【第386話】魔神の力
黒い渦の中を落ちるように流されてゆく。
上下の感覚はなく、纏わりつくねっとりとした空気のせいで息が苦しい。
不快感の限界に、思わず喘ぎ声を漏らす。
《 着いたぞ 》
アスラの声が頭に響いて、唐突に不快感が消える。
「ここは……」
空間に開いた黒い窓から放り出されたオルタンシアは、現在位置を知ろうと周囲を見渡した。
低木の生えた草原の向こうに、城壁の無い街並が見える。
「グラキエース……」
見覚えのある景色は、確かにセーヴェル王国の王都、グラキエースに近い草原だった。
信じ難いが、馬で一週間の距離を数分で飛んで来た事になる。
「魔法陣もなしに、これほどの距離を転移したんですか?」
オルタンシアは、自分の中に存在するアスラ・シュレーシュタの意識(今は魂か)に問いかけた。
通常、魔法陣による転移の距離は数百メートルから精々数キロメートルであり、国同士を繋ぐような長距離のものは三大王国にしかない。
《 転移ではない。ワームホール、貴様たちの言う『森の扉』と同じものだ 》
「森の扉……実在したんですね」
光の中を進む転移とは、随分感覚が違う。
「まあ、あまり多用したくはないですが」
《 魔力を大量に消費するからな、日に何度もは使えん 》
それを聞いて、オルタンシアはほっと息をついた。
「このまま、教団本部に挨拶しますか?」
《 いや、今日はやもう休め。貴様の身体は脆弱過ぎて、これ以上の活動は無理だ 》
「ああ、これですか……」
オルタンシアは、手首から先の無い左腕を眺める。
「……あの時の、報復ですかねぇ」
《 それも不便だな 》
「あがぁぁっ!」
オルタンシアは、切断された腕の先に強烈な痛みを感じ叫び声をあげた。
《 少し我慢しろ 》
更に激痛が走り、まるでマジックの花が開くように、一瞬のうちに手が生える。
「はあっ、はあっ……これも、神の加護ってやつですか?」
《 ああそうだ、ありがたく思え 》
「そうですね、感謝しますよ。これなら、自分の手で目的を果たせる……」
オルタンシアは、再生したばかりの左手を強く握りしめた。
◇◇◇◇◇
「もしかすると、召喚魔法陣かも」
エリアスから『釣り人』の情報を聞いたアリエルは、現在の状況から魔族の儀式が、魔物を召喚するための巨大な魔法陣ではないかと推察した。
「なるほどの……確かに、その可能性は高いのう」
魔物の数は一万を超えているが、魔境といえどもその数は生息の限界を上回っており、自然発生したものとは考えにくい。
そのうえサウラープロクスなど、魔境には存在しないはずの魔物も多数混じっている。
「死体が消えるのも、その魔法陣の影響かな?」
シリューの気になっている点だ。
「多分そう。魔法陣は召喚だけじゃなくて、再生の機能もあるんだと思う」
その根拠として、もう既に四日の戦闘が続き、千体近く屠ってきたにもかかわらず、魔物の数が減っていない事を挙げた。
「ですが、そんな事ができるのでしょうか」
ハーティアが疑問を口にする。
魔物とはいえ、命の再生など神の領域ではないか。
「人には無理。でも、魔神の力を使えばできる」
「アスラの……ああ、そうか……」
シリューは納得したように頷く。
アスラのギフトは『千古不易』。
その能力が永遠を具現化するものならば、再生も可能かもしれない。
「魔神ってのは、伊達じゃないってわけか」
現に、アスラの心臓も魂も生きていたのだ。
「しかし、そうなると、その魔法陣を破壊するか解除しない限り、永久に戦闘が続く……」
クリスティーナが眉をひそめ、独り言のように呟く。
「うん。だから、わたくしが魔境に行って、魔法陣を解除するよ」
「ちょっと待って、それなら俺が行く。俺なら魔素や魔力の分布で魔法陣を見つけられるし、破壊もできる。それに、空から探した方が早い」
仲間たちはシリューの意見に納得したが、アリエルだけは首を横に振った。




