【第382話】君は……
「これは……結界?」
シリューは一帯を覆う緑の幕を見上げて尋ねた。
「そう。これで、暫くは魔物を防ぐ事ができると思う」
アリエルが空を指差す。
結界内の空中を飛ぶ大蝙蝠やハーピー、飛行蜥蜴が、羽ばたく力を失ったように、ふらふらと地面へ落下してゆく。
地上を蹂躙していた魔物たちは、立つ事もままならず次々と倒れ伏す。
やがてその目からは生気が消え、ピクリとも動かなくなる。
結界発動から僅か数分。結界内を動く魔物は一体も見当たらない。
「変わった結界だな……」
シリューは、その光景に薄ら寒いものを感じた。
「これは、旧世代の技術で作られた反魔導領域。領域の中にいる魔物から、魔力を奪って行動不能にするの」
【魔物の体内にある魔石から、魔力を強制抽出・分解しています】
解析により、セクレタリー・インターフェイスが補足する。
「それで、魔石から魔力を吸い取られた魔物は、一匹残らずあの世行きってわけだ……」
「うん。はっきり言えばね」
これほど効率的な結界にもかかわらず、アリエルは旧世代の技術だと言った。
ここの様子だと、機械設備と遺跡だけが辛うじて残っているだけで、人の手によって保管されているようには見えない。
つまり、設備も技術も新しい物にとって代わられ、うち捨てられたという事だ。
「何で、使われなくなったの?」
「この結界は、魔物だけじゃなくて、人や動植物にも影響するの。魔石を持つ魔物ほどではないけど、少しずつ魔力を奪われてしまう」
「じゃあ、そんなに長くは……」
アリエルは、こくんと頷く。
「だから六百年前、新しい結界ができた時に廃棄された。ただ、こんな時のために、解体はしないで取っておいたの」
結界を張り続ければ、やがて人も魔物と同じ運命を辿るという事か。
「どれくらいが限界?」
「四日かな。ううん三日かも」
それが長いのか短いのか。
アリエルは少し困った様子で続ける。
「防護結界の再展開には一週間掛かるから、できるだけ長く使いたいけど……」
「四日か……」
アルフォロメイからの援軍が来るのが、早ければ四日。
それまで使えるなら、戦い詰めだったこの国の兵士たちも休息を取れる。
だが三日しか使えなかった場合、一日はここだけの戦力で対処しなければならない。それも結界なしの状態で。
「三日か……作戦会議には、十分だな」
もちろん、対策を実行するにも。
「とりあえず、城に戻ろう」
「うん」
横に並ぼうとするアリエルを制して、シリューは少し前を歩く。
もう危険はないだろうが、用心に越したことはない。
「リィルムは、どうなったのかな……」
遺構を出る時、思い出したようにアリエルが呟いた。
「リィルムって、ああ、オルタンシアが化けてた人? それなら大丈夫。あのアイテムは生きてる人にしか使えないんだ。その人もきっと生きてるよ。たぶん、何処かに監禁されてる」
最も可能性が高いのは自室だろう。
少なくとも、城の中にはいるはずだ。
「シリュー様、あの……ありがとう」
「リィルムさんの事?」
「ううん。わたくしと、このアストワールの人たちを、救ってくれた事。本当に、ありがとう」
「どういたしまして」
後で必ず、正式にお礼をしたいとアリエルは続けた。
シリューは立ち止まらずにふと考える。
彼女は、本当にアスラの記憶で見たアリエル、そして美亜なのだろうか。
記憶の中で、彼女はアスラの事を「僚ちゃん」と呼んでいた。
だが今は「シリュー様」だ。
そもそも、龍脈の中やマナッサで自我の崩壊から救ってくれた、あの女性と同一人物なのだろうか。
頭の中に直接語り掛けて来た時とは、話し方も雰囲気も別人といっていいほど大きく違う。
「アリエルさん……一つ、教えてほしいんだけど……」
シリューは振り向かずに尋ねる。
「なぁに?」
こんな所で話す事ではないかもしれないが、シリューは確かめすにいられなかった。
「君は、美亜なのか?」
アリエルが不意に立ち止まった気配がして、シリューも立ち止まり振り返る。
「わたくしは……確かに、美亜、だよ……でも、もう……君の知ってる美亜ではないかも……」
感情の読み取れないアリエルの表情が、初めて陰りを見せた。




