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戦争を経験した90歳のおばあちゃん、転生したら聖騎士を目指すことになりました。  作者: 黎明の星


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第28話『これがヒールですねぇ。』

第28話『これがヒールですねぇ。』


 それからもリリナは、イスターニャの手を借りて魔力を相手へ向ける練習を続けていた。

 魔力を感じることも、手まで動かすことも、身体の外へ出すことも今ではそれほど迷わない。

 けれど、その先だけはまだ少し難しかった。


「では、もう一度やってみましょう」

「はい」


 リリナはイスターニャの手へ自分の手を重ねる。

 目を閉じ、自分の中にある魔力へ意識を向けた。


(まずは、ここですねぇ)


 魔力を感じる。

 手の方へ動かす。

 身体の外へ出す。


 ここまではいつも通りだ。


 そこから、自分の手の向こうにあるイスターニャの手を意識する。


(先生の方へ……)


 魔力を少しだけ先へ向ける。


「どうですか?」

「先ほどより、はっきり届いていますよ」


 リリナは目を開いた。


「できましたか?」

「ええ。では一度手を離して、もう一度やってみましょう」


 リリナは頷き、手を離す。

 一度できただけでは、まだ偶然かもしれない。


 もう一度イスターニャの手へ触れる。


 魔力を感じる。

 動かす。

 外へ出す。

 その先へ。


「……どうでしょう」

「届いています」


 もう一度。


 今度も届いた。


 さらにもう一度。


「ええ。先ほどから同じようにできていますね」


 イスターニャが穏やかに頷いた。


「相手へ魔力を向けるところまでは、だいぶ安定してきました」

「よかったです」


 リリナは小さく息を吐いた。

 最初は外へ出したところで、どうすればいいのか分からなくなっていた。

 けれど今なら、自分の魔力をどちらへ向ければいいのか少し分かる。


「では、次へ進んでみましょうか」

「次ですか?」


 イスターニャは重ねていた手を離すと、自分の左手の甲をリリナへ見せた。


「ここを見てください」


 言われた場所を見る。

 手の甲に小さな傷があった。

 もう血は出ておらず、細いかさぶたが残っている。


「怪我していたんですか?」

「もうほとんど治っていますよ」

「かさぶたになっていますね」

「ええ。ですから、最初の練習にはちょうどいいでしょう」


 リリナは傷をじっと見る。


「これを《ヒール》で治すんですか?」

「やってみましょう」


 とうとう実際の傷を治すらしい。

 そう思うと、少しだけ緊張した。


「ただし、慌てなくて大丈夫ですよ」

「はい」

「まずは今までと同じです。魔力を相手へ届かせてください」

「そのあとに傷を治すんですね」

「ええ。傷を治すつもりで魔法を使います」


 リリナは以前、自分の膝を治してもらった時のことを思い出す。


 皮膚から浮かんだ小さな光。

 ほんのりとした温かさ。

 そして最後には消えていた擦り傷。


(あの時みたいにするんですねぇ)


 リリナはイスターニャの手をそっと取った。

 かさぶたの近くへ指を添える。


「では、やってみてください」

「はい」


 魔力を感じる。

 動かす。

 身体の外へ出す。

 イスターニャの手へ向ける。


 そこまではできた。


 今度は、目の前の傷を見る。


(この傷を治す……)


 意識を傷へ向ける。


「ヒール」


 何も起こらなかった。


 かさぶたはそのまま。

 小さな光も出ていない。


「……出ませんでした」

「魔力は私のところまで届いていましたよ」

「でも《ヒール》にはならなかったんですね」

「ええ。相手へ魔力を届かせることと、その魔力を治療として作用させることは、また別です」


 リリナはかさぶたを見る。


(まだ先がありましたねぇ)


