第4章 廃墟の中の新旧百獣王
第一幕:罪悪の深淵と孤高の修羅
帝国の郊外。
見捨てられた広大な工業団地は、今宵も濃厚で、喉を刺すような冷たい酸性霧に深く包まれていた。
「暗夜流星」――。
それは、無数の指名手配中の魔物、狂気に満ちた闇商人、そして公安から逃亡した制御不能の「魔化戦士」たちによって構成された、文字通りの巨大闇市犯罪組織であった。長年にわたり、非合法な密輸、禁忌の兵器売買、無差別な略奪と殺戮を繰り返してきた彼らは、帝国にとって「罪悪と混乱」を象徴する絶対的な代名詞だった。
だが今この時。
死寂と荒涼たる廃墟の漂う深き暗夜の中。
純白の駆魔の長袍を纏った一筋の人影が、砕けたガラスと深い泥の溜まりを踏みしめながら、たった一人、単身でこの罪悪の巣窟へと足を踏み入れていた。
キン・レオンは、両手をそのポケットに深く突っ込んだまま歩く。
胸のなかに埋め込まれた「金色の獅子魔核」からは、冷たく、しかし計り知れないほど強大な鼓動が、規則正しく全身へと伝わっていた。
その瞳は、もはや感情という温もりを一切失った空洞のように冷淡だ。脳裏にはただ一つ、あの修道院の血の日から絶え間なく回響し続ける声だけが響いている。
――ここにいるすべての罪悪を根絶やしにすることだけが、この狂った地に真の平和をもたらすのだと。
突如。
前方の折れ曲がった巨大なコンクリート製の梁の上から、高慢で、しかし底の知れない重い笑い声が、夜の静寂を切り裂いた。
「おいおい……随分といい気なもんだな、キン・レオン隊長」
第二幕:白夜の影と除名者の笑み
高大な魁偉の影が、十数メートルもの高さがある廃墟の石梁から軽々と跳躍し、眼下の泥地へと重々しく叩きつけられた。
『ドスッ――!!』
着地の瞬間、すさまじい衝撃波が周囲の地面をクレーターのように深く凹ませる!
現れた男は、その精壮な胸板をあえて露わにし、全身には歴戦の狂気を物語る数々の惨烈な戦闘傷が刻み込まれていた。その異様な眼光からは、獲物を狙う野獣のごとく熾烈で、危険な凶光がギラギラと放たれている。
彼こそが、「暗夜流星」の現最高幹部の一人――「百獣の王・白夜の影」ホワイト・タイガー。
「暗夜流星」に身を落とす以前、タイガーは駆魔公安の精鋭突撃隊において、誰よりも恐ろしい実力を誇る生粋の戦闘狂であった。しかし、その性格はあまりに狂暴で好戦的、そして極限の桀傲不遜。
ある重要な包囲殲滅戦の最中、部下である隊員と些細なことで激しい衝突を起こすと、彼はなんとその場で、怒りに任せた拳の一撃により、その隊員を文字通り殴り殺してしまったのだ!
この一線を越えた重大な規律違反により、彼は駆魔公安を完全に除名され、帝国最高ランクの「即時抹殺リスト」の最上位へとその名を連ねることとなった男だった。
「まさか、こんな吹き溜まりに潜んでいたとはな……タイガー」
キン・レオンは足を止め、穏やかに顔を上げた。
その声には、目の前にかつての同僚がいようとも、一切の波風すら立っていない。
タイガーは不気味にその太い頸椎を鳴らし、ガタガタと骨の摩擦音を響かせた。
目の前に立つ新たな公安の星を見据え、その口元に、極めて血に飢えた狂気的な微笑を浮かべる。
「なあ……隊長。俺は昔から、お前のその理不尽で不気味な強さが、気に入らなくて仕方がなかったんだ。だがな、ずっとハッキリさせたいことが一つだけあってよ――」
タイガーは、自らの分厚い両拳をガツンと重々しくぶつけ合わせ、周囲の空気を歪めるほどの猛烈な気圧の波を爆発させた。狂熱の眼光で、キン・レオンを舐め回すように凝視する。
「もし俺が、お前と一切の手加減なしのガチンコ死闘を繰り広げたら……。一体この『白夜の影』である俺が強いのか、それとも噂の『金色の獅子』であるお前が格段に上なのかよ……っ!?」
第三幕:首を傾げる冷淡と爆発する狂笑
タイガーの放つ、狂熱に満ちた戦闘の宣言。
だが、それを目の当たりにしても、キン・レオンはただ困惑したように、小さくこつんと首を傾げただけだった。
タイガーを見つめるその瞳は、あたかも道端ですれ違った名もなき死体を見つめているかのように平坦だった。彼はあまりにも自然に、どこか噛み合わないほど冷淡な口調で、ぽつりと呟いた。
「そんなこと……どうでもいい」
「あぁん……?」
タイガーは、予想もしない素っ気ない返答に、わずかに呆気にとられて動きを止める。
キン・レオンは、淡々と自身の戦闘用手袋のベルトを微調整した。
その指先から、ゾッとするほど鋭利な金色の光の刃がかすかに漏れ出し、彼は氷のように冷ややかに言い放つ。
「僕の今の任務は、ここで手早くお前を殺して……ついでにお前たちの『暗夜流星』の掃討を完了させることだ。……ただ、それだけだ」
空間が、わずかコンマ半秒の間、完全に凝固した。
次の瞬間――。
「ハハハハハッ……! ハハハハハハハハハハッ――!!」
タイガーは天を仰ぎ、周囲の古い硝子窓のすべてを粉砕せんばかりの、耳を劈く狂妄な大笑いを爆発させた!
あまりの馬鹿馬鹿しさと怒りに、思わず目から涙を浮かべながら、自分の太腿をバシバシと強く叩き続ける。
「面白い……っ! 冗談抜きで、腹がよじれるほど面白すぎるぞ、隊長……っ! お前は相変わらず、周囲の人間を本気で狂わせるような……最高のユーモアが効いてやがるぜ……っ!」
第四幕:一触即発の猛獣の噛み合い
――笑い声が、ピタリと止んだ。
タイガーの目に宿っていた狂気の笑みは、百分の一秒の刹那も経ぬうちに、氷よりも刺すような底知れぬ殺意へと完全に豹変した!
『ドンッ――!!』
地表を砕くすさまじい踏み込みとともに、彼の巨身は一筋の白い残影となって空間を突き破る。鋼筋コンクリートの床をも粉砕する破壊の重拳を振り上げ、彼はキン・レオンの顔面めがけて一直線に急襲した!
だが――。
それに対し、キン・レオンの瞳にも、一瞬にして鮮烈な血光が一閃した。
『シャキイイイイン――ッ!!』
十本の太刀長爪が一瞬で爆発的に伸長し、その全身から、黄金と血色が混ざり合う狂暴な颶風が激しく飆昇する!
『轟――――ッ!!』
二頭の頂点に立つ猛獣が激突した凄まじい気圧の波が、深夜の淀んだ酸性霧を一瞬で綺麗に切り裂いた。
互いの命と信念を賭けた極限の大戦が――今、音を立てて爆発的に幕を開けたのだった!




