【第350話】確率100%!
「セクレタリー・インターフェイス、仮想グルーオンに『強い相互作用』を付与してくれ。先ずはB、Cから」
シリューはまっすぐに突き出した掌をイロウシュットCへ向けて広げ、蒼い弦状のグルーオンをなぞるように、Bの方向までゆっくりとスライドさせた。
もちろんこれは、掌から理力が放射されるわけではなく、単に集中力を高めるための儀式のようなもの。
【B、C間の仮想グルーオンへ理力を集中、『強い相互作用』の性質を付与します】
すると、先ほどまでは多少揺らぐ程度で、動く気配すらなかった二つの素粒子(魔素集合体)に変化が現れる。
二つを連結する仮想グルーオンがより明るい光を発して、じわじわと距離を縮め始めたのだ。
かなりの抵抗はある。
だがさっきまでとは違い、今度はその抵抗を上回る理力が発現していた。
素粒子が近づくほど、実際の視覚に映る幻体も徐々にその間隔を詰めてゆく。
「もう少しっ」
シリューは、更に集中力を高める。
やがて、CがBに飲み込まれる形で一つの塊となった。
「幻体の数が、減った……」
「ホントに、そんな事できちゃうんだ……」
直人たちは、イロウシュットが数を減らしてゆく様子に、驚愕の表情を浮かべる。
【B、Cの統合が完了。対象の存在確率33.333%に上昇しました】
二体になったイロウシュットは、左右を見渡すように巨体を揺すった。
その光景は、まるで何が起きているのか理解できず、焦りを滲ませているようにも見える。
「もっと焦るといい。そんな人間的な感情があれば、ですが」
【続いてA、B間の仮想グルーオンへ『強い相互作用』を付与します】
A、B間を結ぶ仮想グルーオンの光量が増す。
幻体の数が減ったためか、さっきよりも抵抗力が強い。
「抵抗は無意味です」
ウィンチで巻き取られるように、ゆっくりとA、Bの距離が詰まり、今度はBがAへと吸収された。
これで地上に存在する幻体は一つ。
後は、龍脈のものを地上に引きずり出すだけだ。
シリューは、地下の魔素と地上のイロウシュットに左右の掌を向けた。
【対象の存在確率50%に上昇。A、D間の仮想グルーオンへ『強い相互作用』を付与】
ここでようやく異変の元凶に気付いたのか、イロウシュットは身体の向きを変え、シリューに向けて次々と火球を放つ。
「させるか!」
一気に加速したクリスが、覇力を乗せた剣技で火球を斬り裂く。
「閃光の流星!」
ミリアムの振り下ろす戦鎚から発した流星が、火球を追い貫く。
「イムブルスス・ヴァルナー!」
二人が撃ち漏らした火球は、ほのかの衝撃波が蹴散らす。
「葬送の業火!」
ハーティアの魔法に反応し、イロウシュットは実体を現した。
もちろん、それが狙いだ。
「天馬閃昇!」
恵梨香の放った光の矢が、輝く天馬のように空を翔けイロウシュットの右腕に突き刺さる。
「鳳凰隆爪!!」
追撃する有希の棍は白熱の翼と化し、イロウシュットの右腕を砕き落とす。
「キャスケードウォール!」
全ての迎撃を掻い潜りシリューに迫る火球を、パティーユの作る水流の壁が飲み込む。
「無駄な足掻き、でしたね……」
余裕の笑みを浮かべるシリューだが、実際はかなり厳しい状況だった。
幻体を一つにされたイロウシュットの抵抗は凄まじく、まるで同極同士の磁石が反発するように、一定の距離から全く動かない。
理力の消耗も激しく、そう長くは立っていられそうにない。
「そういえば……」
子供の頃に見た映画の中で、超能力を使い過ぎた人物が、鼻血を出してよろめくシーンが脳裏に浮かぶ。
「くっ」
思わず漏れたのは呻き声か、それとも失笑だったのか。
シリュー自身にも分からなかったが、傍にいたパティーユは前者と受け止めたのだろう。
「僚」
シリューの広げた両腕の間に身体をぴったりと寄せて立つと、両手を伸ばしてその手を重ねた。
「パティ……」
パティーユは少し振り向いてしっかりと頷く。
すると、密着する二人の身体が輝き、シリューは膨大な力が流れ込んでくるのを感じた。
「これは……?」
きっとパティーユの持つ、支援の力が関係しているのだろう。
