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早乙女乙女。
白髪赤眼色白の少女。身長一三〇センチ程の幼児の身体にして含蓄のある言葉を紡ぐ不思議な女学生。
その実は念動力を操る異能者。狂科学者の人体実験の産物。主人公様に救い出され少女に戻った怪物。
平和に慣れた所で非日常に引き戻され主人公と決別する。けれど献身的な説得により主人公様と平和で普通な日常に戻る。そして主人公様と共に普通の日常を守るために立ち上がる。
物語の中で言えばそんな存在になるのだろう。
けれど語られる物語が真実であるとは限らない。歴史資料でも分かるように事実とされる事柄は時と共に変化する。争いごとの中では勝者が事実を紡ぐので容易に真実は変化する。
主人公様が遭遇した事件現場には狂科学者など存在しなかった。人体実験など行われていなかった。少女など存在していなかった。そもそも事件など発生していなかった。
おそらく主人公様によって作られた架空の存在。
「早乙女乙女。貴方は結局、何だったのだろうな」
どんな経緯があろうと過去があろうとなかろうと現実として、現在の実情として早乙女乙女という人間の形をしたモノがそこにはある。だから無駄なことだと分かっていても呟きがこぼれてしまう。
ま、同類が相憐れんで入れるだけだ。
その早乙女はと言うと普通に見るに堪えない状況。
吐血に血涙。更には腹にデカい穴。見目麗しい少女が全身血塗れというだけでもおどろおどろしいのだけれど普通に肉片が飛び散っているのは流石にグロい。肉片というか臓物とか骨とかもう色々とエグイ。
もっとも早乙女は一応主人公様のヒロインなので何とかなるのだろう。少なくとも今回の主人公様はヒロインを助けるつもりなのだし死ぬことは無いだろう。死ぬことだけは。
勿論それが早乙女にとって喜ばしい事とは限らないが。
さて、この茶番も終わらせよう。俺が何もしなくとも終わるのだろうがやれることはやっておこう。
早乙女がまき散らす建物の残骸や鋭利な髪の毛を無視して突き進む。無秩序に荒れ狂うように災害が起きているので当然俺の身体を損傷させる。指を切り腕を弾き飛ばし顔を抉る。
勿論痛いがそれだけだ。肉体の痛みなど高が知れている。幸いその程度では死なない体になっているので損傷程度気にするモノでは無い。
そうやってゆっくりと早乙女の元に歩み寄り、彼女の胸に左腕を突き立てる。自身の能力に集中している早乙女は抵抗がない。出来ないのかする気がないのか。それは俺にとって考える事ではないのでそのまま心臓を握りつぶす。
肉体的には今更の加害に意味はない。けれど魔力とか超能力とかそういった非日常としては心臓というモノにはかなりの意義がある。それを潰すとなれば能力の減衰を意味する。
「なるほどな。何をしようと救われる、か。良く言ったモノだ」
能力が減衰すれば荒れ狂う力も衰え自我意識も戻ってくる。意識が戻り少しばかりの余裕が生まれた早乙女から言葉が漏れる。どうやら物語の拘束力が彼女を襲っているようだ。
「ご気分は如何ですか」
「如何も何も最悪に決まっているだろうが。私の中に別の私が侵食している。別の私が私を覆えば貴様が言ったように私は救われるのだろうな。くそったれが」
「何だかキャラが変わっていませんかね、トメちゃん?」
「こんな気味の悪いモノを経験すれば悪態も出るモノだろうが」
「さいで」
早乙女の肉体は弱まり非日常的な能力も貧弱になっている。けれど不思議なことに早乙女の存在感は強まっている。早乙女というモノが強固に再構築されて行っている。
早乙女乙女は主人公のヒロインとして物語に吸収されつつある。そう時間がしないうちに彼女自身の意志もヒロインの早乙女乙女になり替わるだろう。
