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【第348話】勝算

「存在確率を100%にって……そんな事ができるのか?」


「量子力学の事でしょうか……」


 直人も有希も、訝しげに眉をひそめた。


「量子……えっと、わかんない」


「学校で、習わないよねぇ?」


 有希とほのかは、聞いた事もない言葉に首を傾げる。


 それは、ミリアムたち異世界人も同じ事だった。


「ああ、ええと……」


 ミクロの世界を扱う量子力学では、物質は特定の位置に存在するのではなく、可能性として広がっていると考えられていて、物質の状態を決定付けるのは「観測者効果」によるものとされる。


 つまり、誰かが観測する事により、可能性であったものが一つの現実に収束するという事だ。

 

 ただし、今回の現象はそれに酷似しているものの、全く同じというわけではない。


「イロウシュットが三か所に魔素の幻体を作って、その間を常に移動しているっていうのは、さっきも説明したよね? じゃあ、その幻体を一つに纏めてしまえば?」


「移動、できなくなる、わね」


 ハーティアの用心深い答えに、シリューは「そう」と頷く。


「でも……魔素って、その場に定着するものですから、風にも流されませんよ?」


「担いで運ぶってわけにはいかないよね」


 風に流されず、持ち運ぶ事もできない。


 その事が意味するところは……。


「……そうか……うん、そうだね」


 ミリアムとクリスの言葉は曖昧ではあるものの、ある意味核心をついているのかもしれない。


「ありがとう。たった今、対応策が見つかったよ」


「えっ!?」


 驚いたのは、短い声をあげたミリアムだけではない。


 シリューが既に何かしらの答えを用意していると思っていたのだろう、全員が一様に目を見開いて次の言葉を待つ。


「とりあえず、これ以上の説明は後でね」


 沈黙しているイロウシュットも、そろそろ魔力の再充填を終えて動き出す頃だ。


 詳しく話している暇はない。


 シリューは、矢継ぎ早に作戦を伝える。


「ミリアム、クリス、有希は覇力で攻撃。狙うのはAの個体だ。パティ、ハーティア、穂積さんは攻撃組三人の援護。ほのかは援護組の防御に集中して」


「俺は?」


 攻撃組でなかった事に直人は何かを察したらしく、片方の眉をぴくりとつりあげた。


「一番の要だよ。ボクが理力でヤツを一ヶ所に縫い留める。キミはその時……」


 ああなるほど、と直人は頷き、


「とどめの必殺技で、英雄になる」


 手にした聖剣テンポイントを、やけに芝居じみた仕草で地面に突き立て、不敵に微笑む。


「いい答えだね」


「自分の役は分かってるさ」


 シリューと直人は、お互いの右拳をこつんっと突き合わせた。


「じゃ、僕は僕の役を果たしますか」


 そう言ってシリューは直人たちに背を向け、数歩進んだ所で立ち止まりイロウシュットを見上げる。


「僚」


 踏み込もうとしたシリューを呼び止める、パティーユの声。


 振り向いたシリューに、パティーユが静かに尋ねる。


「一つだけ、聞かせてください……。私たちは、勝てますか」


 フェイスカバーを下ろし、シリューは楽しそうに笑う。


「もっと有意義な質問をするべきだね。例えば、そう。今夜の祝宴の主菜を何にするか? とか」


 唖然と見つめるパティーユたちをしり目に、シリューはフェイスカバーを上げて一気に駆けた。


 目的の位置で立ち止まり振り向く。


 ここは丁度龍脈の真上、それに三体のイロウシュットも視界に入る。


「さて……」


 理力によって、幻体の魔素を一ヶ所に集めるとは言っても、理力をどう使うか具体的な方法を考えていたわけではない。


 最終的な決め手になったのは、ミリアムとクリスの何気ない言葉だった。


 風に流されないと言う事は、魔素の粒子が空気を構成する原子よりも遥かに小さいから、と考えられるのではないか。


 当然、そんな小さな粒子の集まりを、手で運ぶ事などできるはずもない。


 ではどうやればいいのか、その糸口は所謂『4つの力』に有りそうだ。


 自然界には物質と物質の間に力が働き、そうした力も素粒子が媒介する。


 電荷を持つ素粒子どうしに働く『電磁気力』は光子が。


 原子核の崩壊現象を引き起こす『弱い力』をウィークボゾンが。


 全ての素粒子に引力として働く『重力』には重力子が。


 ただし、今回その3つは除外する。


 ヒントになるのは最後の1つ、クオークを結び付け、陽子や中性子を作る『強い力』だ。


 その力は8種の「グルーオン」が媒介するが、魔素が陽子や中性子のような粒子であるのかは分からないうえ、実際のグルーオンが媒介できる距離は陽子の大きさ程度と極めてミクロなものになる。


