【第397話】マナのせせらぎ
「何か、思ってたのと違うな……」
城の地下ホールに設置された防護結界の起動装置を前に、シリューは素直な感想を口にした。
広いホールの床面に魔法陣が描かれ、中央には天井に届く円筒形の塔と、塔の周囲に設置されたロッカー大の機械が四つ。
それぞれが金属の管で繋がれ、入口正面にはこの世界にそぐわない、近代的な操作盤が配置されている。
その構造は魔力装置というより、現代の蒸留設備に近い。
4人用ミーティングテーブル程度の大きさだった反魔導領域の物とは、規模も形も大きく違う。
「あれは、起動装置だけ。本体は五ヶ所地下にあって、全部合わせたら此処よりもずっと大きいよ」
アリエルの解説によると、魔族が使った魔法陣と基本構造は同じだが、旧世代の反魔導領域が五ヶ所の本体を必要とするのに対し、防護結界は起動・制御装置を備えた魔法陣一つで、マナの収集から結界の展開までを処理するらしい。
「ホントに、マナの供給ができる?」
アリエルの表情は相変わらず読めないが、彼女の後ろで聞いているハーティアは、邪念のない期待感を隠そうともしていない。
「そんな事ができたら……」
戦闘の最中でも、魔力回復薬なしで魔力の補填を受ける事が可能になる。
しかも回復量は100%。つまり魔力の残量を気にせず、最大火力の魔法を撃ち続けられるという事だ。
それは何もハーティアだけの望みではなく、魔導士ならば誰もが夢に描く理想でもあった。
そしてもちろんハーティアたち全員が、できる事を前提に動いている。
シリューとアリエル、それにハーティアはここ、防護結界の起動に。
残るミリアム、クリスティーナ、パティーユは、エリアスと共に反魔導領域の起動装置で待機し、結界の展開に成功した場合すぐに反魔導領域を停止させる役目を負う。
「期待には、応えなきゃな……」
シリューは、防護結界の魔法陣と装置に解析を掛ける。
探すのは、マナを収集している部分だ。
【正面右がマナの制御装置です。魔法陣が収集したマナを中央の変換装置に送り、生成した魔力を魔法陣に充填し結界を展開します】
「俺の魔力を直接魔法陣に送る事はできないか?」
【できません。魔法発動の魔力と、結界に使用される魔力の構成が違うため、変換装置を通す必要があります】
「ま、そうだろうなぁ……」
そもそも、人が魔力の充填を行う事を想定していないのだ。
自動車程度でも人間の魔力量では一時間ともたない。
これだけの規模となると、一体何人の魔力切れ患者を出す事だろう。
「じゃあ、右の装置に直接マナを流し込んでも大丈夫か?」
【問題ありません】
問題なのは、流し込む方法だ。
自動車に魔力を注入する方法は使えない。
あの時は、ポリタンクから液体転送ポンプを使って、石油ストーブに灯油を給油するイメージだった。
「今回は……」
シリューは制御装置の前に立って右手をかざす。
前回よりも少し規模を大きく。
降り注ぐ雨が雨樋を伝い、集水器から排水溝に流れて行くイメージで。
【魔法発動の手順が、瑪那の瀞光に変化しました。制御装置へのマナの補給が可能です。補給を開始しますか? YES/NO】
「満タンになるまで、どのくらい掛かる?」
【変換装置を最大限に稼働して、4時間17分54秒です】
「4時間……か」
通常ならあと六日掛かるところを、たった4時間で済むのなら破格の効果といえる。
「よし、補給を開始してくれ」
それから。
シリューはアリエルの用意してくれた椅子に座り、二度の小休止を挟みながらマナの供給を続けた。
4時間後。
【魔法陣への魔力充填完了。防護結界の展開が可能となりました】
「お待たせ。これでいつでも防護結界を張れる。アリエルさん」
アリエルは大きく頷いて操作盤の前に立ち、並んだトグルスイッチを次々と入れてゆき、少し間をおいて右端のレバーを押した。
始めに甲高い笛のような音が鳴り、続いて床の魔法陣が青白く発光する。
暫く後。
魔法陣から発した光が爆発的に広がった。
防護結界が展開したのだ。
「ありがとう、上手くいったよ」
アリエルは振り返ってお辞儀をする。
「お疲れ、シリュー」
ハーティアがシリューの向かいに立ち、そっと手を伸ばして蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ん?」
ハーティアがこんな顔をする時は……。
「あら、最後まで言わせる気?」
「ああ、ね」
最初はごく微量を。危険がない事をしっかりと確認した後、シリューはハーティアにマナを注ぎ込んだ。




