第35話『一緒に動くのは難しいですねぇ。』
第35話『一緒に動くのは難しいですねぇ。』
剣の練習を始めてから、リリナはイスターニャと何度か修練場へ足を運んでいた。
まだ長い時間ではない。
木剣を持ち、立ち方を確かめ、ゆっくり振る。
それを少しずつ繰り返している。
今日もリリナは木剣を持つ前に、修練場の中央へ立っていた。
「では、まず足から確認しましょう」
「はい」
イスターニャに言われ、リリナは片足を少し前へ出した。
「そのまま前へ一歩です」
「はい」
リリナはゆっくり足を動かした。
前へ出した足に続いて、後ろの足も動かす。
以前のように足がもつれそうになることはなかった。
「戻ってみましょう」
「はい」
今度は後ろへ戻る。
一度足元を見そうになったが、途中で顔を上げた。
「前より動きやすくなりました」
「そうですね」
「足の位置を毎回探さなくなってきました」
「少しだけですけどねぇ」
まだ考えずに動けるほどではない。
それでも最初の頃より、どちらの足をどこへ置けばいいのかは分かるようになってきた。
「もう一度です」
「はい」
前へ一歩。
戻って一歩。
今度も大きく崩れなかった。
「今の感覚を覚えておいてください」
「はい」
イスターニャが壁際へ向かい、木剣を一本取った。
いつもリリナが使っているものだった。
「次は剣だけです」
「分かりました」
リリナは木剣を受け取った。
両手を柄へ置く。
肩に力が入りすぎていないか、自分で確かめる。
(手と肩は……大丈夫でしょうか)
最初の頃は、持っただけで身体のあちこちに力が入っていた。
今でも気を抜くとすぐに固くなるが、力んでいることには少しずつ気づけるようになっている。
「準備はできましたか?」
「はい」
「では、ゆっくり振ってください」
リリナは木剣を持ち上げた。
そのまま前へ下ろす。
剣先がわずかに横へ流れたが、以前ほど大きくは逸れなかった。
ゆっくり元の位置へ戻す。
「どうでしたか?」
「少しだけ真っすぐになった気がします」
「私もそう思います」
「本当ですか?」
「はい」
「戻す時は、まだ少し揺れていますけどね」
「そこはまだ難しいですねぇ」
リリナはもう一度構えた。
二度目もゆっくり振る。
今度は最初より少しだけ剣先が安定した。
「前より安定しましたね」
「ちょっとずつですねぇ」
「そのちょっとずつが大切ですよ」
イスターニャはそう言ってから、リリナの足元へ視線を向けた。
「では、今日は少しだけ次へ進んでみましょう」
「次ですか?」
「はい」
「先ほどの足と、今の剣を一緒に動かします」
「一緒にですか?」
リリナは木剣を持ったまま、自分の足を見た。
足だけなら先ほど動けた。
剣だけなら、少しずつ真っすぐ振れるようになってきた。
(それなら、一緒でもできるでしょうか)
「前へ一歩出ながら、木剣を振ってみてください」
「分かりました」
リリナは構えた。
前へ出す足を意識する。
同時に木剣を持ち上げる。
足を出した。
けれど木剣は上がったままだった。
「あれ?」
足だけが先に動き、剣が遅れて下りてくる。
リリナはそのまま動きを止めた。
「足が先に行きましたね」
「はい」
「もう一度やってみましょう」
「今度は剣も一緒にします」
元の位置へ戻る。
今度は木剣を振ることを意識した。
振り下ろす。
剣は先ほどより早く動いた。
けれど足がほとんど動いていなかった。
「足が止まりましたね」
「止まりましたねぇ」
リリナは自分の足を見る。
「もう一度やってみてもいいですか?」
「もちろんです」
三度目。
足を出す。
剣も振る。
両方を意識する。
「えいっ」
今度は足も剣も動いた。
けれど肩に力が入り、木剣が大きく斜めへ流れた。
「あら」
「今度は力が入りましたね」
「二つ考えたら、肩まで固くなりました」
リリナは木剣を構え直した。
「やることは分かっているんですけどねぇ」
「そうですね」
「足を出して、剣を振るんですよね?」
「はい」
「それなのに一緒にするとできません」
「分かることと、身体が動けることは同じではありませんよ」
リリナはイスターニャを見る。
「違うんですか?」
