【第389話】黒と赤
「なるほど……」
ノワールは交互に繰り出される剣を躱しながら、男たちの実力を冷静に分析していた。
それぞれが一流の剣士であり、流れるような連携には一分の隙も無い。
特筆すべきは、その戦闘スタイルだ。
一撃一撃、確実に急所を狙ってくる。
相手を殺す事に特化した、無駄のない動き。
「ヤツがてこずるのも、無理はないか」
五人が巧みに入れ替わり、時には三人同時に仕掛けてくる。
双剣であろうと、剣士が一人で対処するのは極めて難しい。
戦闘中でありながら、仲間に意識を向けてしまう性質のシリューには尚更。
「だが……」
ヒュン、と空気が唸り、十本の鋼糸が五人の敵に向けて伸びる。
「くっ」
五人は辛うじて躱したものの、一人は掠めた肩から血を散らす。
「……生憎、俺は剣士ではない」
ノワールの弾く指に合わせ、鋼糸が空中に広がった。
「ミールィ! 左へ!」
エカルラートが叫ぶと、赤いポリポッドマンティスは左へ飛び、ハンタースパイダーの吐いた毒液を躱した。
「ザオバー、ソレーネ!」
続けて、エカルラートの使役する二頭のグロムレパードが電撃を放ち、そのハンタースパイダーを仕留める。
「任せろとは言ったけど……」
突進してくるモノケロースの長い角に、槍の矛先を合わせ振り抜く勢いで自ら飛び退る。
「こいつはちょっと、ヤバいかねぇ……」
さっと見渡しただけでも、モノケロース三頭、ハンタースパイダー二体の他に、ブルートベア、フォレストウルフが十頭以上。
それだけなら何とかなっただろうが、敵側にも一体のポリポッドマンティスが加わった。
「ミールィ! 頼むよ!!」
赤と緑のポリポッドマンティスが、互いの鎌を激しくぶつけ合う。
二頭のモノケロースにザオバーとソレーネ、二頭のグロムレパードが張り付く。
「ん? もう一頭は何処に……?」
視界の端に、ハンタースパイダーが毒液を吐くのが映った。
躱しきれず槍で防いだものの、僅かな雫が右手にかかった。
「うっ」
すぐに右手の感覚がなくなり、槍を落とす。
そこに、見失っていたもう一頭のモノケロースが、大きく飛んで突っ込んでくる。
「やばっ」
死ぬ。エカルラートがそう思った瞬間。
モノケロースの首と胴が離れた。
「え!?」
「油断するな!」
エカルラートを救ったのは、ノワールの糸だった。
一瞬の隙を男たちは見逃さなかった。
「終わりだノワール!」
「貴様たちがな」
だがノワールは表情を変える事もなく、鋼糸を躍らせる。
「豪雨燦然!!」
音速を超えた鋼糸が無数の衝撃波を生み、光の弾幕となってまるで横殴りの豪雨のように男たちに降り注ぐ。
「がはっ」
「ぐっ」
全身を撃ち抜かれた男たちは、短い断末魔とともに崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇
「はあ……何とか、勝てたね……」
ミールィが敵のポリポッドマンティスにとどめを刺すのを見届け、エカルラートは大きく息をついた。
モノケロース一頭はザオバーとソレーネが倒し、もう一頭を合流したノワールが屠った。
「無事か」
糸を納めながら、ノワールが声を掛ける。
「ああ……」
自分も、使役する魔物たちも生き延びる事ができたが、エカルラートには疑問が残っていた。
「ねえあんた……何であの時助けてくれたのさ」
〝俺は深藍の執行者のように、敵意外に意識を向ける事も、誰かを守るつもりもない。もちろんお前もだ。俺は俺だけのために闘う〟
ノワールは戦いの前にそう言った。
彼の性質から、それは本心であったはず。
それなのに何故。
ノワールは少しの間黙り込んだ後、表情も変えずに肩を竦める。
「さあな……単なる気まぐれだ」
それからすぐに話題を変えた。
「それりも、よかったのか。お前が俺に付き合って、仲間の魔族を裏切る必要はなかったはずだ」
ノワールが尋ねると、エカルラートはしばらく静かに空を見上げ、思い立ったように口を開く。
「……あたしの生まれた村はさ、あたしが小さい頃に、魔物のスタンピードで滅んじゃったんだ……だから、こんなやり方は、ちょっとね。それにさ、魔神の復活した世の中が、ホントに教団の言う理想郷になるとは、思えなくなってさ」
無くなった故郷を偲ぶように、エカルラートの目は空を見つめていた。
「あんたこそ、何で深藍の執行者を助けるようなマネしたんだい?」
それはノワールの所属する闇ギルド、『リプサリス』の上客を逃す行為に他ならない。
「リプサリスは、積まれた金次第でどんな依頼にも応える、合法違法を問わずな」
「ああ、知ってるよ……」
それにより魔神教団が依頼を出し、エカルラートはノワールと組む事になった。
「俺たちはいわば社会の影だ……影が存在するには、日の当たる場所が必要だろう」
「ああ、そうか……何となく、分かった気がするよ」
「ところで、お前はこれからどうする」
エカルラートは腕を組んで考え込む。
特に当てがあるわけではない。
「このまま、あんたの相棒になるってのはどうだい?」
「そうか、まあ、好きにするさ」
表情を変えないノワールの口角が、ほんの僅か上がったように見えた。




