【第388話】塗り替える闇
いったい何が起こっているのか。想定外の状況にシリューは自分の目を疑った。
アリエルの眼前に降り立った赤い体色のポリポッドマンティスが、彼女には目もくれず、何故か味方であるはずの魔物たちに襲い掛かったのだ。
火焔を吐く前に、一頭のモノケロースの首が飛ぶ。
更に。
「がぁっ」
シリューに飛び掛かろうとした男が、慣性を無視してあらぬ方向に飛ばされた。
他の男たちは、警戒して動きを止め警戒を強める。
一帯を包む、これは殺気だ。
誰かが、この戦いに介入しようとしている。
張り詰めた空気と異様な静寂が包む中、何処からともなく男の声が響く。
「この程度の連中に苦戦とはな。女を守ろうなどと考えるからだ」
シリューが目を向けた先、森の薄闇に浮かぶ漆黒の闇。
「あ、あんたは……」
姿を現した黒いコートの男に、シリューは驚愕した。
「……ノワール」
糸使い『闇切りのノワール』。裏の社会を牛耳る闇ギルド『リプサリス』の構成員の一人。
これまで二度にわたり、シリューと死闘を繰り広げた相手だ。
そしてもう一人。
「魔物は抑えたよ、さっさとエルフ女を助けたらどうだい?」
ノワールの隣には赤茶色の髪の女。名前はエカルラート、魔物使いの魔族。
二人はシリューと男たちの間に割って入る。
「どういう、事だ……」
敵であるはずの二人が、シリューたちを援護した。
黒いフードの男たちも、明らかに困惑している。
「おっと、動くんじゃないよ」
エカルラートが男たちを睨む。
「時間はない。貴様たちは行け、深藍の執行者」
理由は分からない。だが、敵でないのは確かなようだ。
「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」
「礼はいい。俺の都合でやっているだけだ……それから」
ノワールは糸の先に折り畳んだ紙を着けて、シリューの手元に飛ばした。
「これは……?」
「魔石の配置図だ、持っていけ」
思いがけない提供品に、シリューは怪訝な表情を浮かべる。
「何で、あんたが?」
何故そんな物をノワールが持っているのか。
何故、シリューたちの目的を知っているのか。
そして何故、シリューたちの味方であるような行動をとるのか。
「詳しく説明する気も時間もない。単なる戦略的提携だ、今回限りのな。次もこうだとは思うな」
「ああ、なるほど……」
此処にノワールが現れたのは、単なる偶然ではない。
初めから、シリューが来ることを見越していたのだろう。
「要するに、釣果のお裾分けってやつか」
それとなく、鎌を掛けてみる。
「自慢できるほどの、大物でもないがな」
ノワールは、否定とも肯定とも取れる答えを返す。
「いや、これなら剥製をリビングに飾れるさ」
「そうか。ならば、少しは役に立つだろう。精々上手くやるんだな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
シリューはアリエルの手を引き、魔境の更に奥を目指して駆け出した。
後を追おうとする男たちの前に、ノワールとエカルラートが立ち塞がる。
「お前たち、裏切る気か……」
黒いフードの男一人が、沈黙を破り遂に口を開いた。
「裏切る? 貴様たちとの契約は儀式の護衛。これは契約外だ」
「あたしは……ま、意見の相違ってやつかねぇ」
冷酷無比に言い放つノワールと、悪びれもせず肩を竦めるエカルラートに、男たちは表情を歪める。
「ならば、この場で排除するのみ」
男たちが構える。
「やってみろ。できると思うならな」
ノワールは両腕をだらりと垂らす。
張り詰めた空気と、ぶつかり合う殺気。
「エカルラート、お前は魔物を」
「任せとくれ。けど、あんた一人で大丈夫かい? 相手は五人だよ」
身体強化を使っているのだろう、シリューに蹴られた相手も、ノワールが飛ばした男も既に復活していた。
「問題ない。俺は深藍の執行者のように、敵意外に意識を向ける事も、誰かを守るつもりもない。もちろんお前もだ。俺は俺だけのために闘う」
「ああ、そうだね。あんたはそういうヤツだよ」
先に動いたのは魔族の男たち。
「裏切り者に死を!」
次いでノワールが。
エカルラートも、魔物の群れに向かった。