急速に作り替えられている中で早乙女には恐怖が訪れているようだ。意識が自我が書き換えられると分かれば恐れ戦くのも当然か。俺もその恐怖に抗うためにこうして行動しているわけだし。
身体的な苦痛と精神的な恐怖から苦悶の表情を浮かべる早乙女。
そんなヒロインに俺は意地の悪い提案をする。
「さて、早乙女。どうせ貴方は飲み込まれる。主人公様にとって都合の良いか弱いヒロインに成り下がる。今の貴方はここで消え去ってしまう。ここで自分が提示できるモノがひとつだけある。その力、自分に明け渡しませんか」
「……あのロジィとかいうモノと同じになれというのか」
「洗脳され良い様に使われるよりはマシでしょう。ま、今の貴方がそのまま残るのではなく模造品で劣化品の人工物になるわけですが」
現在の早乙女に燃料としての価値はあまりない。
既に死に体で侵食を受けている中ではエネルギーとしての旨味もない。能力も取り立てて特殊なモノでは無いし、力のあり方は先程の吸血である程度理解している。
その中で利用価値があるとすれば早乙女という人格意志だろう。単純に面倒事をこなす中で自分以外の意志人格が欲しいという事もある。誰かの考えを聞きたい時もある。
けれど他者となると色々と組織や人間関係では面倒。それならばいっそ自己の中に多重人格として残した方が安全。もっとも、最たる価値は主人公様のヒロインというところだけれど。
それはさておき。
どうやら物語は終盤に差し迫ったようだ。
早乙女の弱体化が極まり力の暴走が収まる。それと反転するように早乙女の再構築が始まっていく。足先から裂けた皮膚が繋がり減った肉片が集まっていく。身体が人間らしいものに修復されていく。
それと同時に早乙女の中に異物が浸透していく。心臓に腕を突き立てているからか早乙女の身体の変化が分かってしまう。身体が侵され乗っ取られる感覚を少し共有してしまう。
精神と肉体を同時に弄られて早乙女の悲鳴が轟く。
勿論可愛らしい悲鳴ではなく耳を劈く慟哭。好き勝手に体中をかき回されればそんな声も出る。少しだけ触れた俺ですら泣きわめきたいほどの気味悪さだ。
もう意思確認が出来る状況を過ぎてしまったと諦めかけた直後、不意に身体が吹き飛ばされる。見れば死に体のはずの早乙女が髪を使い俺を吹き飛ばしたようだ。
「お生憎さま、貴様に良い様に扱われるのは御免よ」
最後にみた早乙女の顔は意外にも笑顔だった。
それは言うまでも無く強がりではあったのだが大したものだった。俺にはそんな諦めが出来ない。甘んじて受け入れて取り繕うなんてしないし出来ない。
そして早乙女の存在は主人公様の登場で吹き飛ぶ。
「乙女!!」
ようやく主人公様のご登場。それと共に訪れる光の波。
人生2度目の光の爆発に巻き込まれた。
光が収束して新たに現れた世界は綺麗に整えられた舞台だった。
主人公様は全身に傷を負いボロボロ。対して早乙女乙女は超然と立っている。それは身を引き強がっているヒロインを力ずくで引き留めに来たというような物語。
本当にそうであるのであれば良い物語なのだろうが、これは茶番なので見ていられない。
因みに俺は決戦の場から外された。世界が書き換えられる前は早乙女の前にいて主人公様の視界に入っていたはず。それなのに今は主人公様たちを近くの空から見下ろしている。
おそらく主人公様に俺はもう邪魔なのだろう。日常として友人である斎藤潤という役割は必要かもしれないが物語にはいらないのだろう。あるいはヒロインを助けるという事に他人の手が入ることを嫌ったのだろう。
何とも面倒な処女厨だ。
主人公様がヒロインの前に辿り着いたことで物語は決した。あとは主人公様が思う通りに踊りそれに周りが合わせるだけ。みんながみんな良かったと思い込まされる幸せな世界の誕生。
結末に興味のない俺は速やかに帰宅した。




