【第377話】滅びゆく者たち
「リィルム……何を……?」
アリエルは、その状況に思考が追い付かないでいた。
「おや、分かりませんか? アストワールのエルフには、今日ここで滅んでほしいんですよ」
すっと剣の切っ先を向けたリィルムの表情は、まるで悪ふざけを楽しんでいるかのように見える。
だが、護衛兵四人を殺したのは紛れもない事実。理由は分からなくとも、彼女は裏切ったのは確かだ。
躊躇している場合ではない。
アリエルは素早く弓を構える。
「おっと」
リィルムが左手の指をぱちんと鳴らした瞬間。
「!?」
空中から現れた三本の黒い触手が、アリエルの両腕と躰に巻き付いて拘束した。
「その弓は厄介ですからねぇ」
左腕を捕えている触手に電撃が走り、アリエルは苦痛に顔を歪めエネイブルを手放す。
「おや、感情の無い貴方でも、そんな顔をするんですね」
愉悦に浸りながら剣を納め、リィルムはアリエルに近づく。
「何の理由で、わたくしたちを……」
アリエルは目の前に立ったリィルムを鋭く睨みつけた。
「思い当たる事は有りませんか? 彼の望みですよ。貴方のよく知る、ね」
リィルムの言葉に、アリエルの顔が蒼ざめる。
「まさか……アスラ……僚ちゃん……」
「正解です。それから……」
リィルムはアリエルの襟元を引き裂き、首から下げたペンダントを引き千切った。
「そ、それはっ」
この世界では希少な、ローズクォーツをトップに使ったペンダント。
「返して……それは、あなたにとって何の価値もない物」
「いいえ、これこそが今回の目的ですから。本来の持ち主に返してもらいますよ」
手にしたペンダントを眺めて、リィルムは嘲笑を浮かべながら話しかける。
「こんなちっぽけな物に閉じ込められているとは。なかなか笑えますねぇ」
だが、彼女の言葉はアリエルに向けられたものではない。
「もしかして……知っているの?」
答えはもう分かっている。だがアリエルは、あえて尋ねた。
「ええもちろん。そのために此処に来たんですから」
リィルムはペンダントを、アリエルの目の前に掲げる。
「この中に封印された、魔神の魂を開放するためにね」
「そうはさせない!」
触手を振り払おうと、アリエルは必死にもがく。
「無駄だと思いますよ? 貴方の力ではね」
リィルムの言う通り、どんなに力を込めても触手はびくともしなかった。
「それよりも、御覧なさい。あなたの城と、あなたの民たちが、無残に滅んでゆく様を」
このフロアには数本の柱が残るだけで、城までの視界を遮る物はない。
「ああ……」
否応なくアリエルの目に映る、容赦のない現実。
三体のサウラープロクスが、今にも城壁を破壊しようとしている。
七体のワイバーンが上昇と下降を繰り返し、城壁の内側へ爆光球をまき散らす。
このまま反魔導領域を起動できなければ、アストワールは全滅を免れないだろう。
「お願い……わたくしの命と引き換えに、彼らを助けて……」
アリエルは、精一杯の気持ちと願いを込めた。
だがそれは、リィルムを喜ばせただけだった。
「いえいえ。彼らが死に絶える様を、その目に焼き付けてください。もちろん貴方にはその後で死んでいただきます。これ以上ない絶望の中でね」
打ちひしがれ顔色を失ったアリエルを見つめて、リィルムは歪な笑みを浮かべる。
「やめ、て……」
アリエルに残されているのは、ひたすらに懇願する事だけ。
しかし、リィルムはあざ笑うかのように振り返り城壁を指差す。
「ほら、そろそろ城壁が崩れそうじゃないですか」
苛烈さを増すサウラープロクスの攻撃。
城壁の魔導榴砲は全て破壊され、阻止できる兵器は既に無い。
単独の魔法や弓矢では、一体ですら倒し切れないだろう。
だが、城壁上で迎え撃つ兵士たちも諦めてはいなかった。
「脚だ、脚を狙え!」
魔法と矢がサウラープロクス一体の足に集中する。それでも火力が足りない。
攻撃を受け続けた箇所に、異常な振動が走る。
「不味いっ、崩れるぞ! 退避! 退避!!」
兵士たちは一斉に駆け出す。
それを待つはずもなく、サウラープロクスは最後の一撃を加えるため、容赦なく破壊の尾を振り上げた。
間に合わない。
誰もが死を覚悟した、その刹那。
ドオォォォォォン!!
耳を引き裂く爆音が響く。
だが、破壊されたのは城壁ではなかった。
サウラープロクス一体の頭が吹き飛び、ゆっくりと崩れ落ちる。
「何だ!?」
「援軍か!?」
その時、兵士たちは見た。
彼方から、この戦場に向かい流れ来る、一筋の蒼い流星を。




