【第349話】声
【龍脈の中に、A、B、Cと同質の魔素を検知しました。こちらをDとします】
「思った通り、か」
数日前に龍脈自体を探した時は、地面に当てた掌を何度も移動させながら地中を探ったのだが、今回は位置が確定している龍脈の中に【探査】を掛けるため、わざわざ動き回る必要はなかった。
「セクレタリー・インターフェイス、Dの座標を表示してくれ」
PPIスコープに、Dの位置を示す輝点が灯る。
地下52m、10時の方向に36m。地上の3つと並べると、丁度Aの位置に重なる。
「先ずは……魔素の集合体を一つの素粒子だと考えて……」
ここからは自分自身の思考と理力が頼りだ。
シリューは思考に集中しながら、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま視線をイロウシュットAに向けたため、頭上から襲ってくる複数の翼竜に気が回らなかった。
そう、気付いてはいても、思考への集中を続けるためにあえて無視したのだ。
口から吐く光線か、それとも足先の鋭い鉤爪か。
いずれにせよ、白の装備が耐え得る限り、翼竜の攻撃はそのまま受けるつもりでいた。
一体の翼竜がホバリングして口を開く。
シリューはイロウシュットAに視線を向けたままで、何の反応もしない。
翼竜の喉が光り、光線が発射されると思われた瞬間。
「アイスランサー!」
風を切る音と共に飛翔する氷の槍が、翼竜の胸を貫いた。
「パティ!?」
一瞬だけ振り向いたシリューの目に、駆け寄って来るパティーユの姿が映る。
「ここに居るのは危険だ、皆の所に戻れ」
イロウシュットに理力を集中させているため、今はユニヴェールリフレクションも、並列思考での攻撃魔法も使えない。
パティーユどころか、自分の身も守れないのだ。
「危険だからこそ、です。貴方を守るのは私の望み。許可は既に貰いましたよ?」
〝一つだけ……許可をもらえますか……私は、貴方のために、貴方を守るために命を懸けます……その自由を、私に、ください〟
思い浮かぶのは、一点の曇りもなく、きらきらと揺れたパティーユの瞳。
「ああ、そうだったね……じゃあ、頼むよ」
パティーは力強く頷く。
「あまねく聖浄なる福音、清らかな天の鐘を鳴らし、この穢れし大地に安らかな光をもたらし賜え、聖域発現!」
パティーユの身体が淡く輝き、聖なる銀の光が二人を守護するように包み、光の壁に触れた翼竜たちが弾け飛ぶ。
「葉月様のように鉄壁とはいきませんが、アレらの侵入を阻む事はできます」
パティーユは、冷静な瞳で翼竜たちを見上げた。
更に、翼竜の一体から発射された光線を、理力の盾で防ぐ。
「えっ、アビリティを、同時に!?」
魔力、覇力、理力、それぞれの力は同時に行使することができない。それがこの世界の常識と、いつかシリューに教えてくれたのはパティーユだった。
そのパティーユ本人が、たった今魔力と理力を同時に使ったのだ。
シリューが驚きのあまり、パティーユを見つめたのも無理はない。
そんなシリューをよそに、パティーユは少しだけ自慢げな表情を浮かべる。
「私も、勇者の血を引いているのですよ?」
「なるほど」
この世界の三大王家、エルレイン、アルフォロメイ、ビクトリアスを築いたのは四代目勇者だという。
それが事実ならば、パティーユは間違いなく勇者の末裔だ。
だがもちろんそれだけではなく、本人の才能と努力があっての事だろう。
「さあ、ここは任せて、集中してください、僚」
「ああ、ありがとう」
シリューはイロウシュットに向き直った。
「セクレタリー・インターフェイス、四つの魔素を可視化してくれ」
【それぞれの魔素を可視化。A、B、C、D、各イロウシュット幻体に重ねて表示します】
視界に映る三体のイロウシュットが僅かに透過され、それに重なるように楕円形の魔素集合体が緑色で表示される。
