【第399話】今ここにある希望
「エターナエル様が……」
敬虔な信者であり神官のミリアムは、羨望の眼差しをアリエルに向けた。
「やっぱり……アイツが関わってるのか……」
シリューは複雑な表情を浮かべて呟く。
たとえ記憶を失っているとしても、美亜を転生させてくれた事には感謝しかない。
だが、素直に喜ぶ事ができないのも事実だ。
「そして1500年前、わたくしが85歳の時に、もう一人の僚ち……アスラがこの世界に召喚された……」
「その部分は、俺から話すよ」
アリエルに代わって、シリューは自分が見た過去を語った。
アスラもシリューと同じく、望まれない召喚者であり呪いの元凶であった事。
暗殺の密計を知り、逃亡を図った事。
逃走の過程で、何人もの命を躊躇なく奪った事も。
その中には、兵士や野盗だけでなく、ただの老人も含まれていた。
「もう一人のシリューさんが……そんな事を……」
ミリアムはかなりショックを受けているようだ。
「でも、分からなくはないかな」
クリスティーナはどちらかといえば共感的に受け止め、ハーティアとパティーユはあえて何も口にしなかった。
「わたくしは、彼を探してようやく会う事ができた。あの頃はまだ、美亜としての記憶も感情もあったから、とても嬉しかったんだと思う」
アリエルは二人の再会と逃避行、それからアスラが殺されるまでを淡々と語った。
「アイツは、裏切られたと思い込んだまま死んだ。復讐と世界の破滅を望みながらね」
そして、アスラは魔神となった。
ここからは、シリューも知らない真実の物語だ。
「それから……」
人知れず復活を果たしたアスラが再び姿を現したのは、大災厄と勇者との決戦の時だった。
長い戦いの末に勇者は大災厄を追い詰める。
だが、最後の一撃を振るう直前に介入したアスラが、既に虫の息だった大災厄にとどめを刺す。
巨大な大災厄の体は消滅し、浄化される事もなくアスラに取り込まれ、ここに魔神が誕生した。
その後。
全ての国々に戦線布告したアスラは、数か月を掛けて殺戮を繰り返し、世界を恐怖と混乱に陥れその半分を破壊する。
「僚ちゃん、お願い。もうやめて……」
アリエルは、草も木も枯れ果てて真っ黒な雲に覆われた荒野に立ち、アスラ・シュレーシュタと対峙していた。
神々しいはずの三柱の龍が目の光を失って横たわり、肉の焼けるような臭いと、夥しい死体が大地を埋め尽くす動く者のいない地獄絵図の中。
アスラはそれらを見渡し、冷酷な笑みを浮かべる。
「命乞いか? 安心しろ、お前はまだ殺さん。世界が破滅し、全ての命が死に絶える様を、その目に焼き付けるがいい」
この世界への復讐。
アスラの心には、もはやそれしか残されていなかった。
「ごめんね、僚ちゃん……貴方を、救いたかった……」
大粒の涙を零し、アリエルが手にした神弓を引き絞る。
「救うだと? 裏切り者が、戯言を!」
どんな言葉も、アスラの耳には届かない。
「愛しています……僚……」
そして、放たれた光の矢が、アスラの胸を射抜く。
「馬鹿な……何故お前にこんな力がっ……」
「それはこの星の意志。眠って……僚ちゃん」
アリエルが掲げたローズクォーツのペンダントが、アスラの魂を捕らえて吸い込む。
同時にアスラの肉体は灰となって消え、光の矢が刺さったままの心臓が、ゆっくりと地上に落ちてゆく。
一瞬、光の矢が強烈に輝き、心臓は青いオーブへと姿を変えた。
「僚ちゃん……僚ちゃんっ……」
何度も何度もその名を繰り返し、アリエルはその場に泣き崩れる。
生き残った者たちも、勝利を祝う気持ちにはなれなかった。
こうして戦いは終わり、アスラの魂と心臓は封印された。
「わたくしは、愛する人をこの手で殺して、永遠の牢獄に封印した……」
表情を曇らせ、俯くアリエルの瞳に涙はない。
記憶にははっきりと残っていても、気持ちを思い出す事ができないのだ。
「アリエル様……心中拝察いたします……」
誰もが静かに聞き入る中で、パティーユだけが口を開いた。
「うん、ありがとう。あなたもきっと、辛かったよね」
「え……」
パティーユは少し驚いて、シリューに目を向ける。
僅かに目を細め、シリューが頷く。
誰も責めようとはしないシリューと、誰をも憎んだアスラ。
シリューにはあり、アスラには無かったもの。
それを決定づけたものが、何であったのか。
その答えは、今ここにある。
「もう少し聞いて……『運命の乙女』たち」
シリューを光へと導く、五人の乙女たちが此処に。