 当然だが、現実に本物のグルーオンを作り出す事は不可能であり、量子力学に対してそこまで詳しい知識があるわけでもない。


 要はイロウシュットの魔素を素粒子と仮定して、離れた素粒子同士を仮想のグルーオンで繋ぎ一ヶ所に引き寄せる、という一連の思考を『理力』によって具現化できればいいのだ。


 イロウシュットを一か所に縫い留める事さえできれば、後は直人が倒してくれるだろう。


 問題は、シリューの理力でそれが可能であるのか、だ。


「ま、大口叩いた以上、できませんとは言えないよね……」


 先ずは地下の龍脈からイロウシュットの魔素を探す。


 探査を掛ける前に周りを見渡すと、丁度イロウシュットが動き出すところだった。


 探査の間は無防備になるが、ここは仲間たちを信じるしかない。


「セクレタリー・インターフェイス、龍脈からイロウシュットの魔素を探してくれ」


 シリューは屈みこんで地面に手をついた。



◇◇◇◇◇



「動き出した、皆、気を付けろ!」


 直人はすかさず飛翔して、イロウシュットの外殻に直接剣戟を振るう。


〝理力でヤツを一か所に縫い留める〟


 そんなとんでもない事ができるのかどうか、正直なところ直人には分からない。


 だが、シリューがそう言った以上、彼は必ずやり遂げてチャンスを作ってくれるだろう。


 その間、理力を集中させるため地上に留まる事となり、敵の攻撃から無防備になるのは避けられないはずだ。


 そしていつも通り、シリューは自分を守る事を考えていない。


「敵の攻撃をこっちに集中させろ! 絶対、明日見に向けさせるな!!」


「分かってる! 直人は下がって」


 直人と入れ替わるように有希が棍を叩きつける。


「日向殿! ここは我らが!」


 クリスもすれ違いざまに声を掛け、イロウシュットに突進する。


 反射的に仕掛けてしまったが、直人の役目はイロウシュットにとどめを刺す事。


 おそらく一度しかないチャンスを逃さないために、この場は仲間たちに任せて今は状況を見極める時だ。


「すまない、任せた!」


「はい、任されました。日向さんっ、一撃で仕留めてくださいね!!」


 ミリアムが大きくジャンプし、イロウシュットの脳天に重い一撃を振り下ろす。


 全員の攻撃がすり抜けたが、それは想定内だ。


「ヤツが魔法を吸収する瞬間を狙って! フレアランサー!」


 ハーティアの放った炎の槍が突きイロウシュットに刺さり、外殻の隙間から赤い光が漏れる。


「桜華炎舞!!」


「陽炎斬!」


「ディープインパクト!」


 有希とクリスの炎で脆くなった外殻を、ミリアムの戦鎚が砕く。


 三人が着地したところへ、新たに生み出された翼竜の群れが襲い掛かる。


「驟雨!」


「ストリームラーミナ!」


 その黒い群れを、横殴りの雨のような矢が撃ち抜き、風の刃が引き裂いてゆく。


「「翼竜は任せてください!」」


 恵梨香は二の矢を番え、パティーユは次の詠唱を始める。


 その二人を目掛け、イロウシュットは火球を放つ。


「バリア!」


 ほのかの展開した絶対防御の壁が、事もなげに火球を砕いた。


「火球がくる! 避けろ有希!!」


 攻撃に加わりたくなる気持ちを抑え、直人は戦況を見極めながら指示を飛ばす。


 その指示に従って全員が動く。


〝大丈夫、上手くやれてる〟


 そう直人が思った時、シリューに向かって飛ぶ翼竜が目に入った。




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