【閑話10-1】リゾート気分!(後編)
夕暮れが湖を染め、やがて薄闇が広がる。
アスハイマの宿は、湖畔に面した木造のコテージだった。
風が通り、昼の熱気をやわらかく流していく。
「はぁ~……遊び疲れたぁ……」
リビングに入った途端、有希はソファに倒れ込む。
「はしゃぎすぎだよ、有希ちゃん」
ほのかが苦笑しながら、隣に腰を下ろす。
「お帰りなさい、そっちも楽しかったみたいですね」
向かいのソファーで、恵梨香が尋ねた。
「ま、ね。そっちも、ってコトは、恵梨香たちも?」
「ああ、バッチリ。爆釣ってやつ? 皆で食べる分以外はリリースしたし」
先に直人が答える。
「夕食に料理してもらうことになってます。高級魚らしくて、凄く美味しいみたいですよ」
恵梨香が付け加えた。
「へぇ~楽しみだねぇ」
「ああ、お腹空いてきた」
「後で、明日見たちも誘って、レストランに行こうぜ」
ほのか有希が、顔を見合わせる。
「僚くん、大丈夫かなぁ?」
「修羅場になってなきゃ、いいけどね~」
二人は、思い出したように笑った。
誰もいないテラス。
シリューは手すりにもたれ、一人湖面を眺めていた。
夕闇の水面は静かで、昼とは別の顔をしている。
「……平和だな」
ぽつりと呟く。
こんなに無心で遊んだのは、どれくらいぶりだろうか。
「そうですね」
背後から声がして、振り返るとそこに――。
「ミリアム?」
昼の水着の上に、薄いショールを一枚だけ重ねたミリアム。
「……まだ着替えてなかったのか?」
「リゾートですから、これでも大丈夫ですよ」
ミリアムは、にこりと笑う。
「いや、布が全然足りてないと思う」
「気のせいです」
すっと近づいて、上目遣いに見つめる。
それから――。
「……どうですか?」
左手を腰に、引き付けるようにしな垂れる。
艶めかしさに、シリューは思わず視線を逸らす。
「えっと、うん……」
「昼より、ちゃんと見てくれても、いいんですよ?」
「いや、昼も見てたけど……」
「足りません」
さらに一歩。
距離が詰まる。
「ちゃんと、見てください」
夕闇の静けさが、妙に距離を際立たせる。
「……似合ってる」
「それだけですか?」
「……」
「逃げないでください」
ミリアムの声が少しだけ低くなる。
「昼も、逃げましたよね?」
「いや、あれは……」
「今回はダメです」
距離を取ろうと後退るものの、手摺が背中に当たる。
今度こそ逃げ場はない。
「あの……」
「誰が一番か、決めてください」
「またそれか?」
「当然です」
「いや無理だって、ごめ――」
ミリアムはシリューの唇に指を当てる。
「謝らないで……」
それから、少し考えて。
「じゃあ、私が一番、って言ってください」
「それ、他の三人に殺されるやつだろ……」
「じゃあ内緒で」
「意味あるの、それ?」
じっとシリューを見つめた後……。
「……冗談です」
ミリアムはくすっと笑う。
「でも、半分は、本気ですよ?」
「……」
少しだけ、空気が変わる。
「シリューさんは……」
ミリアムは、すっと視線を外す。
「誰かを、特別に見るつもりは、ないんですか?」
声には、いつもの元気がない。
「……今は……」
シリューは言葉を探す。
「今は?」
「みんな、大事だから」
正直な気持ちだった。
「……ずるいです」
ミリアムが小さく笑う。
「でも……」
顔を上げる。
「嫌いじゃないです」
そのまま少しだけ距離を詰め、ミリアムは躰をぴったりと寄せた。
「だから……」
ミリアムの鼓動と体温が、肌を通して伝わってくる。
「少しだけ、独占させてください」
「え?」
「今だけでいいので」
夜風が吹く。
静かな時間。
「……少しだけ、な」
「はい」
ミリアムが、嬉しそうに笑う。
そのとき。
「へぇ~」
薄闇の中から、誰かの声が響く。
「随分と、ロマンティックね」
「やっぱり抜け駆けか」
「油断なりませんね」
ハーティア、クリスティーナ、パティーユの三人が、早足で近づいてくる。
「い、いつからいた!?」
「最初からよ」
「途中からだね」
「さっき来ました」
割とばらばらだった。
「独占はダメよ?」
ハーティアが腕を組む。
「順番にしないとね?」
クリスティーナがぴんっと指を立てる。
「公平にお願いします」
パティーユが微笑む。
「……やっぱりこうなるよな……」
「当然、ですね」
ミリアムがあっさり頷く。
「……じゃあ、延長戦です」
「それなら、まず私から」
「待った、抜け駆け禁止って言ったよね」
「順番を決めましょう」
「じゃんけんします?」
「いやちょっと待て!?」
夜の静けさは、すぐに崩れた。
笑い声が、湖に溶けていく。
穏やかな夜の騒がしい時間。
爽やかな風が湖を渡り、見知らぬ彼方へと去って行く。
昇り始めた月が、湖面にきらきらと光りを落とす。
「……ま、悪くないか」
大切な仲間たちとの時間を、シリューは心から楽しんでいた。