枯渇しかけていた理力が、明らかに回復してゆく。
これならば。
「イリュージョンのネタはバレてるんだ、もう諦めて出てきなさい」
語り掛けるように呟いたシリューが、集中力を高めた直後。
AとDを結ぶ弦状の蒼い光に、二本目の光が加わる。
「これ以上、主役を待たせるわけには、いきませんからね」
更にもう一本が追加され三本になった仮想グルーオンは、イロウシュットの反発力を超えた力でゆっくりと、だが確実に二つの素粒子を引き寄せてゆき、遂に幻体を作り出していた魔素集合体は一つの塊となった。
【対象の存在確率100%】
後は、確実に仕留めるための駄目押しだ。
「パティ! ミリアム!!」
シリューが二人の名前を叫ぶ。
その意図を察した二人は、ほぼ同時に呪文の詠唱を開始。
「「闇を打ち払い大地を照らす静かなる月の華、禁忌へと戯れし悪意をその荘厳なる光を以て縫い留めよ、月華掣肘!!」」
銀に輝く二つの月が、拘束の枷となりイロウシュットの動きを止める。
これで、全ての演出が整った。
「日向さん! 今です!!」
「任せろ!!」
シリューの掛け声を聞いた直人が、待ってましたとばかりに空へと飛翔し、限界まで高めた覇力を剣に乗せる。
「いっくぞぉぉ! 雷神龍翔!!!」
聖剣テンポイントから放たれた斬撃は、雷光を纏う龍へと変化しイロウシュットに牙を剥く。
目を焼くような青白い光が、一瞬でイロウシュットを包む。
耳を劈く金切り音に似た断末魔の叫びと、落雷の衝撃によって生じた爆発音が戦場に響き渡る。
やがて光と音が消え、静寂がもたらされた時。
そこには、黒ずみ頭から縦に両断された、イロウシュットの死体が横たわっていた。
「……やった、のか……」
着地した直人は、肩で息をしながらその黒い塊を見上げる。
もう動かない、再生の兆しも見られない。
「いぇーい。やったね、直人。さっすが勇者さまっ」
有希が軽く直人の肩を叩く。
「これで、トルテくんに顔向けができますね」
恵梨香は、隣に並んでイロウシュットの死体を見上げた。
「いや、それは……ってか、俺はただとどめを刺しただけで、ほとんどは明日見のお陰で……」
自分一人の功績ではない。
そう続けた直人に、ほのかは笑顔で応える。
「だけど僚くん、きっと『実際アイツを倒したのは日向さんですよ?』って、いうと思うな」
おそらくその通りだろう。
「でもそれって、他人の手柄を横取りするようなもんじゃないか」
それでも、直人は納得がいかないようだ。
「そんな風に考えなくても、いいんじゃないですか?」
「そうだよ。ほら、野球でも、ヒーローインタビュー受けるのって、誰か一人でしょ?」
直人はチームの代表。と、恵梨香とほのかが頷く。
「チャンスを僚君が作って、直人は期待通り、逆転ホームランを打った。今回は、ね?」
有希の言葉に含まれた意味。
「期待通り、か……」
直人はぽつりと呟いて、シリューに目を向けた。
「何とか、上手くいったな……」
崩れ落ちたイロウシュットを眺めて、シリューはほっと息をつく。
「殿下、少し離れていただけますか?」
「え? あ、はいっ」
背中とはいえ、身体を密着させていた事に改めて気付いたパティーユは、慌ててシリューから離れた。
「換装」
シリューの身体が眩しい光に包まれ、ほんの一瞬で『白の装備』から『藍の装備』へと変わる。
「本当に、便利な機能ですね。話し方が変わるのも、装備の影響ですか?」
「ええ、何故かはわかりませ……あ、や、わからないけど……」
いつもの事だが、装備を変えた直後はその影響を引きずってしまう。
「ふふっ」
シリューの焦る様子がおかしくて、パティーユは思わず笑ってしまった。
「ああ、それ。その笑顔を見たかったんだ」
「え?」
パティーユは言葉の意味を呑み込めなかった。
意識もせず、自然に零れていたのだ。
「私……笑って……?」
澄んだ瞳を向けるパティーユに、シリューはただ頷く。
静かに見つめ合う二人の間を、風が通り抜ける。
髪を揺らし、頬を撫でるその風は何処までも優しく、命の息吹を運んでくる。
今、パティーユの世界に、鮮やかな色が戻った。