地面に浮かんで映るのは、地下龍脈の魔素だ。
「イロウシュットの表示を消して、魔素だけ見えるようにできるか?」
【イロウシュットを視界表示から消去。魔素集合体のみを視覚化します】
イロウシュットの姿が景色から消え、魔素を示す緑の楕円だけが空中に浮かぶ。
はっきりと目に映る事で、魔素集合体を一つの素粒子として考え易くなった。
次は、その素粒子を仮想のグルーオンで繋ぐ。
【素粒子A、B、C、Dを連結し視覚化します】
蒼い弦状の光が、四つの魔素集合体の間を結ぶ。
ここまでは新しい魔法を創造する手順と変わらない。
「問題は、ここからだな……」
仮想のグルーオンはあくまでも仮想のものであり、実際に魔素を引き寄せる力はない。
その力を与えるのは、シリューの理力だ。
「BC間のグルーオンに『強い相互作用』の性質を付与……」
シリューは更に集中力を高める。
「近づけ……」
だが魔素は揺らめくだけで、全く引き寄せ合う気配はない。
圧倒的に理力が足りていないのだ。
「く、うっ……」
それでも理力の元となる精神は激しく削られて、膝からは身体を支える力が抜けてゆく。
「ヤバっ……」
ぐらり、とよろめいたシリューを、パティーユが抱き留めて支える。
「ごめん。今日は君に支えられてばかりだ……」
「気にしないで。貴方の役に立っているのなら、私はそれで満足です」
戦いの緊張の中にも、パティーユは一瞬だけ表情を緩めた。
「そっか、じゃあ、そろそろカッコイイところを見せなきゃね」
「はい。期待しています」
仮面に隠されたシリューの横顔を見つめ、パティーユは支える腕に力を込める。
そして一言。
「最後までお供します」
覚悟の言葉を口にした。
命に代えても僚を守る。
それは災厄級を倒すためでも、世界のためでもない。
今ここにいる、たった一人のために。
ただひたすら、愛する人の笑顔のために。
そう決意を新たにした時。
〝運命の乙女よ、この声が聞こえますか″
鈴音のような女性の声が、パティーユの心に届いた。
〝わたくしはアリエル。詳しい説明をしている時間も、この状態を長く維持する力も今のわたくしにはありません。運命の乙女よ、わたくしに力を貸してください〟
聞き覚えのない、それでいて何故だかとても懐かしく心に馴染む声。
〝貴方の力を、彼に与えるのです。わたくしと共に〟
誰なのかはわからない。
それでもパティーユは、その言葉を疑うことなく受け入れた。
「僚、私の 〝わたくしの〟 力を使って!」
パティーユ声に、アリエルの声が重なる。
その瞬間。
パティーユの躰が眩く光り、同時に現れた蒼色に輝く星を散りばめた光のリングが、シリューを守るように囲う。
「この光は……パティ?」
「声が……聞こえました。貴方を守り、私を導く声が。僚、私の手を」
シリューはパティーユを見つめ、その手を取って強く握る。
【ギフト『生々流転』発動。白の装備とのリンクを再確立しました。特定の能力を超強化できます。能力パラメータを理力に特化しますか。YES/NO】
セクレタリー・インターフェイスが、シリューの脳内に告げた。
「YESだ。超特急でよろしく!」
腰まであるストレートの銀髪に、蒼いグラデーションがかかる。
白の装備にはやや太い青のラインが加わり、他の色へ変化した時と同じように、金糸の縁取り部分も煌びやかな装飾に変わった。
「感謝いたします、パティーユ殿下」
「え? は、はい……」
当然、話し方も変化した。
「お下がりください、殿下」
シリューは繋いだパティーユの手をゆっくりと放す。
「はい……え? え?」
姿が変化する事には慣れたパティーユだったが、話し方が変わる事には戸惑いを隠しきれないようだ。
「そろそろ、決着をつけましょうか」
シリューはフェイスカバーで隠した口元を引き締め、三体のイロウシュットをじっくりと見渡した。