「頭で順番を理解できても、身体がその通りに動けるとは限りません」
「身体にも覚えてもらう必要があります」
「身体にですか?」
「はい」
イスターニャは自分の手を軽く動かした。
「最初は、一つ動かすだけでも考えます」
「慣れてくると、少しずつ考えなくても動ける部分が増えていきます」
「そうすれば、別のことにも意識を向けられるようになります」
リリナは木剣を見た。
(知っているだけでは駄目なんですねぇ)
前世では長い年月を生きてきた。
色々なことを覚え、経験もしてきた。
けれどこの身体で剣を振ったことはない。
足の動かし方も、剣の重さも、今の身体には新しいものだった。
「頭では分かるんですけどねぇ」
「それは良いことですよ」
「良いんですか?」
「何をすればいいのか分かっているなら、次は身体に覚えてもらえばいいのです」
「なるほど」
リリナは少しだけ木剣を握り直した。
「では、もう一度やってみます」
「その前に、一度分けましょう」
「分けるんですか?」
「はい」
「うまくいかないまま何度も一緒にやるより、一つずつ確認した方がいい時もあります」
イスターニャが手を差し出す。
「まず木剣を置きましょう」
「はい」
リリナは木剣を渡した。
「足だけです」
「分かりました」
前へ一歩。
戻る。
もう一度前へ。
今度は足だけなので迷わない。
「どうですか?」
「これならできます」
「では、もう一度」
同じ動きを繰り返す。
イスターニャが頷いた。
「次は剣だけです」
木剣を返してもらう。
足を動かさず、その場でゆっくり振る。
一度。
二度。
大きくは崩れない。
「こちらもできますね」
「一つずつなら、少しできるようになりました」
「では、最後にもう一度合わせてみましょう」
リリナは小さく息を吐いた。
木剣を構える。
前へ出す足を確かめる。
肩の力も確認する。
(足と、剣ですね)
イスターニャが少し離れた場所から見ている。
「急がなくて大丈夫ですよ」
「はい」
リリナはゆっくり動いた。
前へ足を出す。
それと一緒に木剣を振る。
先ほどよりも足と剣が近いところで動いた。
木剣も大きく横へ流れない。
戻る時には少し揺れたが、動きそのものは止まらなかった。
「今のは少し良かったですね」
「本当ですか?」
「はい」
「足も止まりませんでした」
「剣もさっきほど斜めになっていませんでしたね」
リリナは嬉しくなって木剣を見る。
「もう一度やってみます」
「どうぞ」
同じように構える。
さっきの感覚を思い出す。
前へ一歩。
剣を振る。
今度は足が先に出て、木剣が少し遅れた。
「あれ?」
リリナはそのまま固まった。
イスターニャが小さく笑う。
「一度できたからといって、次も同じようにできるとは限りません」
「さっきはできたんですけどねぇ」
「はい」
「だから繰り返すのです」
リリナは先ほど動かした足を見る。
「身体が覚えるまでですか?」
「そうですね」
「同じことを何度も確かめて、少しずつ迷わず動けるようにしていきます」
「時間がかかりそうですねぇ」
「剣に限らず、そういうものは多いですよ」
リリナは木剣を握ったまま、もう一度構えようとした。
けれどイスターニャが手を上げる。
「今日はここまでです」
「もうですか?」
「もう、です」
「まだできますよ」
「昨日も似たようなことを言っていましたね」
「そうでしたねぇ」
リリナは少しだけ笑った。
木剣をイスターニャへ返す。
腕にはまだ余裕があるように思ったが、木剣を離すと肩が少し重かった。
「一つずつなら前よりできるようになりました」
「はい」
「でも一緒にすると、また難しくなるんですねぇ」
「できることが増えれば、次に難しいことも増えていきます」
「終わりがありませんねぇ」
「それも練習ですよ」
リリナは修練場の床を見た。
先ほど一度だけ、足と剣がうまく動いた。
けれど次にはもう崩れてしまった。
できたと思っても、それだけでは身体は覚えてくれないらしい。
(身体に覚えてもらうのも大変ですねぇ)
それでも、一度はできた。
ならば何度も続ければ、いつか考えなくても動けるようになるのかもしれない。