「もう一度やってもいいですか?」

「もちろんです」


 リリナはもう一度、傷へ意識を向ける。


 魔力を感じて。

 動かして。

 外へ出して。

 相手へ届かせる。


 そして傷を治す。


「ヒール」


 やはり何も変わらない。


「難しいです」

「どうしようとしましたか?」

「先生の傷に魔力を入れようとしました」

「なるほど」


 イスターニャは少し考える。


「魔力を入れることだけを考えなくても大丈夫ですよ」

「入れなくてもいいんですか?」

「リリナ様は何をしたいのですか?」


 リリナは目の前の傷を見る。


「この傷を治したいです」

「では、まずはそれを忘れないでください」


 傷を治したい。

 そのために魔力を使う。


 リリナはもう一度、イスターニャの手へ触れる。


(治すんですねぇ)


 かさぶたを見る。

 その下にある傷が、もう必要のないものになるように。


 魔力を動かす。


「ヒール」


 しばらく何も起こらなかった。


 また失敗したのかと思った、その時だった。


「あ……」


 かさぶたの脇から、小さな光が一つ浮かんだ。


「光が出ました」


 もう一つ。


 今度は反対側から、小さな光がふわりと現れる。


「そのまま続けてください」

「はい」


 リリナは傷から目を離さない。


 小さな光がいくつか、皮膚の上で淡く揺れている。

 自分の膝を治してもらった時に見たものと同じだ。


(できている……?)


 けれど、そこで気を抜かない。

 まだ傷は残っている。


 魔力を傷へ向け続ける。


 一つの光が消えた。


 少しして、もう一つ消える。


 その時、かさぶたの端がわずかに浮いた。


「あれ?」


 リリナが見ている前で、かさぶたが少しずつ皮膚から離れていく。

 無理に引っ張られた様子はない。


 ぽろり。


 小さな欠片が一つ落ちた。


 続いてもう一つ。


「取れました」

「ええ」


 イスターニャは動かず、リリナに続けさせる。


 残っていた光も少しずつ消えていく。

 最後の一つが消える頃には、かさぶたもほとんど落ちていた。


 その下には新しい皮膚が見えている。

 まだ少し赤みはある。

 けれど傷口はもう開いていない。


「……治っています」


 リリナは思わず顔を上げた。


「先生、治っています」

「ええ」


 イスターニャが自分の手の甲を確認する。


「きちんと塞がっていますね」

「今のは……」

「《ヒール》です」


 リリナはもう一度、イスターニャの手を見る。


「本当にできたんですか?」

「はい。今のはちゃんと治療として作用していましたよ」


 その言葉を聞いて、リリナは落ちたかさぶたへ目を向けた。


 ほんの小さな傷だった。

 すでに自分でも治り始めていた傷だ。


 それでも、自分が魔力を使う前にはそこにかさぶたがあった。

 今は傷が塞がり、その役目を終えたかさぶたが床へ落ちている。


(私が治したんですねぇ)


 《ライティ》を初めて出せた時とは、少し違う気持ちだった。

 あの時は、自分の手の上に光が浮かんだことが嬉しかった。


 今回は、自分ではない誰かの身体が変わった。


「先生」

「はい?」

「痛くありませんか?」

「大丈夫ですよ。むしろ、先ほどより楽になりました」


 リリナはほっとする。


「よかったです」

「ただし、これで何でも治せるようになったわけではありませんよ」

「はい」


 そこはリリナにも分かっている。

 今日治したのは、すでに治りかけていた小さな傷だ。

 それでも最初の一歩には違いない。


「これからも練習すれば、もっとちゃんと使えるようになりますか?」

「ええ。まずは今の《ヒール》を安定して使えるようにしましょう」


 リリナは頷いた。


 感じることから始まった魔力。

 動かせるようになり。

 身体の外へ出せるようになり。

 光にできるようになった。


 そして今度は、誰かへ届けて傷を治した。


 落ちた小さなかさぶたを見ながら、リリナはもう一度イスターニャの手を見る。


(本当に、治せたんですねぇ)


 まだ少し赤い新しい皮膚が、そこに残っていた。

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