【第381話】反魔導領域展開
男の声は、明らかにアスラ・シュレーシュタのものだ。
「どうなってる……?」
シリューは、たった今目の前で起こった事に目を見張る。
状況が飲み込めない。
何故、解放されたアスラの魂が、シリューではなくオルタンシアの身体に入ったのか。
「「ふふっ。知りたいですか?」」
「「そうだな、お前には教えてやろう……」」
男女二人の重なった不快な声が響く。
語っているのはアスラなのか、それともオルタンシアなのか。
「「居眠り魔神さんの心臓は、今、私のここにあるんですよ。まあ、仮住まいですが」」
オルタンンシアは自分の胸を、ちょんちょんと軽く突いて見せる。
「アスラの……心臓!?」
王都での戦いの記憶がシリューの脳裏を過る。
粒子となって消えてゆくアスラの心臓と意志。
「「我が復活を遂げるまでの間、この身体を使ってやっているのだ」」
「「使わせてやってるんですよ」」
それはシリューにとって、信じ難い話しだった。
オルタンシアだけでなく、魔神の心臓までとどめを刺せていなかったとは。
ただ……。
それでも、腑に落ちるところもある。
ずっと感じていた不安と懸念は、これが理由だったのだ。
「「そして今、引き離された我が魂も、我の元に戻った」」
「そうか。だったら、心臓も魂も、今ここで消してやるよ」
シリューは立ち上がりオルタンシアと、その中に存在するアスラを睨みつける。
生命力の吸引は止まったらしい。
剣を振れるほどは回復していないが、魔法なら使えそうだ。
「レイ!」
三条の光がオルタンシアを撃つ。
しかし、光はオルタンシアに届く直前、粒子となって消えた。
「何!?」
「「ほう、これは……」」
【お互いのギフトの干渉により、魔法が消滅しました】
「くっ、それなら!」
シリューは剣を構えるが、思うように足も身体も動かない。
それは、負傷しているオルタンシアも同様だった。
「「今は引くとしよう。次に会う時、お前の存在を世界の因果律から消し去ってやる。それまでの短い時間を、せいぜい楽しむがいい」」
オルタンンシアの背後の空間が歪み、その歪みから黒い窓が開いてゆく。
「させるか!!」
咄嗟に投げたシリューの剣が届く直前、オルタンシアは黒い窓の中へ消えた。
標的の無くなった剣が、石の柱にぶつかり乾いた金属音をあげる。
「くそっ」
魔力の痕跡を辿って追いかけるべきか。
ただ、先程の現象は魔法陣による転移とは違う。
魔力を追跡できるのか、できたとして追い付けるのかも分からない。
少しだけ迷いはしたものの、シリューはすぐにその考えを振り払った。
これ以上、ミスを重ねるわけにはいかない。
シリューは剣を納め、アリエルの元に駆け寄った。
「えっと、アリエルさん……で、いいのかな?」
そっと手を差し伸べる。
「うん……」
その手を取り、アリエルはゆっくりと立ち上がった。
「初めまして、だね。明日見僚様……いえ、今は、シリュー・アスカ様」
「あ、うん。初めまして……」
シリューはまじまじとアリエルを見つめる。
碧の髪と同じ色の瞳。
アスラの記憶で見た時と、全く変わっていない美しく儚げな姿。
ただ、姿は同じであっても、その雰囲気や言葉には何処か違和感があり、表情から感情を読み取る事もできない。
「……聞きたい事はいっぱいあるけど、今はここを離れよう」
「待って」
手を引いて走り出そうとしたシリューだったが、アリエルはそれを拒んだ。
「何かあるの?」
「うん、あれ……」
アリエルは壊れかけたフロアの中央を指差す。
「機械……?」
「反魔導領域。城を守るために、あれを起動させないと」
シリューは改めて機械のあるフロアを見渡した。
「ああ、なるほど……」
入口近くに倒れた兵士たち。
傷はどれも剣によるものだ。
「それで、君たちはここにいたのか」
アリエルが頷く。
「分かった。じゃあその間、俺がここを守る。終わったら、ゆっくり話をしよう」
「うん」
アリエルは装置に向かい、一つ一つ手順をこなしてゆく。
約五分後。
透き通った緑のドームが現れ、城とその周囲を包んだ。




