【第394話】真実
魔境での目的を果たし、城への帰還を目指す二人の足取りは、行きに比べて随分軽くなっていた。
「一つ聞いてもいい?」
ただ黙々と歩くだけに飽きたアリエルが、シリューの横に並んで尋ねる。
「何?」
代わり映えのない景色に、シリューもそろそろ退屈していたところだ。
「あの人たちは、トモダチ?」
「あの人たちって……」
森の中で会った二人といえば、思い当たるのは例の二人しかいない。
「もしかして、ノワールとエカルラートの事?」
「そうかな、名前は分からない。黒いコートの人と、赤茶色の髪の人」
アリエルはこくんっと頷いた後で、小さく首を振った。
「全然、友達じゃないよ。むしろ敵」
そう、彼らは敵だ。
「そうなんだ。釣りの話しをしてたから、仲いいのかなって思った。でも、敵ならどうして助けてくれたのかな?」
同じ疑問をシリューも抱いていた。
ノワールが『釣り人』であるのは間違いない。
分からないのは、今回に限り情報を提供した理由だ。
ノワールは掴んだ情報の全てを、冒険者ギルドに流しているわけではないのだろう。
それが彼の所属する『リプサリス』の指示なのか、それとも個人の判断なのか。
「あの二人にも、譲れないものがあるんだよ、きっと」
「譲れないもの……うん、そうだね」
自分にも思い当たるものがあるのか、アリエルは納得したように頷いた。
「俺も……一つ聞いていいかな」
「うん」
ここなら誰にも聞かれない。
シリューは深く息を吐いた。
どうしても確かめたい事を、本人の口から聞く覚悟を決めるために。
「1500年前……君は、本当にもう一人の俺を裏切ったのか?」
アリエルの表情が固まる。
「……知ってるの?」
シリューは頷いて、アスラの意識と繋がり、その中で見た事を伝えた。
葦の生い茂る河原。
街へと買い物に行ったまま、帰らなかったアリエル。
彼女の代わりにやって来た、勇者と兵士たち。
〝これは全て、アリエル様の策略なのだ〟
〝アリエル様は、勇者様のために貴様をここに誘き出したのだ〟
〝アリエル様は、初めから貴様の味方などではない〟
死刑宣告にも等しい、女エルフの冷酷で非常な言葉。
苦しみも恐怖も絶望も、全てが激しい憎悪に塗り替わる。
そして。
「あいつは、この世界に復讐する事だけを望みながら死んだ……」
落ち着いて話してはいたが、シリューの声は僅かに震えていた。
「……そう、だったんだ……」
アリエルは立ち止まり顔を伏せる。
「だから僚ちゃんは……わたくしを、あれほど憎んで……」
その口ぶりは、まるで初めて真相を知らされたかのようだ。
「もしかして、知らなかったのか?」
アリエルは肩を震わせながら、ゆっくりと頷く。
「わたくしは、あの時……」
あの時――。
塩と食料を調達するため街に向かったアリエルは、その街中で当時の補弼であったニーウェルに出くわした。
「ニーウェル、どうしてここが……」
「お探ししました、アリエル様」
彼女は随分と焦っていた。
「時間がありません、追手がすぐそこに迫っております。我々の部隊が明日見殿を保護いたします故、どうかご安心を。アリエル様は先に城へお戻りください。」
アリエルは彼女の真摯な言葉を信じて、アスラの居所を教えた。
護衛と共にアストワールへ戻ったアリエルは、そこでニーウェルがアスラを連れて帰還するのを待つ。
だが、戻ってきたのはニーウェルだけで、アスラの姿はなかった。
「申し訳ございません……我々が着いた時にはもう、明日見様は勇者様に捕縛された後でした。説得を試みましたが、それも聞き入れられず、明日見殿はその場で……」
その後の事を、アリエルは覚えていない。
気付けば、自分の部屋の天井を眺めていた。
ただ、何日も泣き続けた事は覚えている。
その頃はまだ、美亜の記憶もあったし感情もあった。
それがどんな気持ちだったのか、今はもう思い出せない。
それから暫くして政務に復帰した時、ニーウェルからある申し出がなされる。
「この度の件、どうか心の内にお留めください。決して口外なさらぬよう、お願い申し上げます」
それが、アストワールの立場を守るためだと理解したアリエルは、その言葉に従い口を閉ざした。
「ニーウェル……どうして……」
アリエルは拳を握った。感情を失くした彼女も、怒りを感じているのだろうか。
「その人は多分、君を守りたかったんだよ」
「うん……分かってる……」
アスラを保護していた事が知られれば、アリエルは世界から糾弾されただろう。
「アイツに、伝えられればいいんだけど……」
それで過去が変わる訳ではないし、アスラの罪が消える訳でもない。
それでも、誤解を抱いたままの相手と戦いたくはない。
シリューは、樹々の隙間から見える空を見つめ、もう一人の自分に思いを馳せた。




