【第353話】自由な演者
「暇だ……」
シリューは湖畔に並べられたデッキチェアに深く座ったまま、ぼんやりと空を見上げて呟いた。
ここはベナルートからやや北に位置する、人口1000程の町アスハイマ。
透明度の高い水を湛えるレウニ湖と整備された針葉樹の森は、富裕層に人気の避暑地である。
イロウシュットとの戦いを終えシリューたち『銀の羽』は、パティーユの勧めもあって、直人たちと共に暫しの休養と行楽のためこの地を訪れていた。
ただ、滞在が二週間にもなると時間を持て余し気味になるもので、何もしない一日に罪悪感を覚えてしまう。
ミリアムや有希たちは相変わらず楽しそうに出掛けているが、シリューはこの生活にすっかり飽きてしまっていた。
「女子って、順応力高ぇよな……」
どうやら直人もシリューと同じように感じているらしい。
「ホントそれ……」
こうしてのんびりと過ごすのは、どうも性に合わないのだ。
だからといって、楽しんでいるミリアムたち女性陣を急かして、早々に帰国するのも気が引ける。
「なあ明日見……お前、これからどうすんだ?」
直人が遠くの雲を見つめて呟く。
何日か前、同じ事をミリアムに聞かれた。
「そうですね……」
ちらりと直人を見る。
彼は言外に、「戻ってこい」と言ってくれているのだろう。
「大災厄が現れたら、もちろん一緒に戦います。約束、ですから」
〝だから皆で協力しようぜ。そんで皆で大災厄ってやつを乗り切って、皆で元の世界に戻ろう。俺たち五人で……な〟
この世界に召喚されたあの日、差し出された直人の手を握り返した。
あれからもう、どれ程の月日が流れただろう。
戻りたいという気持ちがないと言えば噓になる。
だが、その気持ちに勝る思いが今はある。
「でも……とりあえず、アルフォロメイに帰ります」
それに……。
言いかけた言葉を呑み込む。
ケリをつけるべき問題があり、それは自分一人で向き合わなければならない。
「何ていうか、色々あるんで」
「そっか……そうだよな」
ありがたい事に、直人はそれ以上尋ねてこなかった。
「日向さんたちは? 一旦エルレインに戻るんですか?」
「どうだろ、戻ってもまたすぐどっかに派遣ってなるんじゃねぇかな……」
実際、災害級の出現も増えたため、エルレイン王国以外で活動する事の方が多いらしい。
「ま、それももう慣れたけどな」
それは各地を転々とする事に対してだろうか。
それとも、魔物と戦い続ける事に対してだろうか。
「お前の方はどうなん? 冒険者……ってか、この世界に結構馴染んでるように見えるんだけど」
軽い口調だったが、直人の表情にはシリューに向ける尊敬の念が浮かんでいた。
「Aランク冒険者にして、龍牙戦将の称号を持つアルフォロメイ王国子爵、だろ? ホント、スッゲェよな」
「結果的にそうなった、ってだけです。日向さんみたいに、勇者としてのプレッシャーも無いし、結構気楽な暮らしですけどね」
シリューに、世界を救いたいなどという大それた望みはない。
今までも、降り注ぐ火の粉を払い、身近な誰かを守るために戦ってきただけで、結果的にそれが人助けや街の危機を救っていたに過ぎなかった。
多少は個人的な宿怨もあったが、概ねシリューの認識はそんなところだ。
「結果、か……。ああ何か、お前が美人さんたちにモテまくってるの、分かる気がするわ」
「え……?」
いきなり出てきた話題に、シリューは困惑して首を傾げた。
「俺は、決められたルールとフィールドでしかプレイできないけど、お前は何も無いところから、全部自分で作り上げてプレイできるんだよな」
直人の言葉が何を意味するのか。
「……決められたルールとフィールド……」
それは、勇者として与えられた立場や規範、そしてそれに則った行動の事を言っているのだとすれば、確かにシリューにそんなものは存在しなかった。
一つ一つ、自分自身の手で積み上げ作ってきたといえる。
「……そう、ですかね……」
モテているという自覚はなかったが。
「お二人とも、こちらでしたか」
そんな話しの途中、背後から呼びかけてきたのはエマーシュの声だった。
「大変申し訳ありませんが、休暇を切り上げて頂く必要があります」
二人が振り返ると、エマーシュはまるでその責任は自分にある、と顔を曇らせる。
「ま、丁度……」
「退屈してたとこです」
シリューと直人は顔を見合わせ笑った。




