【第379話】記憶の中の面影
アリエルは、自分の身に起こった事を、すぐには理解できなかった。
ほんの数秒前まで、黒い触手に捕らわれ身動きも取れずにいた。
城の上空に爆炎が広がった、その直後。
両腕と躰を拘束していた触手が一瞬のうちに切断され、床に落ちる前に誰かの腕で受け止められた。
力強く温かい、男の腕。
顔を確認する間もなく、男はアリエルを床に下ろすと、後ろに庇う形でリィルムとの間に割って立つ。
その後姿に、アリエルの記憶の断片が蘇る。
もうずっと昔に忘れていた、懐かしい面影が。
「僚……ちゃん……」
逆光の中、男は僅かに振り向き微笑んだ。
「随分と早かったですね……」
リィルムは自嘲するように口元を歪めた
「まあね。待ち合わせに遅れた事はないんだ」
軽口で返しながらも、シリューは油断なく相手を観察する。
何者かは分からないが、この魔物たちを操っている本人かもしれない。
人を拘束する触手は、魔法の一種だろうか。
不用意に仕掛けるのは、得策とは思えなかった。
相手も同じ事を考えているのか、身じろぎ一つしない。
「ん……?」
睨み合いが続く中、シリューはふと形容し難い違和感を覚えた。
この感覚は初めてではない。
もう一人の自分、アスラ・シュレーシュタの気配だ。
確かめるため、シリューは即座に【解析】を掛ける。
【擬態の首輪を感知しました】
擬態の首輪は〈ミミック〉と〈モデル〉の2つが対になった擬態用の魔導具で、擬態する側が〈ミミック〉を、模倣される側に〈モデル〉を装着する事により、容姿、性格を完全に再現する。
「あんた、誰だ?」
「はい? 何の事ですか?」
通常、【解析】を掛けられても、対象者がそれに気付く事はない。
「とぼけるな! レイ!」
二筋の光線が反射的に張られた理力の盾を貫通して、一つは擬態の首輪を破壊、もう一つが膝を撃ち抜く。
これで変装は解けるし、逃げる事もできないだろう。
「さあ、顔を上げてもらおうか」
「くっ……」
逃げられないと悟ったのか、床に手をついたまま、観念したかのように女は顔を上げた。
「!?」
一瞬、シリューの息が止まる。
そこには、存在するはずのない人物の顔があった。
背後で「誰?」と呟くアリエルの声。
「お前は……」
死んだはず、いや殺したはずだ。
「何でお前が生きてる!? オルタンシア!!」
王都の地下で戦ったあの時、背中を貫いた二発の弾丸が確実にやつの命を奪った。
例えまだ息があったとしても、その後に起こった建物の崩壊から逃れられたとは思えない。
「生きている? さあ、それはどうでしょう」
オルタンシアは、苦痛に喘ぎながら肩を竦める。
曖昧な答えだが、その意味を考える必要はない。
今度こそ確実に、その心臓を撃ち抜くだけだ。
そこに一切の迷いはない。
「待って、彼女の左手……」
アリエルがシリューの手を掴んで止めた。
「左手?」
オルタンシアの左手に細い鎖が握られている。
「あれ、は……?」
その鎖の先に揺れる小さなピンクのペンダントトップに、シリューは目を見張った。
花の形を模倣したローズクォーツのペンダント。
それは美亜の誕生日に、シリューがプレゼントした物と全く同じ物だった。
だが、シリューがこの世界に持ってきたそれは、今ポケットの中にある。
「あれは、もう一人のあなたが持っていた物」
1500年前、改めてプレゼントされたらしい。
「そうか……あいつも……」
明日見僚がシリューとアスラの二人に分かれたように、あのペンダントも二つに分かれていたようだ。
「でも何で、オルタンシアがあれを……?」
ローズクォーツ自体希少ではあるものの、これだけの大軍をかけて奪うほどの価値があるとは思えない。
こんな小さな宝石を奪おうとする理由。
「やつにとっては、それだけの価値があるって事だよな……」
オルタンシアの目的は魔神の復活。
「もしかして……」
シリューの閃きをアリエルが補完する。
「聞いて。あのペンダントには、魔神の魂が封印されている」
やはり、そういう事か。
「もし彼女を殺してしまったら、その命を生贄にして封印が解けてしまうかも……」
それだけは何としても阻止しなければならない。
「教えてくれてありがとう。後は何とかする」
シリューは、双剣を構えて駆け出した。




