、メビウスの姿は全く変わっていない。
「私たちだけじゃないって、どういう事?」
アリエルは訝しむように尋ねた。
「少し状況は複雑でね、うん、結論から話そうか。実は、今から1500年後の世界にも、明日見僚が召喚される」
「どういう事? 僚ちゃんはもう……」
メビウスの言葉の意味は理解し難い。
それも以前と変わらないようだ。
「召喚のシステムに不具合があってね。本来は想定されていなかった彼が、こちらの世界に召喚されてしまったんだ」
「不具合? ただ巻き込まれただけじゃなかったの?」
〝高校生たちの召喚に巻き込まれた〟
僚はそう話していた。
高校生?
僚と一緒に召喚されたのは、明らかに平安時代の人物たちだ。
では、その高校生たちはどうなったのだろう。
「うん、気付いたみたいだね。彼らは正しく、1500年後のこちらに召喚された」
された、と過去形で話した事にアリエルは違和感を覚えるが、今それを追求する気はない。
「どうして、二つの違う時代に僚ちゃんが? まさか、二人に別れた訳じゃないでしょう?」
それは半ば皮肉のつもりだった。
だが、メビウスはそれをあっさりと肯定した。
「彼はある力の干渉によって、本来は影響を受けないはずの召喚領域に引き込まれた。それだけではなく、その力は時空を超えた二つの点へ、彼を同時に存在させる事となった。君の知ってる言葉を使えばそう、一つのファイルをPCと外部HDに保存したようなもの、かな。これは僕も想定外だったよ」
そして明日見僚は、現在と未来の二人に別れた存在となった。
どれ程の力が召喚に影響を与えたのだろうか。
無理に干渉してまで、彼をこの世界に呼び寄せたかったものとは……。
どくん。
アリエルの心臓が跳ねた。
全身から血の気が引き、酷い眩暈に襲われる。
凍えたように、震えが止まらない。
「……まさか……その力って……」
否定してほしかった。
そんな力はないと。
アリエルは、縋るような思いでメビウスを見つめる。
「残念ながら、君の思った通りだよ。召喚に干渉し、明日見僚を呼び寄せたのは、君だ。君の彼への強い想いが、世界のシステムを狂わせたんだ」
責めるような口調ではなかった。
メビウスは同情的ですらあった。
「そ、そんな……僚ちゃんっ」
アリエルは力なく膝をつく。
「私が……私のせいで、僚ちゃんはっ……」
零れ落ちる涙が、膝元で音をたてる。
もういい。
この世界も、自分自身も。
アリエルは、そっと腰の短剣に手を伸ばす。
だがその行為をメビウスが止めた。
「急がないで。まだ希望はある」
「え……」
柄に掛けた手を放し、アリエルはメビウスを見上げる。
「何もしなかったら、未来の明日見僚も魔神になる。でも、それを回避して彼を救う方法はある」
そう未来だ。
未来の僚は、まだ生きている。
「教えて! 何でもする! 僚ちゃんを救えるなら、何でもできるから!!」
何を失ってもいい、この身を犠牲にする事も厭わない。
「本当に、そう思うかい?」
アリエルは力強く頷く。
「君にとって、死よりも辛い事だとしても?」
メビウスは分かっているのだろうか。
アリエルにとって、何もせずにいる事こそ最も辛い事なのだと。
アリエルはもう一度頷いて見せた。
その覚悟を、メビウスも認めた。
「君の魂を五つに分けて一つは君に残し、四つは未来に生まれる乙女の中へ送る。その乙女たちが明日見僚と繋がり、彼の心を光に導く事ができれば、未来の彼も、魔神として封印された彼も、両方を救える可能性がある」
「わかった、問題ないわ。それで、辛い事って?」
どんなに辛く苦しい事にも耐えてみせる。
「先ず、君の力は大幅に低下する。それから……」
メビウスは一旦言葉を切ってアリエルを見つめた。
「君は前世の、森崎美亜としての記憶と、人としての感情を代価として払わなければならない。それでも、この方法をとるかい?」
アリエルに迷いはなかった。
「ええ。彼を救えるのなら」
「分かった、では契約だ」
メビウスが指を鳴らす。
アリエルの中から何かが抜けてゆく。
それは、アリエルから分かれて、未来へ飛び立つ四つの魂。
「乙女たちが滞りなく明日見僚と出会えるよう、調整しておくよ。これは僕からのお詫びだ」
全てが終わった後、再び荒野の中にアリエルはいた。
「わたくしは……」
メビウスとの契約通り、感情と美亜としての記憶を失った状態で。
それから1500年後。
分かれたアリエルの魂を持って、『運命の乙女』たちは生まれた。




