【第380話】相対する二人
よろよろと立ち上がり剣を抜くオルタンシアに向かい、シリューは瞬時に 間合いを詰める。
互いの剣がぶつかり火花を散らす。
右、左と斬り結び、攻守が目まぐるしく入れ替わる。
片足を負傷しているとはいえ、オルタンシアの剣捌きに陰りはない。
シリューの双剣による斬撃を、オルタンシアは一振りの剣だけで躱し、受け流し、巧みに体勢を入れ替えては攻撃へと転じる。
その腕は、剣技はクリスにも引けを取らない。
だが、シリューも以前対決した時とは違う。
クリスには遠く及ばないとしても、剣のスピードと正確さは確実にあがっていた。
「随分と腕を上げましたね」
オルタンシアが、何処か嬉しそうに口角を上げる。
「あんたは、腕が落ちたんじゃないか? ああ悪い。その足じゃ、仕方ないな」
それでも、オルタンシアはここまで一歩も動いていない。にもかかわらず、シリューと互角以上に渡り合っていた。
「いえいえ、丁度良いハンデですよ」
ただ、余裕を見せてはいるものの、オルタンンシアの額には汗が滲んでいた。
相当無理をしているはずで、そう長くはもたないだろう。
シリューの推測通り、チャンスはすぐに訪れる。
剣を振り抜いたオルタンシアが、踏ん張り切れずによろけたのだ。
その一瞬の隙をついて、シリューは彼女の左手を斬り飛ばした。
「ひぐっ」
怯んだところへ、回し蹴りを叩き込む。
「がふっ……」
吹き飛んで二度三度と転がったオルタンシアが、そのまま動かなくなったのを確認して、シリューは切断した手からペンダントをむしり取った。
「あんたにこれは似合わないよ、オルタンシア。いや、ヴィオラって呼んだ方がいいか?」
後は、魔法の一撃で終わりだ。
「……お好きなよう、に……どちらも、大して意味などないです、から……」
蹲り剣を捨てて左腕を押さえるオルタンシアの顔に、覚悟の表情が浮かんではいるものの、そこに悔しさは微塵も感じられなかった。
こうなる事も、計算の上だったのだろうか。
シリューは、オルタンシアに向けた剣の切っ先を下ろす。
「おや、相変わらず甘い、ですね……少し、は……成長したかと、思ったんですが……」
アリエルの言った通り、此処で殺してしまっては封印が解けてしまうかもしれない。
それが分かっているからこそ、オルタンシアは本気でシリューを煽っているのだ。
「残念だけど、ここでは殺さない」
ただ、逃げ道は完全に奪っておく。
そう思って、麻痺放電を撃とうとした瞬間。
ドクン!
心臓が激しく鼓動し、シリューの全身に電撃のような痛みが走った。
「かはっ」
突然の異変に耐えきれず、シリューは片膝をつく。
「な、んだ……」
立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
何かに力が奪われてゆく。
【警告。生命力がペンダントに吸収されています】
「や、ばっ……」
魔神の心臓を封印していたオーブと、同じ事が起きようとしている。
封印されたアスラの魂と、シリュー自身の魂が繋がってしまたのだ。
ペンダントを放そうとしても、握った手が開かない。
このままでは、魔神の魂が復活してしまう。
「こっちへ。このままでは、封印が自己矛盾を起こして崩壊してしまう」
状況を察したアリエルがシリューからペンダントを取りあげ、封印の強化を試みる。
だが。
「きゃあ」
ペンダントは自ら電撃を放ち、まるで意志があるかのようにアリエルの手を弾いて逃れた。
そのまま空中に留まったペンダントへと、見るからに忌まわしい闇が渦となって集まり始める。
やがて全ての闇を吸い込んだペンダントは、耳を劈く金切り音を伴ってあっさりと砕け散った。
「くそっ」
シリューは自分の犯した過ちに舌打ちをする。
一度経験していた。
警戒するべきだった。
分かっていたはずなのに、不用意に触れてしまった。
アレは、自分なのだ。
内側と外側に全く同じ対象が存在する異常事態に、封印している状態としていない状態とが同時発生し、封印の魔法は自己矛盾を起こしたのだろう。
粉々になったペンダントから蒼い影が湧き出て、蹲るオルタンシアの身体へと入ってゆく。
その影が一瞬、シリューに向かい嘲笑を浮かべたように見えた。
「「ようやく……ようやく、忌々しい牢獄から解放された!」」
ゆっくりと立ち上がったオルタンシアが、両掌を見つめて歓喜の声をあげる。
いや、口を開いているのはオルタンシアだったが、聞こえてくる声にはオルタンシアとは別の、くぐもった男のものが重なっていた。




